プロローグ
辺りは雪、しかしそこに人影があった。
年の頃十六、七と思われる少年で、ふらりと遊びに出かけるような気軽な格好をしている。
髪の色は黒、少年らしく髪の毛は短め。
肌は白く、端正な顔立ち。
よく見ると、服の生地は高価で清潔。
おそらく高貴な生まれに違いない。
不思議なことに、衣服に雪が一雫も着いていない。
どれほど奥に進んだのか……
あたりは霧が深く何も見えない。
だが少年は感じていた。幼いときより繰り返してきた、いわば年中行事。ここに居ないわけがない。
「よく来たな、少年王よ」
重々しい声が辺りに響き渡る。しかし姿は見えない。
「一年ぶりの再開だ。しかし今回は随分と欲張ったものだな。ここまで奥に来ようとは、そんなに人間の土地が欲しいのか」
その問いに、少年王はコクリ、とうなずく。
「大事な用事ができたんだ。いつ戻って来られるかもわからない。だから、境界線をもっと広げないといけない」
少年王の決意に満ちた声を聞いて、声の主はホホウ、とうなった。
「差し迫った事情があるようだな。しかし、欲をかきすぎると身を滅ぼす。ここまで奥深くまで来たということは、それ相応の力を持ってお主に答えなければなるまい」
その言葉に、少年王はまたコクリ、とうなずいた。
「わかっているさ。だから、勝負だ!」
少年王は腰を落とし、お腹の下に力を入れ、グッと大地を踏みしめた。
霧の向こう側では、まるで海の中にいるかのように長い尻尾を持った生き物が、上下左右に動き回っている。
……霧がうっすらと晴れてくる。
目の前には、全身が鱗で覆われた真っ白な竜が姿を現した。
竜は一直線に少年王を目指し、口を大きく開け襲いかかる。
「ハァ~」
掛け声と共に、少年王は両腕を突き出す。すると目に見えない巨大な力が竜を押し止める。
竜は力任せに押し出す。
少年王は両腕に力を込める。
竜と少年王の力競べだ。
「!」
少年王は気合一閃、両腕を空高く掲げた。竜を空高くに持ち上げる。充分に竜が上がりきったところ、今度は腕を思いっきり振り下ろす。
ドーンと、ものすごい地響き。
竜の巨体が地面に打ちつけられた瞬間だ。
「やったか!」
と、喜んだ瞬間、
ブオッ!と大気を切り裂く音が聞こえ、少年王の体は竜の長い尻尾によって弾き飛ばされた。
少年王の体はクルクルと回転し、地面に投げ出された。しかし、少年王はすぐに跳ね起きた。体はふらついているものの、よく見れば損傷はない。服もきれいだ。
「地面に激突する寸前、風の魔法で体を浮かせたか。そうこなくてはな」
竜の声が響く。
起きたばかりで態勢が整わない少年王。
竜はその隙を見逃さず、その大きな口で少年王を咥え込むと、そのまま空へ急上昇する。
どんどんどんどん上昇すると、今度は一転して猛烈な勢いで落下を始めた。
「これに耐えられたらお主の勝ちだ」
大轟音が鳴り響き、大量の土砂が舞い上がる。後に残ったのは倒れた少年王のみ。少年王はピクリとも動かない。
「もしかしてやられてしまったのか」
竜が深々とため息をつく。
すると、動かない少年王の体がキラキラと輝きだした。
少年王の体の下、その地面から短い草が生え、それが丈の長い草となり、みるみる生い茂っていく。そのうちに少年王を持ち上げるほどに、たくましく成長した。
「おお……これは」
竜が思わずつぶやくと、そこに誇らしげに微笑む少年王が立っていた。
「よくぞ耐えた、お前の勝ちだ」
竜は負けたにもかかわらず、その声はどこか嬉しそうだ。
「お主の体が地面と激突した時、死の力がお主の中に入り込もうとしていた。それをお主は生の力で押し返そうとした。そう、生と死の力がせめぎあっていたのだ。ワシは見ていてヒヤヒヤしたぞ」
それを聞いて少年王はバツの悪そうな顔をした。
「私も、もうだめかと思いました。でもこんなところで死ぬわけにはいかない。そう強く願ったら、なんとか死の力を押し返すことができました」
少年王は誇らしげに言った。
「少年王、いやアステルよ、やはり行くのか」
その場から立ち去ろうとする少年王に向かって、竜が言葉をかけた。
「お主のその凄まじい魔法力、それはこの地だから発揮できたもの。異国の地に降り立てば、お主の力は十分に発揮できまい。先程のように、死の力を押し返すこともままならぬ。お主の行く手には困難が待っているのだぞ。それよりこの地で、ワシと戯れながら生きていくのも良いのではないか」
少年王は静かに頭を垂れた。
そして顔を上げた。
その顔は決意に満ちた、皆の上に立つ王の顔だった。
「そうは行きません、ルドラ神。私は大陸に渡り、皇帝の圧政から民衆を守らなければなりません。どうかこの地で、私を見守っていてください」
真っ白な竜――少年王の守護神であるルドラ神――は、もう何も言わなかった。
少年王アステルはその場を後にした。
雪がだんだんと晴れてくる。見知った風景。
少年王が治めるフィンデガルドの地が見えてくる。
そこには少年王の帰りを、今か今かと待っている百戦錬磨の騎士たちがいた。
少年王の乳母で、この国の宰相でもあるエルザ。
冷静沈着な親衛隊長、フロド。
お調子者だが腕は確かな騎士、マリン。
錬金術師ながら新米の騎士である、イブン。
そして大陸から助けを求めてやってきた少女、ミリア。
少年王はその体に白銀のプレートメイルを身につけて馬にまたがった。
「いざ、大陸へ!」
少年王に率いられたフィンデガルド騎兵は進軍を開始した。
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