第18話「境界」
関係が一段深くなります。
理屈では説明しきれない部分が、はっきりしてきます。
静かだ。
音はある。
人もいる。
それでも——
この一角だけ、切り離されている。
距離が近い。
いや。
近づいている。
自分が。
止められる。
分かっている。
ここで止まればいい。
それだけで済む。
なのに。
足が、動く。
半歩。
さらに。
もう少し。
視線が合う。
逸らせない。
逃げる理由も、もうない。
息が浅くなる。
胸が、妙に騒がしい。
「……どうした」
低い声。
近い。
すぐ前。
「……別に」
短く返す。
うまく言葉が選べない。
喉が詰まる。
それでも。
離れない。
離れたくない。
そう思っていることに。
気づいている。
指先。
ほんの僅かな距離。
触れていない。
それでも。
熱がある。
空気が違う。
あと一歩。
それだけで変わる。
(……分かっている)
戻れない。
前と同じには。
それでも。
それでいいと——
思っている。
自分がいる。
「……エリアス」
名前が落ちる。
静かに。
確かめるように。
その一言で。
躊躇が揺らぐ。
もう、言い訳はできない。
ここまで来て。
引き返す理由がない。
ゆっくりと。
手を上げる。
止まる。
迷いが残る。
それでも。
下ろさない。
逃げない。
指先が。
わずかに触れる。
「——っ」
息が止まる。
一瞬。
世界が止まる。
次の瞬間。
戻る。
音が。
思考が。
すべてが、揃う。
あの感覚。
それよりも。
はっきりしている。
安定ではない。
もっと——
強い。
逃げ場がない。
完全に。
自分の意思で、選んでいる。
「……」
言葉が出ない。
出せない。
ただ。
離さない。
ほんの僅かに触れているだけなのに。
その距離が。
やけに重い。
確かに。
そこにある。
「……いいのか」
低く問われる。
今までとは違う。
確認。
選択を委ねる声。
答えは決まっている。
もう。
誤魔化せない。
「……」
小さく息を吐く。
迷いは残っている。
それでも。
離さない。
そのまま。
少しだけ。
距離を詰める。
触れる。
はっきりと。
今度は、逃げない。
「……はい」
ようやく出た言葉。
かすかに。
だが、確実に。
そこにある。
自分の意思で。
選んだ距離。
選んだ接触。
それが——
もう。
元には戻らないことを。
はっきりと示していた。
⸻
その日。
エリアス・グレイフォードは。
初めて、自分の意思で触れた。
もう、“必要”だけでは足りません。
それでも、まだその言葉に頼っています。




