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『距離を測るのをやめた日、騎士団長の恋人になりました』 ― 距離と契約の境界線 ―(彼氏×彼氏の事情)  作者: つるぎまる


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第28話「正しさ」

価値観との対峙です。

“正しさ”と“選択”がぶつかります。


 空気が、違った。


 重い。

 張り詰めている。


 足を踏み入れた瞬間から、分かる。


 変わらない。


 この場所は。

 昔から。

 ずっと。


「……来たか」


 低い声。


 正面。


 父が立っている。


 背筋は伸び。

 視線は鋭い。


 変わらない。

 何も。


 昔と。


「……はい」


 短く答える。


 距離はある。

 だが——近い。


 圧が、違う。


「話は聞いている」


 前置きはない。


「騎士団長との関係」


 その一言で、十分だった。


「……はい」


 否定はしない。

 する意味もない。


「立場を理解しているのか」


 問い。


 確認ではない。

 試されている。


 昔と同じ。


「理解しています」


 はっきりと。

 迷いなく。


「ならば——」


「距離を誤るな」


 その言葉。

 胸の奥で、何かが軋む。


 何度も聞いた言葉。

 何度も、従ってきた。


 それが——


 “正しさ”だった。


 そして。


 その声。


 一瞬だけ。

 ほんの僅かに。

 揺れた。


(……違う)


 今は、違う。


「……誤っていません」


 自然に、言葉が出る。


 止めない。


 迷わない。


「何だと」


 父の眉が、わずかに動く。

 初めての揺れ。


 それでも。

 止まらない。


「これは、俺の選択です」


 続ける。

 逃げないために。


「必要だからではありません」


 一歩、踏み出す。


「立場でもありません」


 距離が、縮まる。


「俺が、そうしたいからです」


 言い切る。

 完全に。


 その瞬間。

 空気が変わる。


 張り詰めていたものが。

 形を変える。


「……感情で判断するな」


 低く。

 変わらない言葉。

 変わらない価値観。


 それでも——

 もう届かない。


「しています」


 即答。


「考えた上で、選んでいます」


 昔とは違う。

 逃げていた頃とは。


「……一度の判断で、全てが変わる」


 父の言葉。

 あの時と同じ。


 同じ重さ。


 同じ圧。


 それでも。


「分かっています」


 遮る。

 初めて。


「だから、選びました」


 さらに一歩。

 もう、逃げない。


「間違えたとしても」


 静かに。


「それでも、俺の選択です」


 断言。



 沈黙。


 重い。


 だが——揺れない。


 自分の中で、決まっている。



「……そうか」


 父が言う。


 短く。

 それだけ。


 だが。

 ほんの僅かに。

 視線が揺れる。


 一瞬だけ。


 “昔ではないもの”を見るように。


「……以上です」


 頭を下げる。

 形式だけは守る。


 そして、顔を上げる。


 もう終わりだ。

 ここでの役割は。


 全部、果たした。



 背を向ける。


 歩き出す。


 止められない。


 止まらない。



「……エリアス」


 呼ばれる。

 足が、止まる。


 振り向かない。


「……選んだなら」




「二度と同じ顔をするな」


 低く。

 それだけ。


 命令でもない。

 否定でもない。


 ただ。

 あの時の、お前に戻るな。


 そう言っている。


「……はい」


 短く返す。

 それで十分だった。



 扉を開ける。


 外に出る。

 閉まる音が響く。


 それで——終わる。



(……終わった)


 胸の奥。

 重かったものが、ほどける。


 完全ではない。


 それでも。

 確かに軽い。


 足が動く。

 迷いなく。


 戻る。


 選んだ場所へ。


 選んだ距離へ。



 その日。


 エリアス・グレイフォードは。


 初めて——


 “正しさ”から自由になり、


 そして。


 父に否定されずに、


 自分の選択を立たせた。

正しいことよりも。

自分で選んだことの方が、重いと知りました。

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