第二十九話 裏
「…待ちなさい。」
森の出口へ先導しようとしたゼムの背にアズサ・ソメヤは声をかける。
「どうされましたか?」
振り返ったゼムが目にしたのは冷え切った目でゼムを睨むアズサ・ソメヤだった。
空気が一気に張り詰める。
風の音で木々が騒ぐ音さえも聞こえない、無音の場がそこにあった。
空気に耐えられなかったのか、ゼムが先に口を開く。
「賢者様、私が何か粗相をしたのなら謝らせていただきます。ですから、どうかここは――――っ!」
ゼムがとっさに身を躱したと同時に、地面から巨大な棘が隆起し、ゼムのいた空間を貫いていた。
加減も何もない、命を摘む攻撃だった。
「賢者様!」
叫ぶゼムに対し、アズサ・ソメヤは魔具の本を開き、魔力を集中させる。その量は明らかに今までとは違う量だった。
その様子を見て、ゼムはすぐにそれが何をしようとしているのか気づく。
「賢者様、【大地滅亡】の発動を今すぐお止めください!」
ゼムはそう大声で呼びかけ、
「っ!」
自らの発言を後悔した。
唇を噛むゼムに対し、アズサ・ソメヤは無表情のまま魔具の本を閉じた。魔具に込められていた魔力が霧散していくが、二人の間にはさっきまでとは比べものにならない程の緊張感が高まっていた。
「【大地滅亡】の魔法をお前が何故知っている?」
今度はアズサ・ソメヤからの問いかけだった。
その短い言葉に込められた意味をゼムは当然理解している。
「…【大地滅亡】は禁術の一つ。興味本位で調べただけです。」
模範解答のような返答。
それでも応えなければならない。
この会話が途絶えた時、何が起きるか。
二人は理解している。
「なら、何故お前は私が一度【大地滅亡】を使おうとした事を知っている?」
ゼムは『【大地滅亡】を使ってお疲れでしょう』と言っていた。
だが、何故その場にいなかった人間がそう言えるのか。
「あれだけの魔力を使うものは【大地滅亡】以外、考えられないと思っただけです。」
「発動していない魔法を見てもいないのに分かったのか?」
アズサ・ソメヤの口調が段々と荒くなっていく。
いつもの口調ではない、彼女の凶暴性が垣間見えるそのしゃべり方にゼムは臆する事なく、答える。
しかし、確実に終わりは近づいてくる。
これは決まっている事だ。
ゼムが【大地滅亡】の言葉を使ってしまった時、全ては始まり、終わっていた。
「茶番はいい…ゼム・シャール、一つ答えろ。」
「何でしょうか?」
そして、最後の時は訪れる。
「私に刃向かう理由は何だ。最期に聞いておこう。」
ゼムはかつて、アズサ・ソメヤに『サティナの人間に害を加えない代わり、アズサ・ソメヤへの協力を行う』契約を結んだ。
それを反故にしてまで、自らに刃を向ける理由をアズサ・ソメヤは純粋に知りたかった。
「……」
返答しないゼムにアズサ・ソメヤは魔具の本を再び開く。魔力を込め、いつでも攻撃出来る準備を整える。
一方のゼムは空を仰ぎ、静かに話す。
「『サティナの人間を守る』…それが長になった自分の責任です。ですが…」
ゼムは首にかけていたペンダントを右手で掴み、アズサ・ソメヤを見る。
「大事な『友人』を殺されそうになって黙ってられるほど、賢くはねえんだよ!」
今までの物静かなたたずまいから想像も出来ないほど、怒気に溢れた言葉がゼムから発せられた。
「!?」
思わず後ずさりをしたアズサ・ソメヤはそこで信じられない光景を見た。
ゼムが首にかけていたペンダントを引きちぎるように外したのだ。
ゼムの秘書からもあのペンダントは魔具と聞いていた。むざむざ自分を弱くする理由が彼女には分からなかった。
が、次の瞬間、彼女はさらに驚く事になる。
ペンダントを外した瞬間、ゼムの体から尋常ではない魔力が溢れ出した。
その量は【大地滅亡】を使う為にアズサ・ソメヤが集めた量をはるかに超える魔力だった。
思考停止になりかけたアズサ・ソメヤだが、すぐに答えに辿り着いた。
「まさか…【制限魔具】!?」
基本的に魔具は魔力を増幅したり、魔法の補助をするものだが、例外もある。
【制限魔具】はその最たる物だ。
魔力を『増やす』のではなく『減らす』。正確には『封じる』と言う方が近い。一般的には犯罪者や捕虜の拘束に使われるものとしての認知が高いが、別の用途もある。
希にだが、あまりにも巨大な魔力を持つ者が周囲へ悪影響を与えたり、魔力暴走による自滅を防ぐ為に使われる事がある。とは言っても、【制限魔具】にも限界がある。これほどの魔力なら【制限魔具】でも制御出来ないはずだ。
「そうか…」
一人心当たりがいた。
その人物なら規格外の【制限魔具】を作れてもおかしくはない。
そう、ワイズ・フールなら…
「…うぜえうぜえ!ずっとお前は騙してきたのか!」
始めからゼムはワイズ・フールとつながっていたのだ。
アズサ・ソメヤは策略通りに強欲の森におびき出された。
アズサ・ソメヤは言葉とは裏腹にゼムに対する評価を改める。
策略と暗躍でのし上がったと後ろ指を指され、部下にも『それなりの強さ』と思わせていた。
この男は膨大な魔力を持ちながら、それを使う事なくサティナの長へ上り詰めたのだ。
それがどれだけ過酷な道だったのか。
ゼム・シャールは『駒』ではない。
『敵』と値するにふさわしい人物だった。
「いいだろう、相手してやるよ!」
叫ぶアズサ・ソメヤに対し、ゼムも呼吸を整え、構えをとる。
殺気を剥き出しにするアズサ・ソメヤと対峙してもその目に後れはない。
今まで隠していた心をさらけ出し、ゼムも吠える。
「いくぞ…アズサ・ソメヤ!」




