第13話「その日」
関係はまだ曖昧です。
ですが、内側ではすでに決まりかけています。
静かだった。
音がない。
空気が、止まっている。
それだけで。
理解できてしまう。
何かが、終わった。
(……違う)
思考が否定する。
終わっていない。
終わらせていない。
ただ。
壊れただけだ。
視線を落とす。
自分の手。
震えは、止まっている。
だが、
感触が残っている。
あの時の。
あの感触が。
(……消えない)
分かっている。
消えることはない。
それでも。
見ないふりをしてきた。
今までは。
「エリアス」
声がする。
振り向かなくても分かる。
その声は。
昔から変わらない。
「……ルーカス」
名前が出る。
今度は、逃げずに。
ゆっくりと振り向く。
そこにいるのは。
変わらない顔。
変わらない距離。
ただ一つ。
違うのは——
自分だけだ。
変わってしまったのは。
「聞いた」
ルーカスは言う。
静かに。
責めるでもなく。
ただ、事実として。
「……そうですか」
短く返す。
それしかできない。
「無理してたんだな」
その一言で。
言葉が止まる。
違う。
そうじゃない。
そう言いたいのに。
言えない。
「……違います」
ようやく出た否定。
弱い。
自分でも分かる。
「違わない」
即答。
迷いがない。
それでも。
押し付けない。
ただ。
そこに置くだけ。
「お前はあの時も——」
言いかけて。
止める。
一瞬だけ。
それで、崩れるには十分だった。
思い出す。
勝手に。
抑えていたものが。
浮かび上がる。
*****
訓練場。
歪んだ魔力。
制御できない流れ。
止めなければならないと。
そう判断した瞬間。
身体が動いた。
剣が振られる。
止まらない。
手が。
感触が。
骨を断つ音。
遅れて、響く。
声。
「……やめろ」
遅かった。
すべてが。
止められなかった。
*****
「——っ」
呼吸が乱れる。
現実に戻る。
視界が揺れる。
それでも。
今度は、逃げない。
「……俺は」
言葉を探す。
だが。
見つからない。
それでも。
「俺は、お前を——」
続けようとして。
止まる。
言えない。
言葉にできない。
「助けた」
ルーカスが言う。
静かに。
はっきりと。
「——違う」
即座に否定する。
今度は、はっきりと。
「違います」
強く。
はっきりと。
「俺は、お前を壊した」
そのはずだ。
そう理解している。
そうでなければならない。
それなのに。
「違う」
ルーカスは、もう一度言う。
同じ温度で。
同じ距離で。
「俺は生きてる」
それだけで十分だろ。
それだけで。
十分だとでも言うように。
「……」
言葉が出ない。
出せない。
「騎士は無理になったけどな」
軽く言う。
冗談のように。
それが。
一番、耐えがたい。
「……すみません」
ようやく出た言葉。
遅すぎる謝罪。
意味のない言葉。
それでも。
言わずにはいられなかった。
「いらない」
即答。
迷いがない。
「感謝なら受け取る」
少しだけ笑う。
昔と同じように。
何も変わらないように。
それが——
一番、残酷だった。
(……違う)
違う。
何も変わっていないわけがない。
壊したのは。
自分だ。
全部。
それなのに。
許されている。
受け入れられている。
それが。
一番、耐えられない。
「……エリアス」
別の声。
低く。
近くで。
振り向く。
そこにいるのは——
アルベルト。
変わらない表情。
だが、
視線が違う。
見ている。
今までよりも、深く。
逃がさないように。
「……問題ありません」
反射的に言う。
それしかできない。
それでも。
「そうか」
短い返事。
否定しない。
信じてもいない。
「……」
沈黙。
誰も、動かない。
何も言わない。
ただ。
事実だけが、そこに残る。
過去。
現在。
全部。
切り離せないまま。
重なっている。
切り離せないまま。
⸻
その日。
エリアス・グレイフォードは。
逃げ続けてきた過去と、初めて正面から向き合った。
逃げずに。
言葉にしていないだけで、選択は終わりつつあります。
残っているのは——認めるかどうかだけです。




