第六十八話 お守り
第六十八話 お守り
精霊のダンジョンに行った、3日後。
6月も下旬に入り、蒸し暑さはどんどん増している。テレビでは熱中症に関する注意喚起が増え始めた。
うちの高校みたいな例外を除き、大半の高校は未だ夏休みが始まっていない。体育の授業では水分補給がどうたら、と。専門家さん達が言っている。
その辺り、何気に覚醒者も無関係ではない。やたら頑丈なのでそうそう熱中症で倒れる事はないが、絶対ではないのである。
暑いものは暑いし、死ぬ時は死ぬ。覚醒者とて、所詮人間なのだから。
ナイフで喉を引き裂かれれば、ライフルで脳を破壊されれば、炎で全身を包まれれば、あっけなく死んでしまう。そこは、覚醒者も非覚醒者も変わらない。
「というわけで。本日ご紹介するのはこちらの魔道具です」
『待ちたまえ。なんか突然始まったがもしや今日は私がツッコミ役か?』
「ええ!?イチキュッパでぇ!?」
『早い早い。まだそのリアクションは早いよエリナ君』
今日も今日とてダンジョン探索。仕事やレベル上げという大義名分のもと、夏休みの宿題からは逃げてきた。
ストアの更衣室近くで、リュックから紫色の巾着を取り出す。
「はい、どうぞ」
『ボケるなら最後までやり通せ』
「ドーモ。京ちゃんサン」
『エリナ君は継続し、いやただの素か?』
彼女の分の巾着を渡した後、自分の分を取り出す。
「あ、中の物を素手で取り出さないでね。材料に水銀使っているんで。錬金術でそうそう気化とかはしない様にしてあるけど、念のため」
「ほえー。了解」
「まあ、触ったぐらいじゃ付着しないとは思うんだけどね。それでも心配だし」
なんせ、水銀を扱ったのは初めてである。覚醒者の頑丈さを考えれば、湯呑でがぶ飲みとかしない限り水銀中毒にはならないと思うが。
自分の巾着の紐を解き、『魔装』の籠手を部分展開。中身を取り出して見せる。
「……卵?」
「みたいな形にした、『水銀と硫黄と塩』を錬金術で押し固めたやつ」
サイズはスーパーで売っている鶏の卵より、2回りほど大きい。真っ白な表面には金色の模様が浮かび、4つの魔力が籠った石が埋め込まれている。
この石こそ、この前サラマンダーやウンディーネからドロップした『精霊石』だ。
『パラケルススの4大精霊』
古代ギリシャでは、『水・風・火・土』の4つの元素で世界は作られていると考えられていた。……という、説がある。
その4大元素にはそれぞれ精霊が宿っているとスイス人の錬金術師、かの有名なパラケルススが提唱した。
近代ではただの妄言として扱われてきたが、『覚醒の日』以降は大真面目に彼の理論が本当の事ではないかと研究されている。
というか、各地の伝承や神話も各国にて見直され始めていた。なんせ、オカルトと思っていた事が現実に現れたわけだし。
まあ、それはさておき。パラケルススが残した理論は、現代の錬金術師から見ても無視できない部分が多い。
その1つが、4大元素と4大精霊である。
更に、『硫黄』と『水銀』はそれぞれ男性と女性になぞらえて考えるのが錬金術では基本であり、この反対の属性である2つを融合させるのに『塩』を用いるのだ。
色々と説明は省くが、この4大元素でもって囲う事で疑似的な『世界』を作成。その中央に男女が合わさった『完璧な人間』である水銀と硫黄が混ざった物を配置する事で、この魔道具は完成する。
なお、卵型な事にこれといった理由はない。『世界卵』とか『生命の全情報』とかそういうのは関係なく、単にそれっぽいという考えでこの形状にした。
「これの効果は『結界』の発生。所持者の体表から30センチ以内に一定以上の速度で、直径5ミリ以上の物体が近付くと障壁を展開するよ。と言っても、気休め程度の強度しかないけど」
『世界』と『人』を再現し、所持者と周囲を一時的に隔離する。
ただし、所詮は疑似的な世界と人だ。本来の世界の中では長く展開する事は出来ないし、何より使い捨てである。
「1回発動したら自壊するから、中の水銀を処理する時はちゃんと自治体とか国の指示に従ってね。あと、自動発動じゃなくても強く握って魔力を流し込んだ場合でも発動できるから」
『私、これと同じやつをネットで見た気がするのだが……』
「そりゃ売られていますからね。錬金術師なら作れますし」
何ならレシピもネット上に転がっている。だからこそ、自分も作ってオッケーとなったわけだし。
もっとも、例の如く例の様にネット上にあったレシピは『魔装』の本と比べて非常に分かりにくかったが。
「ほえー。やっぱり京ちゃんって、もう立派な錬金術師さんなんだねー」
「そうでもない。わりとマジで」
『……色々とツッコミたいが、どれぐらいの攻撃までなら防げそうなんだい?ネット上で販売されている物だと、値段によって障壁の硬度が異なるが』
「即席ボディのゴーレムに持たせて試しましたが、僕が本気で殴った程度なら1発までギリ耐えるかなぐらいです。剣で斬りかかったらかなり勢いは減衰しましたが、貫通しました。それと『概念干渉』を使われたら全くの無力です。素通りするどころか勢いが増します」
『なるほど。ゴリラが殴っても大丈夫、と』
「ぶん殴りますよ」
『だって君の拳。明らかにショットガンより威力あるじゃないか』
「……まあ、はい。それでもある程度強いモンスター相手には気休めですし、先ほども言いましたが使い捨てで1回発動したら壊れますので」
ショットガン以上の拳。そう言われると、自分も随分人間離れしたものである。
しかし、それでもやはり人間なのだ。精神的な話だけではなく、物理的に。
単純な膂力でなら、自分はオークチャンピオンやレフコースを上回っている。だが、体格の差は人間と人外では大きい。
でかいという事は、質量があるという事。その分奴らの放つ一撃は非常に重い。
それこそ、デーモンやレフコースが放った本気の攻撃をこの障壁は耐えられないだろう。容易く砕かれ、所持者の身に得物が届くのは間違いない。
「なのでまあ、御守り代わりに持っといて。アイラさん、大山さん、毒島さんの分もあるから、それぞれ渡すのをお願い」
「あいよー」
『待った』
「はい?」
『……今ネットで調べたら、君が作ったのと同性能かつ同型の魔道具が1つ200万円で売られていたのだが』
「まあ、プロが作った物はそうでしょうね」
自分も興味本位で調べて、安い物でも50万超えていた時は桁の数を間違えたのかと疑ったものである。
しかし、よく考えれば納得のいく金額だ。
まず、精霊石自体入手難易度が高い。『Cランクモンスター』のドロップ品を手に入れられるのは、自衛隊を除くと『Cランク冒険者』のみである。そして、そのランクの冒険者はまだまだ少ないのだ。
そして、精霊石を人工的に作り出そうと思うと、大鍋使って丸1日使い1つ1つ作る事になる。
その際の素材はその辺の物で揃える事が可能だ。なんせ、あちこちにあるからこその『世界を構成する4大元素』なわけだし。
なお、人件費。生産系のスキル持ちって、希少だからな……。
そうして材料をどうにか集めても、この魔道具を1つ作るのに並みの覚醒者では魔力を全部ぶっこんでも足りない。複数人の錬金術師が協力するか、高レベルの覚醒者が行うか。どちらにせよ、量産は不可能である。
それでいて、作成時に注ぎ込んだ魔力の量次第で結界の強度は変動するのだ。半端な物を作らない様にするとなると、魔力切れで倒れる人が続出する。
まあ、自分の場合魔力切れとか考えずにばかすか籠められるのだが。
改めて『賢者の心核』ってぶっ飛んでるよなぁ……流石賢者の石と同じ力もっているだけあるわ。
普通こんな短期間で複数個作れないので、身内以外には配れない。自分の固有スキルに対して見て見ぬふりをしてくれる人相手じゃないと、『心核』の事を滅茶苦茶疑われる。
「僕のは素人の手作り品ですので。お気になさらず」
「んーん。ちゃんとお金は払うよ」
「え?いや、こっちが勝手に作ったものだし……押し売りになるんで」
「駄目。そういうのはキッチリしないと」
珍しく、ダンジョン内以外でエリナさんが真剣な顔をしている。そう言えば、彼女は『友達だから無料』とかそういう考えは全否定な人だった。
そういう考え方は良いと思うが、今回ばかりは自分が相談もせずに作った物である。押し売りになるのは嫌だ。
「……よく考えると、エリナさんには普段から『白蓮』の運搬をしてもらっているので、それでチャラでは?」
「ならば良し!」
良いのか。
ダメ元で言ってみたが、エリナさんが納得してくれたのならそれ以上何か言うつもりはない。
「じゃあ、アイラさん達に関しては要る要らないは自由で、必要な場合は無利子無期限のローンって事に……」
『私としてはありがたいが……京ちゃん君』
「何ですか?」
『君、将来キャバ嬢とかに貢いで身を崩しそうだよね』
「酷くないですか?」
否定はしないけども。自分でも、そういうお店に行ったらやらかす気はするし。
なお、実は既に父さんと母さんには無料で渡してある。2人とも一時期『錬金同好会』のサイトを見ては息子の性癖を心配していたが、最近は見ていない様だ。
そんなわけで相場とかは知らないから、単に我が子の作ってくれたお守り程度の認識らしい。
こっちとしては、それぐらいの感覚で持ってくれる方が安心できる。母さん達の場合、値段を知ると受け取るの拒否しそうだし。同型の魔道具同士で干渉するから出来ないが、本当ならダースで装備して欲しいぐらいなのだぞ、こっちは。
親を相手に過保護と言われようが、そもそも両親は2人して2回も氾濫に巻き込まれている。心配して何が悪い。
「これの代金の分びゃっちゃんを運ぶとなると……だいたい10年は一緒に行動だね!京ちゃん!」
「あ、そうなの?」
「今後ともよろしくだよ!」
「はあ……。別にそう有難がる物でもないので、普通に使ってね?」
「わかった。10回ぐらい使って100年組もう。忍者の絆は永遠だ!」
「忍者じゃないから」
「えー?」
というか、いつまで更衣室の近くでだべっているのか。いくらストアに人が少ないとは言え、喋り過ぎである。
「そろそろダンジョンに入ろう。アイラさん、これからゲート室に向かいます」
『わかった。2人とも、忘れ物はないね?』
「はい」
「ノープロブレムだよパイセン!私、最近は空間忍術でアイテムボックスに入れっぱなしの物が多いから!」
「それはそれでどうなの……?」
腰に手を当ててドヤ顔を浮かべるエリナさんに、苦笑を浮かべる。
この人の事だから、入れっぱなしでも中の物を把握しているだろうが。
そんな会話をしながら、ゲート室へ。
さて。今日もまた、ダンジョンへ潜るとしよう。
読んでいただきありがとうございます。
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Q.いくら何でも使い捨てなのに1個200万はぼり過ぎだろぉ!?
A.だってあれ、魔法とかも防ぎますし。レイスの呪いとかも弾けます。魔道具全般そうですが、数が少ないのでお金が有っても中々買えない代物です。
『Eランク』相当の攻撃を防ぐのが50万ぐらいで、『Dランク』のを防ぐのが100万とかです。何気に『錬金同好会』の主な資金源だったり……。




