第十一話 仮説と答え
「【神の祝福】が闇魔法の妨害をしている?」
起きてきたワイズが挨拶もそこそこにそう切り出したので、俺は思わず聞き返した。
昨日用意していた夕食が今朝には無くなっていたので、ワイズが思考の海から帰ってきた事は分かってはいたが…
「大丈夫か?」
そう聞いてしまうほど、ワイズの顔色はよくなかった。この様子だと思考の海から戻った後も何かの作業をしていたのかもしれない。
「…問題ない。それよりも食事の準備を頼む。」
すぐに朝食の準備を終え、席に着くとワイズは淡々と話し始めた。
「お前も知っての通り、【神の祝福】は一部の人間だけが手に入れられる力だ。一方で、【闇魔法】は悪魔だけが使っていたと言われる魔法。【神の祝福】が何かしらの妨害をしていると考えるのが妥当だろう。」
言い終えるとワイズはテーブルの皿を素早く空にし、席を立った。
「外で試したい事がある。心の準備が出来たら来い。」
有無を言わせぬ態度でワイズは部屋へ戻っていった。
「……」
明らかにおかしかった。
ワイズは確かに突拍子もない事をよく言うが、あんな様子は初めて見た。
何より説明がかなり雑だった。
俺の知るワイズは細かく状況を説明し、その原因や解決策、あるいは一時しのぎの案などをいくつか考えている人間だ。さらに言えば、ワイズは【思考の海】に潜った後だ。間違ってもあんな事は言わない。
「………」
もしくは言えないのか。
『心の準備が出来たら来い』…言い換えれば、心を落ち着けさせないと危険な事をすると言うことだ。俺に余計な動揺をさせない為に、あんな雑な説明になったのかもしれない。
いずれにしても、ワイズは何かしらの答えを導き出したのかもしれない。
準備が出来次第、ワイズの元へ向かおう。
その前に…目の前の食器の片付けが先だな。
「この魔法陣には一時的に神の祝福やそれに関係する力を無効化する。」
ワイズは湖の畔にいた。
目の前にはむき出しになった地面に半径一メートルはある魔法陣が描かれている。
魔法陣は通常の魔法よりも強力な魔法を発動したり、大がかりな儀式に必要なものとして使われる認識が以前は高かったのだが、現在は食品の保管や輸送など生活の一部として世間に広く認知されている。
だが、魔法陣にはそれ相応の代償も存在する。
まず魔法陣の作成にはかなりの時間と労力がかかる。
魔法陣は数え切れないほどの種類があるが、使う人間の相性はもちろん、様々な要素から適した魔法陣を選ばなくてはならない。基礎とも言える【魔法の強化】を目的とした魔法陣だけでも数千は超える。
また適した魔法陣を決めても、魔法陣はわずかな誤差が失敗の原因となる。不発のような失敗ならマシだが、後遺症にもなるマイナスの魔法が自分にかかってしまう場合もある。故に魔法陣の作成は簡単なも
のでも一日、1週間はざらであり、複雑な魔法陣ともなれば年単位での作成となる。
「念には念を入れて、強力な魔法陣にしたが…」
ワイズはそう言うが、この規模の魔法陣をたった三十分足らずで作れる人間は存在しない。
そもそも【神の祝福】を無効化出来る魔法陣が存在する事こそが驚きだ。
【神の祝福】の効力は一言で言えば、【状態異常の完全無効化】だ。
致死量の毒を盛られようと、精神を錯乱させる魔法を受けようと、死の呪いをかけられようとも、全てを無にする。スキルに近いが、神様との契約も必要なければ、どんな人間でも手に入れられると言われている一方、どんな方法で手に入れられるか解明されていない…だからこそ、この力は【神の祝福】と呼ばれている。
「この陣に入って【闇魔法】を使ってみろ。」
ワイズに言われるまま、俺は魔法陣に入り――――。
「っ!?」
目が覚めて最初に見えたのは、雲一つない青空だった。
澄んだ青空に心を奪われるもすぐに起き上がり、周りを見回す。
「起きたか。」
声のする方を見ると、背を向けてワイズが座っていた。長い髪から服までがびしょ濡れで、露出した肌には切り傷も見えた。
「ワイズ…」
俺は立ち上がろうとして、
「…くっ。」
体に力が入りきらず、またすぐに地面に腰をついてしまった。体が重く感じるのは、服がずぶ濡れになっているせいだけでなく全身が強い疲労に襲われているからか。両腕に至っては拳を握る事も出来ないほど、弱っていた。
「無理をするな。あれだけ暴れた後だ。体への負担も大きい。」
それでも何回かチャレンジした後、俺はようやく立ち上がり、今の状況を見た。
俺の知る湖の周囲はワイズの小屋以外、せいぜい地面を覆うように生えている草花があるぐらいだった。
今、この場所には地面を穿ったような穴が大小問わず、ひび割れた地面と共に出来ていた。
激闘の後と言えるような状態だった。
「これを…俺が?」
そう言ったものの、答えは分かっていた。
覚えている。
あのとてつもない力も。
黒い鎧の騎士の姿になったことも。
ワイズを殺そうとした事も。
…抑えきれないあの憎悪を。
「私はずっと疑問だった。復讐神と契約するほど復讐を望んだお前が、どうして昔と変わっていなかったのか。」
ワイズはやはりこちらを見ずに、ある場所を指さした。
そこは魔法陣が描かれた場所だった。
すでに魔法陣はなくなっているものの、残滓とも言える魔力は感じる。
「魔法陣に入った直後、お前は苦しみだし、暴走した。魔法陣に組み込んでいた拘束魔法がお前を捕らえたものの、お前は魔力を放出させただけで抜け出した。」
魔法ではなく、ただ魔力を放出しただけでワイズの拘束から逃れた。それがどれだけ異常な事なのか、考えるまでもない。
「…ともかく、これではっきり分かった事がある。」
こちらを振り向いたワイズの目には迷いがなかった。
顔色も今朝よりもいい。
それが何を意味しているのか、俺はようやく分かった。
「【神の祝福】が【闇魔法】の邪魔をしていた訳じゃない。【神の祝福】は【闇魔法】を使う為に必要な【モノ】を邪魔していた。」
ワイズが言おうとしている事が何なのか俺は理解できた。
…ずっと前から気づいていた。
だが、認めたくなかった。
それを認めれば自分の中の何かが終わると分かっていた。
それでもワイズは俺に答えを伝えようとする。
それが自分の仕事であるかのように。
「【闇魔法】を使う条件は――」
そして、彼女は答えを告げる。
「『憎悪を解放する事』…それが闇魔法を使う唯一の条件だ。」




