第24話「選択」
ここが一つの到達点です。
関係が“意思として選ばれる”瞬間になります。
静かだった。
人の気配はある。
音もある。
それでも。
この距離だけが、切り離されている。
触れている。
手が。
当たり前のように。
離す理由が、もうない。
(……分かっている)
全部。
逃げていた理由も。
避けていた過去も。
そして——
今、選んでいるものも。
目の前。
アルベルト。
変わらない表情。
変わらない距離。
それでも。
今は、違う。
触れている。
それを——
自分が選んでいる。
「……いいのか」
低く問われる。
以前と同じ言葉。
だが、
意味が違う。
確認ではない。
最後の一線。
越えるかどうかの。
「……」
息を整える。
迷いはある。
完全には消えない。
それでも。
もう、戻らない。
戻れない。
理由は、いらない。
必要でもない。
ただ——
ここにいたい。
この距離で。
このまま。
それだけで、十分だった。
「……はい」
小さく答える。
はっきりと。
自分の意思で。
その瞬間。
空気が変わる。
逃げ場が消える。
それでも。
怖くはない。
もう、分かっているからだ。
ゆっくりと。
距離を詰める。
手だけでは足りない。
触れているはずなのに。
足りない。
もっと、近く。
もっと、はっきりと。
(……何を)
分かっている。
考えるまでもない。
そのまま。
顔を上げる。
視線が合う。
逸らさない。
逃げない。
あと、少し。
それだけで。
届く。
止まる。
一瞬。
時間が、伸びる。
ここで止まれば。
まだ、引き返せる。
それでも。
止まらない。
そのまま——
触れる。
唇が、重なる。
静かに。
強引さはない。
ただ、
確かめるように。
自分で選んだ距離を。
そのまま、形にするように。
「……」
音はない。
それでも。
はっきりと分かる。
戻れない。
前と同じには、いられない。
それでいいと。
思っている。
そのはずだった。
次の瞬間。
触れ方が、変わる。
「——」
わずかに。
強くなる。
引き寄せられる。
逃げ場を失うほどではない。
明確に。
“応じられている”。
それだけではない。
押し返される。
受けるだけではない。
奪われるように。
呼吸が、乱れる。
「……っ」
一瞬。
思考が止まる。
こんな反応は。
想定していない。
今までとは違う。
明らかに。
違う。
そのまま。
わずかに、離れる。
距離は近いまま。
視線が、絡む。
そこで初めて。
気づく。
アルベルトの表情。
変わっている。
ほんの僅か。
だが、確実に。
余裕が、消えている。
「……遅い」
低く、呟かれる。
押さえた声。
それでも。
はっきりと伝わる。
「……ずっと待っていた」
その一言で。
思考が止まる。
理解が追いつかない。
今まで。
あれだけ距離を詰めていたのに。
触れていたのに。
それでも——
待っていた。
自分から来るのを。
「……っ」
言葉が出ない。
知らなかった。
気づいていなかった。
全部。
与えられていたと思っていた。
違う。
違った。
選ばせられていた。
ずっと。
そのまま。
再び距離が詰まる。
今度は。
逃げ場がない。
拒否しない。
できない。
そのまま。
受け入れる。
「……エリアス」
低く呼ばれる。
今までと違う響きで。
押さえていたものが。
わずかに滲む。
「……」
答えない。
言葉はいらない。
全部。
もう分かっている。
何を選んだのかも。
何を望んでいるのかも。
そして——
どれだけ前から、
待たれていたのかも。
⸻
その日。
エリアス・グレイフォードは。
初めて、
“選ばされていたこと”に気づいた。
そして——
それを、自分の意思で受け入れた。
理由は、もう必要ありません。
ただ——そこにいたいから。
それがすべてです。




