番外編 駒
『見た目だけの使えない駒』。
それが彼女にとっての第一印象だった。
見た目は確かに整っていて、魔法もそれなりだが、それだけだった。
利用価値は先日就任した『サティナの長』という肩書きだけ。
送られてきた報告書に書かれていた男に対して特に何の興味もなかった。
【賢者】と言う立場である以上、その利権や地位に群がり、甘い汁を吸おうと考える馬鹿は多い。
だが、そういう連中の中にはこちらの欲しいモノを扱っている人間もいる為、一概には無視出来ない。 特に魔法都市サティナには相当な権力を持たないと手に入らないモノも多い。
彼女が、就任した男の面会を了承したのはそんな理由だった。
「お目にかかれて光栄です、賢者様。」
緊張する様子もなく堂々とした雰囲気で頭を下げる男には少し驚いた。
これまで出会った人間はおべっかを使って取り入ろうとする者や問題発言をしないか緊張で言葉数の少ない者だけだった。
とは言え、男に割く時間は十分と決めていた。
これでも他の者と比べれば長い時間と言える。
それだけサティナには利用価値があるのだ。
彼女が挨拶を返すと、彼が口を開いた。
「先に申し上げます。私と個人的な『契約』をしていただけないでしょうか。」
その言葉は何度も聞いた言葉だった。
『契約』、『取引』、『条件』…もう聞き飽きたほどだ。
なんだかんだ言いつつ、結局腐るほどの金を渡せば済む話だから我慢はするが。
そんな事を内心考えていたが、男の発言はそんな考えを吹き飛ばすものだった。
「契約は一つだけ。あなたの実験にサティナの人間を巻き込まない事です。」
「!?」
その言葉に彼女の動きが止まる。
彼女の『実験』の事を知っている者は自分とたった数名しかいないはずだった。
彼はそんな彼女の反応を気にせず、言葉を続ける。
「こちらはあなたが求める資源を可能な限り提供します。ですが、今後サティナの人間に危害を加えるのであれば、サティナは二度とあなたの味方にはならない。」
そう言い放った男の目には決意が宿っていた。
この男は分かっているのだ。
【賢者】と言う立場の自分にこんな脅しに近い交渉をすれば何が待っているのか。
それを理解した上で交渉をしている。
恐らく、この場で口を封じても保険を大量に用意しているのだろう。
サティナを守る為に、【賢者】を脅す。
「ふふ…」
思わぬ展開に彼女に笑みがこぼれた。
怒りはなかった。
むしろ、心からおかしかった。
自分に正面からぶつかってくる人間がまだいた事が。
…どうやら考えを改めなければならないようだ。
この男は是非とも『駒』として残しておきたい。
「いいでしょう。あなたとはもっとお話がしたいのですが、よろしいですか?」
この男は『使えない駒』ではなかった。
この男は『使いこなさなければならない駒』だ。
彼女、【賢者】アズサ・ソメヤと彼、【サティナの長】ゼム・シャールはこうして出会った。
この日を境にサティナで発生していた失踪や行方不明者の数は急激に減少する事となる。
そして、この数日後。
悪魔狩を目的とした部隊、処刑隊が発足する事となり、各地方で消息を絶つ者は増大した。




