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番外編 ワイズ・フールの手記

 このような手記を書くのは久しぶりだ。

 研究のレポートなどはたまに書いてはいるが、個人的な日記のようなものとなると話は別だ。

 私はかれこれ半日、思考の海へ沈んでいたらしい。

 『思考の海』…ある弟子が私が考えに入り込む姿を見て、そう名付けるようになった。響きが良く、私は気に入っている。

 その弟子が三年ぶりに私に会いに来た。

 私が昔教えたあの言霊を言い放ち、扉を蹴った姿は今思い出しても笑いが止まらない。

『強欲の森に入った瞬間、お前が来た事は伝わる』

 と喉まで出かけたが、黙っておくことにした。

 森の中心に着く強さを持つくせに、周囲を気にしてからあの一連の動作を行う姿は私にとっていい見世物だ。あと五年は黙っておこう。



 …いかんな。筆は進むが関係のない話になっている。

 真面目な話を書くつもりだったが。


 切り替えるとしよう。


 さて本題だが、気になる事が出来た。

 直接あいつと出会い、感じた事だ。

 その前にまずは弟子の近況について私が知った経緯を書こう。

 私は隠居し、強欲の森で暮らしているが、定期的に使い魔を放ち、情報を仕入れている。魔法と関係あったり、なかったりする情報を手に入れる事でいい刺激になると考えての事だ。

 ある時、使い魔から国が無くなったと情報が入った。

 その国の名前はシャール国。

広い国土とうまい水が特徴の静かな国だ。

 シャール国はかつての名残から名前こそ『国』の文字が付いているが、現在は王都に属している。シャール国についてはまた別の機会に書くとしよう。

 ともかくあの国についてはよく知っていた。

 弟子の育った国だからだ。

 そして私が手に入れた情報はあの弟子が己の野心の為、国を道連れにしたとの事だった。

 私が情報を手に入れた時にはすでに隣国やサティナでも話題になっていた。



 あいつはお人好しで、馬鹿正直な人間だった。強さもあり、多少甘いところがあったが、努力家で私の修業にも耐えきった男だ。

 そんな男がこんな事をするわけがない。


 私は弟子を探す為、使い魔をこれまでの倍…最終的に十倍に増やし、あいつを探した。

 しかし、弟子の行方は分からず、時間だけが過ぎた。

 私が森を出て直接探すという選択肢もあったが、あの弟子が私を訪ねてくる可能性を考えて、私はこの森を離れなかった。



 そして、私は再会したのだ。


 全てを喪い、復讐神と契約をした弟子と…


 あいつは国も、友も、恋人も、地位も、名誉も、全てを奪われた。

 自分も含めたこの世全てを憎んだあいつの心は察することも難しい。

 …私が隠居していなければ、あいつはこんな目に遭わずにいられたのではないだろうか。

 つい、そう考えてしまう。

 私と弟子とあの女、全ての運命が変わった日、私がもっと…


 …いや、話を戻そう。このままだといつまでもだらだら書いてしまうからな。


 …あいつは何も変わっていなかった。

 修業を終え、私の元を去った時と変わっていなかった。


 …変わっていなかったのだ。


 偶然とは言え、復讐神と出会い、契約するほどまでに復讐を望んでいたはずなのに。



 …スピア・ローズの名前を出してみると、あいつはそれまでの穏やかさが嘘のように、怒りで拳を振るわせていた。

 初めて見た弟子の憎悪の表情は私も背筋が寒くなったが、それもすぐに静まり、また弟子はいつものような優男の表情に戻った。

 あいつの心には確かに復讐の炎が燃え続けている。


 …ある仮説が浮かんでいる。


 憎悪の感情がむき出しになったわずかな時間…本人は気づいていないようだが、魔力の質が明らかに変わった。

 これまでのあいつの魔力が流れる水流のような軽やかな魔力だとすれば、あの魔力は濁流のように重く、濁った魔力だった。


 もし、私の考えている事が正しければ…あいつは誰よりも辛い戦いにその身を堕とす事になるだろう。


 とは言っても私の仮説だって外れる場合もある。

 とりあえず、ここで終わりとしよう。

 続きは気が向いた時だ。



 さあ、久しぶりにうまい食事が待っている。


 



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