第十七話 対峙
地面が揺れる振動と巨大な何かが歩く音で目を覚ました。
「う…」
自分が地面に倒れ込んでいる事を理解し、ゆっくりと体に力を入れて起き上がる。
周りには先ほど降ってきた土塊の破片が周囲に突き刺さっていて、ほんの数歩後ろには大きなクレーターが空いていた。
自分の体を見ると軽い擦り傷はあるものの、行動に支障をきたすような大きな怪我はないようだった。
「っ…」
まだ足下がおぼつかないが、すぐに動き出さないといけない。こちらへ段々と近づいてくる音の方向を見るとすでに目視出来る距離まであの巨大ゴーレムが迫ってきていた。
「ちっ…」
思わず舌打ちをしてしまう。巨大ゴーレムから離れる為、走ろうとしたものの足にふんばりがきかない。この状態で走るには無理がありそうだ。
巨大ゴーレムは地面に刺さった二メートル近い土塊の破片を踏みつぶしてまっすぐこちらに向かっている。同じ歩きでも一歩一歩の歩幅に差がある以上、巨大ゴーレムが追いつくのは時間の問題だ。
「………」
手持ちの魔具であの巨大ゴーレムを倒す事は出来ない。出来るのはほんのわずかな時間の足止めくらいだろう。
…それでも何もしないよりはずっとマシだ。
そう考え、手持ちの魔具を取り出そうとした時だった。
地響きを起こしていた巨大ゴーレムの足が止まった。
打って変わって静まりかえる場所に声が響く。
「驚きましたわ、まだ生きていたなんて。」
巨大ゴーレムの背後からゆっくりと奴が、アズサ・ソメヤが歩いていた。
「あの時も、今も、無駄に足掻いて生きようとする。虫は本当にしつこいですわね。」
「アズサ・ソメヤ…!」
その姿を魔具ではなく、直視で見た瞬間、心から感情があふれ出した。
憎しみが
怒りが
恨みが
敵意が
殺意が
「!」
右腕に一瞬、黒い鎧が浮かび上がっていた。
暴発する負の感情を静かに抑えるようにし、口を開く。
「…何故お前がここにいる。」
唇を噛み、血の味を舌で感じながら沸き上がる衝動を必死で止める。
復讐を果たす為、今あの姿になる事だけは避けなくてはならない。
その思いだけが俺を留めていた。
アズサ・ソメヤはグリードスパイダーを攻撃する時に使った本を取り出し、こちらを一瞥すると、再び本に目をやった。
「戻りなさい。」
その一言で巨大ゴーレムはアズサ・ソメヤの本に吸い込まれていった。
「まあ、いいでしょう。虫でも役に立つかもしれませんわね。」
本から光が飛び出し、今度は人間サイズの兵士の姿をしたゴーレムが現れた。岩石で出来た盾と片手剣を構え、主を守るように立っている。
「虫退治のついでに、少しばかりこの先に用があるだけです。」
その言葉を聞いた瞬間、背筋に悪寒が走った。
アズサ・ソメヤからの攻撃でも殺意でもない。
自分の心が直感した。
こいつの言葉を聞いてはならない!
「サティナの長から聞きました。この森にはワイズ・フールが住んでいると。」
やめろ、口を開くな。
これから奴が話す言葉が決定的な引き金になる確信があった。
すでに右腕の鎧は具現化寸前の状態になっている。
脳裏に浮かぶのはあの禍々しい兜をかぶった黒い騎士の姿。
憎悪のまま破壊の限りを尽くす復讐者。
アズサ・ソメヤは俺の状態に気づかず、言葉を続ける。
「ワイズ・フールには消え――――」
その言葉を言い終わる前に俺の体は凄まじい速度で奴の前にいた。
鎧が完全に具現化した右腕をアズサ・ソメヤへ撃ち込む。
「!?」
動揺したのは俺の方だった。
俺の一撃を兵士ゴーレムが身を盾にして受け止めていた。右腕はゴーレムを貫いてはいたが、目標まであと数センチ届いていなかった。
「惜しかったですわね。」
拳圧で髪が揺れてもアズサ・ソメヤは眉一つ動かさず、俺の右腕の黒い鎧を見ていた。
「また…俺、から…奪う、のか!」
言葉が途切れ途切れになり、意識が保てなくなりそうになるが、ギリギリで踏みとどまる。今、意識を失えばこいつを止める事は出来ない。
こいつはワイズを狙っている…!
絶対に止める…!
すると、アズサ・ソメヤは悪魔のような笑みを浮かべた。
「これで確信がとれました。ワイズ・フールはあなたを匿っていた!この事実があれば堂々と殺せる!」
悪魔のような嗤い声が森に響いた。
「…ですが、先に虫退治をしなくてはならないようですわね。」
その冷たい目に映った復讐の騎士の姿を見ると同時に俺の意識は消えた。




