閑話 海の向こうから伸びる腕
今回の話は色んな組織名が出るので、凄く大雑把にまとめ
『ダンジョン庁』
苦労人集団。過労で倒れる者が出るのも時間の問題。第一候補は部長。
『ウォーカーズ』
山下パーティーが立ち上げた冒険者ギルド。最近『ギルド』という言葉が洒落にならなくなってきた。
『錬金同好会』
変態どもの巣窟。思考回路は下半身に搭載。エンジョイ勢。ヤベー技術の温床。
『トゥロホース』
覚醒者至上主義のNPO法人。その資金源は……?
『インビジブルニンジャーズ』
主人公パーティー。京太は改名希望中だがたぶん変更される事はない。
閑話 海の向こうから伸びる腕
サイド なし
東京都霞ヶ関。中央合同庁舎の、とあるフロア。
ダンジョン庁の会議スペースでは、職員たちが沈痛な面持ちを浮かべていた。
『高校生がダンジョンにて死亡』
氾濫に巻き込まれて、ではない。冒険者試験を受け、正規の手続きの末にダンジョンへ入った少年がモンスターに殺されたのだ。
この事に対して世間からは『やはり未成年の一般人をダンジョンに入れるのは間違っていたのだ』と声をあげ、先ほどまで一部の野党若手議員達がスマホのカメラ片手にダンジョン庁までやってきていた。
彼らはひとしきり『民意』を赤坂部長達にぶつけた後、録画した動画を満足そうに見ながら帰っていったところである。
ダンジョン庁の職員たちがこうして気落ちしているのは、まるで自分達がその冒険者の少年を殺したかの様に言われている事が理由……では、ない。
『言われている事』ではなく、『自分達がそう思っている』のが原因だ。
彼らとて、本音を言えばそもそも一般人をダンジョンに送り込みたいとは思っていない。奇人変人の多いダンジョン庁ではあるが、その倫理観や社会性は真っ当なものである。
それでも、そうしなければ国が滅ぶと思ったから。そうなれば誰も彼も死ぬと考えたから。彼らは現在のダンジョン法を提案したのである。
しかし時が経ち、その時の覚悟も緩んだ所で起きた今回の一件。
自分達の仕事を『仕方のない事』と思い始めていた職員達も、顔を青くして吐き気を堪えていた。
そんな空気の中、亡くなった冒険者に1分間の黙祷を終えた赤坂部長が口を開く。
「会議を始める前に言っておくが、今回この少年が亡くなったのは君達のせいではない。私や、さらにその上の人間こそが責任を取らねばならない出来事だ」
「ですが……」
「もしも罪悪感を抱いたのなら、それは仕事にぶつけてくれ。彼の様な犠牲者を出さない為にも、な。少なくとも私はそうする」
普段通りの様子だが、赤坂部長とて内心は穏やかではない。彼の娘は亡くなった少年と同年代な上に、冒険者でもある。
いつ、我が子も同じ末路を辿るか。そう思うと、今すぐ娘に冒険者を辞めるよう電話したくてたまらなくなる。
それでも、彼は己の職務を優先した。
「……はい」
部下達が不承不承ながらも頷いたのを見た後、赤坂部長が軽く手を叩いた。
「では、本題に入ろう。自衛隊からの情報もあって、当時何があったのか詳細が判明した。それぞれ、資料を見てくれ」
職員たちが、タブレットやノートパソコン、そして紙の資料に目を落とす。
事が起こったのは、ゾンビコボルトが出現する『Fランクダンジョン』。
16歳の男子高校生3名がストアの受付を通り、探索を行った。
彼らがここに来るのは2回目であり、実技試験での経験も合わさってゾンビコボルトに対して油断があったと、生き残った少年は語っている。
探索中自然と軽口が増え、3人ともが周囲への警戒を疎かにしていた所にゾンビコボルトが3体、襲い掛かってきた。
その奇襲で前衛だった少年が顔を負傷。後から確認すればかすり傷だったものの、突然の痛みで武器を取り落としてしまう。
更に自身の血を見た彼はパニックになり、逃走を試みた。結果後衛とぶつかり、2人揃って転倒。残る1人が慌てて魔法を使い応戦しようとしたものの、2体のゾンビコボルトに組み敷かれてしまう。
その光景に前衛だった少年は恐怖で動けなくなり、彼に押し倒されていた後衛は全速力でその場から逃げ出した。
脹脛を噛まれながらも、逃げ出した少年は運よく近くを通っていた他の冒険者により救助。
前衛だった少年も頭を抱えて伏せていた事で、爪や牙で攻撃されたものの命に係わる怪我はしなかった。
しかし、2体がかりで押さえ込まれ喉を食いちぎられた少年は、別の冒険者に助けられてから10分後に亡くなったとされる。
以上が、その日起きた事の顛末だ。
紙の資料を机に置き、部長は続ける。
「今回の事例がなぜ起きたのか。その理由をそれぞれあげていってくれ。具体的には、『何が原因でこの少年は死んだ』のか、だ」
「……やはり、油断していたのが一番の原因かと」
ノートパソコンを見ている女性職員が、努めて冷静な声で喋る。
「冒険者が入れるダンジョンは、基本的に『安全マージン』が考えられています。大きなミスを重ねてしなければ、重傷を負う事がないという基準です」
もしもこれがゲームの話であれば、現行のダンジョン法で規定された『ランク』は適正レベルからずれている。
例えば、『Fランク』の冒険者でも『Eランク』のモンスターと互角以上に戦う事が可能なはずだ。しかし、ダンジョン法の基準は冒険者とダンジョンではランクが『1つ分』ずれて設定されている。
その理由は偏に、『安全』の為であった。
ダンジョンという段階で安全からは程遠いが、だから無視していいという話ではない。むしろ、それこそが最重要である。
「そうだな。では次の理由」
「そうですねー。応急処置とかの対応とか?覚醒者って頑丈ですし、その場での治療が適切だったのなら死なずに済んだかもしれませんよ」
タブレットを持った男性職員が、呑気な様子でそう告げる。
覚醒者は、彼の言う通り非常に頑丈だ。この件で生き残った2人の男子高校生も、非覚醒者なら全治2カ月は確実な怪我を負っていたはず。
それなのに、病院に運び込まれて1週間で傷は治ってしまった。
覚醒者は既存の病気や毒に身体を蝕まれる事もなければ、自然治癒力も高い。喉を噛み千切られた少年も、現場での処置が正しく行われていれば生き残った可能性が高かった。
「じゃあ、防具についても考えるべきではないでしょうか?『魔装』があるとは言え、『F』なら既存の防弾チョッキの方が頑丈な場合が多いです」
「引率役も欲しかったな。駆け出し冒険者の油断を諫める立場の者が、現場に必要だったと思う」
「攻撃を受けた時の対応も考えるべきですね。痛みへの慣れ、とでも言いましょうか。軽傷でも怪我をすれば怯むのは生物として当然です。事前に慣れておく事で、それを抑えられたかもしれません」
これら以外にも次々と出される意見がホワイトボードに纏められていき、ある程度経った所で部長がまた手を叩いた。
「では、今度はこれらの原因への対策を考えよう。どれから対処するかの優先順位は、また後で話し合う。まず、最初に出た油断について」
「……そこは、講習の際に注意喚起するしかないかと」
「今回の件も踏まえた動画を作ったら、講習だけじゃなく各ストアやうちのHPでアップした方がいいですね」
「しかし、あまりそういう動画が視聴されるかと言うと……」
「自動車免許の更新と同じで、一定期間ごとに免許の更新が必要とダンジョン法で決まっています。その期間を最初は『免許取得3年後』で、以降は『5年ごと』を予定していましたが……縮めますか?」
「どうだろうな。あんまりそこの密度を高めると、現場の対応力が足りなくなるぞ」
「まずは、冒険者講習の時に見せる注意喚起の動画を新しくするのが無難か……。既に冒険者免許の所持者には、メールや各ストアの掲示板でその動画を見る様に伝えよう」
「テレビ業界にも協力を頼むべきですね。大学の同期に伝手があるので、頼ってみます」
「そうだな。動画が完成次第テレビでも流してもらえるよう、交渉しておいてくれ」
「はい」
やや早口で、議論は進む。
「では、現場での治療について」
「難しいですね。講習でも応急手当のやり方はレクチャーしますが、咄嗟の判断力や実行力はそう簡単につくものではありません」
「そもそも、度胸と冷静さがあれば良いというものでもない。今回みたいな怪我だと、講習で教えられる範囲の技術を超えているぞ」
「いっそ、素人でも簡単に治せたら良いんですけどね。ほら、『魔法薬』とかで」
タブレットを持った職員が、画面を操作する。
すると、各職員の端末やノートパソコンにメールが送られてきた。
「研究中の魔法薬に関するデータです。それによると、比較的製造が簡単なものでも『骨折や裂傷』を治療可能とあります。それも、傷口にぶっかけただけで」
「……まるで、アニメやゲームの『回復ポーション』みたいだ」
職員の1人が、後頭部を掻きながらぼやいた。
「『治癒魔法』の使い手は少ない。魔法薬の販売や配布が成れば、確かに冒険者の生存率は上がるだろう」
「しかし、魔法薬はまだ承認されていません」
「ああ。既存の科学から見て理論が解明されていないのもあるが、そもそも臨床試験がまだ終わっていない。公に販売許可を出せるものではまだないぞ」
「緊急承認は?」
「流石に難しいでしょう。感染症とは違い、今回の話は即時に大規模な被害を起こすものじゃない」
「一般の冒険者間では、物々交換のノリで流通しているという噂もあるんですけどねー」
現在、魔法薬を製造し販売する事は違法である。
しかし、作る事自体は禁じられていない。それによって利益を得なければ良いのだ。
一部の生産職が『プレゼント』として懇意にしている冒険者や企業に対して自作の魔法薬を渡したとしても、かなりグレーだが黒ではない。
それによる見返りが、明確でさえなければ。
「特に、クランとかでよくあるらしいですね」
ちらり、と。ノートパソコンを抱えた女性職員が赤坂部長を見る。
『ウォーカーズ』もまた、同じ流れで『錬金同好会』から魔法薬に類する物を受け取っているのだ。無論、その辺りを赤坂も把握しているがあえて見ていないふりをしている。
「せめて、『初級傷薬』……だったか。それだけでも販売や配布を公的に許可する必要がある。簡単に作れると言っても、機械化できないからコストも数も問題になりそうだが……それ以前に認可が下りるかどうかの問題だよな」
「魔法薬全ての審査とか、1年2年じゃ絶対に終わりませんからね」
「1つの薬品に絞っても、まず薬学の視点から傷が治る理屈を解明する必要がありますが……」
「あるいは、生産職との間で魔法薬の取引がある『クラン』への加入を冒険者たちに勧めるか」
部長の言葉に、職員たちが一瞬フリーズする。
「クランを始めとした冒険者間での助け合い。それにより、魔法薬や防具の融通。先達による注意喚起。その他諸々、色々な問題の解決に繋がる」
「……下手したらマフィア化しません、それ?今でも将来が不安なのに、公的機関が背中を押すのはやばいっすよ」
タブレットを持った男性職員が、冷や汗を垂らす。
それに、ノートパソコンを抱えた女性職員も頷いた。
「公的機関が追い付かないからと言って、民間に頼り過ぎれば国家としてのバランスを崩します。武力、人員、資金。それが膨れ上がった組織は、いずれ自己のルールを周囲に押し付け始めます。それこそ、国の様に」
「そうですよ!ただでさえ今は、『トゥロホース』なんて組織も出てきているのに!」
『トゥロホース』
山下のもとへも訪れた、覚醒者の為のNPO法人。ギリシャ語にて『車輪』を意味し、彼らのシンボルとして黄金の車輪が各支部に飾られている。
その実態は覚醒者至上主義の集まりであり、覚醒者こそが優れた種として人類を導くべきという思想を掲げている。
表ではまだ温厚な集団だが、裏側では既に過激な行動をしていると噂されていた。
非覚醒者を誘拐し暴行を加えた。企業に対して脅迫を行った。強引な勧誘をしている。等々。
公安からもマークされている、非常に危険な集団である。
「わかっている。だが、緊急措置的だとしても冒険者による『互助』が必要だ。我々でそれを支援、そして統制しなければならないと思う」
「上手くいけば、諸々の問題は解決しますけど……流石にリスキー過ぎるでしょ」
「覚悟の上……と言いたいが、何かあった時に私の首1つで済むものでもない。一旦この話は保留にし、元の話に戻ろう。ダンジョン内での応急手当についてだ」
「……わかりました。私は医療機器メーカーへの協力要請を──」
* * *
2時間ほどで会議を終え、それぞれが仕事に戻っていった。
赤坂部長も話し合いで纏めた意見を上へ持って行く準備をしていたが、そこに2人の部下が左右から近づく。
「……部長。会議中に出た、クランへの加入を勧めるという件ですが、もしや『ウォーカーズ』に」
「いいや。私はむしろ、その案が通った時は『ウォーカーズ』を除外しようと思っているよ」
赤坂部長の言葉に、ノートパソコンを抱えた女性職員が意外そうに目を見開く。
「山下氏は信頼の出来る人間だ。しかし、いつまでもそうとは限らない。力を持った人間は、どうしても変わるものだ。良い方向にか、悪い方向にかは今の段階だとわからないがね」
「つまり、『ウォーカーズ』が力を持ちすぎるのは危険だと」
「そこも含めて、保留だよ。彼らを丸ごと政府側に取り込めれば良いが……『錬金同好会』との関係もある。今は難しい」
『錬金同好会』は、その性質上本気で裏側に潜れば政府でもその活動を追えない組織である。
かつて赤坂部長が勘違いしていた『インビジブルニンジャーズ』とは違い、ある意味本当の秘密結社だ。目的と動機がアレなだけで。
現在、『ウォーカーズ』は彼らへの唯一の首輪だ。外そうと思えば簡単に外せてしまうが、外せば盛大に音が鳴る首輪。
力関係は絶対だが、そもそも『ウォーカーズ』自体今や大規模クラン……否、『ギルド』である。
山下の頭皮と胃壁を犠牲に、未だ規模を拡大しているギルド。その影響力は、並みのクランを大きく上回る。
「まあ、その件は後回しという事で」
タブレットを操作しながら、男性職員がボソボソと呟く。
「それより……例の件、どうなりました?」
「……古巣からは、繫がりが薄くではあるが見えていると」
「私の知り合いからも同じ事を聞けたよ」
赤坂部長が小さく頷く。
「『トゥロホース』は、イギリスからの支援を受けている」
赤坂部長が『インビジブルニンジャーズ』への誤解に気づき、同時に英国が『矢川京太』達に表立って何もしていない事への疑問を抱いた日から、彼は様々な伝手を頼ってかの国の動向を探った。
その結果が、コレである。
「やっぱりですか……」
「ああ。だが同時に、これ以上は調べられないと昔の友人からは断られてしまったよ」
「こちらもです。公安は『トゥロホース』について監視以上の事はしないつもりです」
「マジっすか。今回は勘違いじゃ済まなそうですね」
タブレットを抱えながら、職員がため息を吐く。
「……その支援も、かなり分かり辛くされています。複数の組織や口座を経由して送金している様ですね」
「ほとんど決め打ちでなければ、繫がりに気づく事も出来なかった程度にはな」
世界の裏で暗躍する事において、未だあの国こそ最強ではないか。
その様な噂がまことしやかにされているだけあって、英国の動きは掴みづらい。今回の金の流れも、『あの国が関わっているのではないか』という答えありきだからこそ見えてきたものである。
「しかし、彼らの目的がわからない。覚醒者は日本人が中心だ。日本に年単位で住んでいた外国人も一部覚醒しているが、それでも英国人は少ない。覚醒者至上主義と英国では相容れないはずだが……」
「まったく想像がつきません。それに、金銭の援助を証拠がほとんど残らない様に行うという事は、見返りが受け取れなくなるリスクもあります」
「ああ。助けてやったんだから、何か寄越せって話ですよね。確かに支援の証拠がないのなら、知らぬ存ぜぬされるかも、か」
「何か、それでも見返りを出さないといけない弱みを握っているか、そうでなければ……『トゥロホース』が動く事自体に何らかのメリットがあるか?」
「この段階では憶測しか出来ませんね」
「ああ。この件は、まだ調べる必要がある」
「え゛、これ、うちが対処する案件ですか?」
タブレットを抱えながら、男性職員が頬を引き攣らせる。
赤坂部長は、頭痛を堪えた様子で小さく頷いた。
「覚醒者の団体だからな。既に、上からは『何かあったらダンジョン庁が責任をもって対応しろ』と言われている」
「マジっすかぁ……」
「私だって関わりたくはない。だが、誰かがやらねばならない事だ」
眉間の皺を増やしながら、部長が資料を纏め終え歩き出す。
「それぞれ仕事の合間に調べてくれ。私の方でも、どうにか探ってみる。だが、無理はするなよ」
「無茶はもうしていますけどね……」
「あ゛~、わかりましたよ。もう」
「すまんな」
部下達に苦笑を浮かべた後、今度こそ赤坂部長は部屋を出て行った。
カツカツと靴を鳴らしながら、彼は考える。
『トゥロホース』は、ハッキリ言ってそれほど統制のとれた集団ではない。何かに利用しようにも、いざという時に分裂して暴走する可能性がある。
英国は、はたして彼らに何を望んでいるのか……。
「ふぅ……」
完全な偶然から発覚した、英国と『トゥロホース』の繫がり。今度ばかりは赤坂部長の勘違いではない。
ダンジョンに関する米軍の怪しげな動き。中国による覚醒者への強引な引き抜き。英国による『トゥロホース』への密かな資金提供。そして、その他の国々からの干渉。
帰りに庁舎近くのコンビニでエナドリとカップ麵を買い足そうと思いながら、赤坂部長は人の少ない通路を歩く。
ダンジョン庁の明かりが消えたのは、今日も夜遅くであった。
読んでいただきありがとうございます。
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英国
「こんなバレかたあるぅ!?」
米国
「草」