第十二話 苦悩と暗雲
「憎悪の解放が闇魔法の条件…」
ワイズの言葉を繰り返し、俺は自分の胸に手を当てた。
「昨日、お前がスピア・ローズの名前を聞いた時、お前の魔力は短い時間だが変わっていた。」
覚えている。
ワイズが声をかけるまでの間、俺はさっきと同じように憎悪に支配されかけた。
「私はそこで【闇魔法】を使う条件が強い憎悪ではないかと考えた。とは言っても、【神の祝福】が憎しみを抑えている事に確証はなかった。」
日が傾き、周囲が暗くなり始めた。
ワイズは濡れたままの体を乾かそうともせず、話を続ける。
「私の知る限り、【神の祝福】は肉体や精神、自身に起きるあらゆる状態異常を無効化するものだ。だが、どうやらその対象にはお前の中の憎しみや怒り…復讐心が含まれていたらしい。」
風が濡れた体をすり抜けるように吹いてくる。
寒さを感じる。
だが、この寒気は肉体的なものではない。
体の奥底からじわじわとしめつけるような苦しみがある。
「お前の中の憎しみは【神の祝福】でどうにか抑えつけている状態だ。さっきのように抑えがなくなれば、お前はまた…」
暴走を繰り返す。
ワイズの言葉が何度も頭に響いた。
「なら、【闇魔法】を使わなければ―――!」
そう言いかける俺にワイズは厳しい目を向ける。
「お前も分かっているだろう。【神の祝福】が機能している状態でも、お前はきっかけさえあれば憎悪を抑えきれなくなる…お前の意志とは関係なくだ。」
ワイズは魔法陣の描かれていた荒れ地へ歩き、何かを調べ始めた。
「いい加減疲れたろう。先に休んでおけ。私はまだやる事がある。」
「…ああ。」
返す言葉もなく、俺は屋敷へ戻る為歩き出した。
疲労した体は力が入りにくいものの、大きな痛みはなかった。
ワイズがもし、俺の体を案じなければもっと早く、もっと簡単に俺を止める事が出来たはずだ。
少なくともワイズが傷つくことはなかった。
…自分の体を乾かす事も出来ないほど弱る事はなかった。
恐らくワイズは俺を湖へ吹き飛ばした後、意識を失った俺を救出する為に傷だらけの体で飛び込んだのだろう。ワイズが万全の状態なら使い魔に命じるなどして、自ら飛び込むなどワイズらしからぬ選択はしなかったはずだ。
歩く最中、湖に写った自分の姿が見えた。
そこにいたのは黒い鎧の騎士でも、故郷で天才と呼ばれた男でもなかった。
ただの大馬鹿だった。
復讐の為の力を手に入れたと思っていた。
この力を使えば必ず復讐出来ると信じていた。
それは勘違いだった。
手にした力はあまりにも大きく、あまりにも危険な力だった。
その力のせいで大切な人を傷つけてしまった。
今の俺は【神の祝福】の力があるからこそ、俺でいられる。
【神の祝福】が消えれば俺は憎悪に支配され暴走し、 例え【神の祝福】があっても俺が常に暴走寸前の状態である事に変わりない。
一歩間違えれば俺は今度こそ、人の命を奪ってしまうだろう。
憎悪をコントロールする事が出来れば…
そう考えるものの、先ほどの自分を思い出す。
目に映る全てが憎く、破壊の狂気に捕われたあの姿を。
目の前にいたワイズの事すら俺は分からなかった。
あの状態をコントロールする自信がない。
そもそも、どうしてあの暴走が止まったのか。
…声が聞こえた気がしたが、あれは何だったのか。
浮かぶ疑問と自分に起きている事への恐れが止まらない。
「…どうすればいい。」
俺の声は誰にも聞かれる事なく、ただ静かに消えていった。
****************
夜
魔法都市サティナのとある屋敷の会話
「それで私をこんな時間に呼び出したのは一体どういう理由かしら?」
「はい。まずはこちらの報告書をお読みください。」
「…結界内に魔力の歪み?」
「はい、二日ほど前に二回です。魔力の歪み自体はサティナでは珍しくもない現象ではありますが、歪みの波長が今までと違います。この波長…例の次元魔法かと。」
「…そう。でも、二日前ならすでにサティナを出ているのではなくて?」
「ええ、恐らくそうでしょう。足取りもつかめておりません。」
「そう。なら、話は終わりかしら?」
「いえいえ、続きがございます。本日、強欲の森で薬草採集の護衛をしていた者達からです。『これまで感じた事のない異常な魔力を森の奥で感じた』と。」
「…それで?」
「森には多くのモンスターが生息する為、普通の人間は森には近づく事すらしません。言い換えれば身を隠すには打って付けの場所と言うことです。」
「……」
「あなた様がサティナにいらしたのは幸運でした。正直、私の部下にあの森の境界線を越えられる者はいませんからな。」
「分かりました。明日、私一人で森へ向かいます。」
「良いのですか?お一人で。」
「あら、こう見えて私強いんですよ?それに。」
「?」
「むかつく虫がいたら、森ごと吹き飛ばすつもりですから。」




