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第十八話 賢き愚か者と賢者



 ワイズ・フールが目を覚ましたのは日が昇ってしばらく経った、いつもより遅い時間だった。

 目覚めたワイズはいつもと同じようにシャワーを浴び、簡単な朝食を済ませると屋敷の外に出た。

 湖は今日も静かに波打ち、ワイズはただ黙ってその様子を眺めていた。

 彼女はすでに気づいている。

 自分が眠っている間に弟子が屋敷を出た事を。

 今から追いかけても間に合わない事を。

 そして…

「朝から珍しい客だな。」

 その弟子を追って、この森に誰がやってきているかを。

 森から現れたのは長い金の髪に白いドレスを身に纏った美女、【賢者】の異名を持ち、弟子を復讐の道に堕とした一人だった。

 女はワイズの隣に立ち、ワイズと同じように湖を見ていた。

「ずいぶんとつまらない場所にお住まいなのですね。あなたがいなければさっさと吹き飛ばしていたところですが。」

「賢者様がこんなところに何の用だ?」

 湖の波が止まり、緊張が周囲に走る。傍目から見れば二人の美女が湖を眺めているだけだが、常人なら数秒も保たないほど強い殺気を互いに飛ばしている。

「ワイズ・フールさん、あなたの研究をもらいに来ました。おとなしく渡すなんてつまらない事はしないでいただけますか?殺せなくなりますから。」

「意見が合うな、アズサ・ソメヤ。お前を殴りたくて仕方なかったんだが、どうやら遠慮はいらないようだ。」

 二人はまだ目を合わせていない。

 目が合った時が戦いの始まりだと分かっているのだ。

 アズサはどこからか本を取り出し、ページをめくりだした。それまで静かに湖を見ていたワイズは眉間にしわをよせた。

「…悪趣味な奴め。」

「あら、あんな抑えの利かないゴミ虫を飼っている人間に言われたくはありませんね。」

 二人の殺気がさらに強くなる。

 強欲の森の【中心エリア】に生息していた生き物は、殺気から逃れる為に【危険エリア】に入り込み、【危険エリア】のモンスターは【中心エリア】から少しでも離れようと【警戒エリア】の境界線ギリギリまで逃げ出していた。

 もはや問答に意味はない。

 目を合わせるまでもなく、次の一言で火蓋が切られようとしていた。

 ワイズは黙ってその時を待つ。

 やがて、アズサが最後の一言を投げる。

「あのゴミ虫ですが、死にましたわ。」


 森全体を揺らすほどの爆音が周囲に響いた。

 ワイズは魔力を纏った拳をアズサに放ち、アズサは盾を構えたゴーレムでその攻撃を受け止めていた。

 たった一瞬。

 並の魔術師なら何が起こったかも理解出来ないほどの攻防だった。

「あいつが死ぬわけないだろ…!」

 怒りの炎を目に宿したワイズに対し、アズサは余裕の笑みを見せていた。

「あらあら、これが本当に【人間嫌い】のワイズ・フール?確かにゴミ虫には驚きましたが、あれは魔法とも呼べないただの暴走ですわ。それに…ゴミ虫の心配をする必要はありませんわ。」

「!」

 ワイズの拳を受け止めていた盾のゴーレムがその拳をじりじりと押し返しはじめていた。

「あなたは私に勝てない。それはあなたが一番よく分かっているのではなくて?」

「…あまり私をなめるなよ。」

 ワイズの拳にさらに魔力が集まった瞬間、盾のゴーレムがいきなり砕け散った。とっさに離れたアズサは、距離を取り、新たに弓矢を構えたゴーレムを呼び出す。

「…どうやら、ゴミ虫よりは楽しめそうですわね。」

 笑みを絶やさないアズサに対し、ワイズは静かに呼吸を整える。

「加減はしない。死にたくなければ本気で来い。」

 

 戦いは始まったばかり。


 だが、この戦いの決着はそう長くない。

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