第三十五話 覚悟など、出来るわけもなく
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
第三十五話 覚悟など、出来るわけもなく
アイラさんの長話に付き合わされた、翌日。
5月も終わりが近付いてきたのだが、空は今日も曇り空だ。今にも降り出しそうだが、あと少しだけ持ち堪えてほしい。
昼休みは、人のいない所に行きたいのである。
中庭の隅。用具入れと校舎の隙間は丁度死角も多く、1人で食べていても視線を感じない。校舎側の壁に丁度いい出っ張りもあるので、座って弁当を食べられるのもポイントだ。
雨の日はここが使えないし、校舎内には生徒の目も多い。便所飯は嫌なので、教室で素早くかっ込み後の時間はスマホを眺める事になる。
まあ、こっちでも食べ終わった後スマホを見るのだが。それでも、安心感が違う。
あちこちから生徒達の喧騒が聞こえる中、1人静かにアプリゲーをやって、もうすぐ予鈴が鳴る頃だからと立ち上がる。
「……はあ」
弁当袋を手にゆっくりと教室へ向かう途中、無意識にため息が出ていた。
結局、教室に友達はいない。4月にタイミングを逃して、それからずっとだ。時間が経てば経つほど、輪の中に入るのが難しくなる。
自分のコミュ力が最大の問題だが、『覚醒者』で『冒険者』というのも影響はしていた。
最初は、好奇と不審。次に、警戒と敬遠。そして、今は恐怖と嫉妬。
世の中で覚醒者の犯罪が取り沙汰されるほど。テレビで冒険者の好景気が報道されるほど。
自分に向けられる視線に、良くないものが増えていく。それが、恐かった。
昔はここまで感情の機微に聡くはなかったのだ。むしろ、鈍かったと言える。
だが、今はこの『眼』があるのだ。便利だしモンスターとの戦いでは何度も助けられたけど、他者の表情まで無駄に読み取れてしまう。
もしや、自分は何らかの病名がつく精神状態なのではないかと思えてきた。そう考えると、再びため息が漏れ出ていた。
教室に向かう足は、相変わらずゆっくりとしたものである。
視界の端で、窓ガラスにポツリと雨粒があたった。
* * *
「ダンジョンの時間だー!」
「おー」
放課後。雨は帰る頃には止んだのもあって、一度家に帰ったらすぐにダンジョンへ向かった。ストアの駐車場も濡れているが、水たまりはもうほとんど消えている。
相変わらずのハイテンションなエリナさんに、苦笑を浮かべながら合わせて小さく手をあげた。
『元気だねぇ。私はお昼にババ様からお叱りを受けて、少しナイーブだよ』
「何したんすかパイセン!」
『昨夜、京ちゃん君とクラシックをBGMに大人な話をし過ぎてね……』
「ひたすら長話に付き合わされてた。BGMはストゼ▢の缶を開ける音」
「なるほど!」
『酷いぞ京ちゃん君!君だって楽しんでいたじゃないか!』
「ソウデスネー。楽シカッタデスネー」
『よし、言質はとった!』
「僕が言うのも何ですが、悲しくなりません?」
「それよりズルいよ2人とも!私もお話したかった!」
『はーっはっは!エリナ君は忙しかったようだからねぇ。気を遣ったのさ!』
「僕も遊んでいたわけじゃないんですが……エリナさんは、なにをしてたの?」
「勉強」
「あ、はい」
ストレートな返答に、それ以外なにも言えない。
……僕も頑張ろう。
『エリナ君は何だかんだ優等生だからねぇ』
「は、はあ……」
「そう言えば京ちゃん!昼休みってどこにいるの!?」
「は?」
突然の問いかけに、まじまじとエリナさんを見返す。
他意など感じられない、綺麗な瞳。それに少し気圧されて、つい視線を逸らした。
「どこって、別に……」
「偶に京ちゃんの様子を見に行くけど、たいてい教室にいないんだもん。さては忍者の修行だな!!」
「違う」
あと両手で人を指差すんじゃありません。いや片手だから良いってわけじゃないんだけれども。
『……エリナ君。聞いてやるな。きっと便所飯だ』
「便所飯ちゃうわ。中庭だよ普通に」
『なるほど、中庭の隅。出来るだけ死角の多い場所だな?』
「死角の多い場所でこっしょり……やはり忍者!」
「ちげーよ」
あと何でアイラさんはわかるんだよ。
『わかるさ……マイフレンド。いや、同類。私は君の先を行くものだ』
「え゛」
『何だね、その嫌そうな声は。泣くぞ?21歳の大学生が幼児の様に泣きわめくぞ?』
「イヤリングしている間はやめてください」
『君最近私に対して冷たくないかなぁ!?』
「大丈夫っすよパイセン!これは京ちゃんなりのツンデレっす!」
「違う」
『ほう。これがあの噂に聞く。しかし、美少女以外がやっても効果は半減だ。リアルのツンデレ男子はモテないぞ、京ちゃん君!』
「やかましいわ」
あといつまで駐車場でだべっているのだ。
ダメだ、この人達を放置していると話が進まない。流れをぶった切ってストアの入口に向かう。
「ほら、いい加減中に入りますよ」
『だが待てよ?京ちゃん君は中途半端にラノベ主人公っぽい顔だ。意外とツンデレが似合う可能性も……?』
「そっすね!京ちゃん量産型ラノベ主人公みたいな顔っすもんね!」
「褒めてないよね?一瞬嬉しかったのに『中途半端』とか『量産型』って何でつけた?ん?」
「ぴゅ~!ぴゅぴゅ~!」
「口笛下手過ぎんだろ」
『つくつくぼーし!つくつくぼーし!』
「まだ5月だ埋まってろ」
そんな馬鹿話をしながら、ストアの入口を潜る。
自動ドアを通り、更衣室に向かおうとして。
「ん?」
やけに、ストア全体が騒がしい。
いったいどうしたのかと見回していれば、エリナさんがこちらの肩を叩いてきた。
「京ちゃん、あれ」
「あれ?」
彼女が指さす先には、買い取りコーナー上に設置されたテレビ画面。
そこには、ダンジョンの氾濫情報が表示されていた。
……え、また?
慌てて画面を注視しながら、スマホで両親にメールを送る。
母さんもちょうどこっちに連絡しようとしていた様で、返信はすぐに来た。
どうやら氾濫地域は家から離れた場所で、なおかつ父さんの職場とも遠いらしい。両親とも無事なので、むしろ僕の方が避難指示が出ている範囲だと心配された。
……いや氾濫が起きている場所かなり近いな。テレビに地図が出たけど、隣町じゃん。
しかも、この今いるダンジョンストアは氾濫地域よりにある。車で10分程度の距離だ。
取りあえず両親が大丈夫そうな事に胸を撫で下ろした所で、アイラさんが話しかけてくる。
『2人とも。もう気づいていると思うが、そこから数キロのダンジョンで氾濫が起きた。しかも、悪い事にまた他県でも氾濫が起きている。すぐにそこから離れ、帰宅しなさい』
「わかりました。それじゃあ───」
「待って」
エリナさんがそう言うと、受付の方に歩き出した。
「え、どうしたの?」
『エリナ君?』
大股で受付に向かった彼女を、慌てて追う。
「すみません、今の話本当ですか?」
「はい?」
彼女に突然話しかけられ、受付の女の人が疑問符を浮かべる。
当たり前だ。忙しそうに、というか数キロの位置でダンジョンの氾濫が起きて実際忙しいだろうに、何をしているのだこの自称忍者。
「すみません。あの、すぐに帰りますので……」
「隣の職員さんと話していた、『ゴーレムを連れたエルフの女性がモンスターを足止めしている』って、本当ですか?」
『……は?』
イヤリングから、気の抜けた声が響く。
「え、どうしてそれを……」
「ありがとうございます。失礼しました」
「ちょ、ちょっと!」
目を見開く受付嬢さんにお辞儀をし、エリナさんが踵を返した。
ゴーレムを連れた、エルフの女性?それって、まさか……。
『エリナ君。その、まさか』
「わかんない。でも、先輩の可能性があると思う」
淡々と答えながら、エリナさんがストアを出る。
『そ、そんなわけあるか!あってたまるか!』
語気を荒くするアイラさんをよそに、彼女は『魔装』を纏い軽く屈伸を始めた。
「パイセン。落ち着いて」
『これが落ち着いていられるか!くそ、なんでババ様はこんな時に……!こんな……いや……すまない』
イヤリングから聞こえる声は、ほんの少し前までと比べてあまりにも弱々しかった。
努めて感情を排した様な、淡々とした声。自分には、震えそうになっているのを必死に誤魔化している様にしか思えなかった。
『……取り乱してしまった。妹が現場にいるかもしれないが、君達には関係ない。それより、すぐに帰って来るんだ』
「京ちゃん」
アイラさんの言葉を、ストレッチを終えた自称忍者は完全に無視して。
「私は行くけど、どうする?」
コンビニにでも行くかの様な気軽さで、こちらに笑顔を向けてきた。
……正直、状況をさっぱり飲み込めていない。
突然ダンジョンの氾濫とか、三好さんが現場にいるかもとか、情報として耳に入っても頭の処理が追い付かないのである。
そもそも、なんでまた複数個所で同時に氾濫が起きているのかとか、色んな疑問が頭を渦巻いていた。
だが、しかし……。
『馬鹿な事はやめるんだエリナ君。京ちゃん君、すまないが彼女を』
「取りあえず、僕も行く」
『魔装』を展開しながら、背負っていたリュックをエリナさんに預けた。
「悪いけど、アイテムボックスに入れておいて」
「おっけー!」
『待てと言っているのが聞こえないのか!氾濫を起こしているのは『Cランク』ダンジョンだぞ!』
『Cランク』
一般公開されているダンジョンの最高難易度。そこに挑む冒険者は、ほんの一握りしかいない。
基本的にボスモンスターが出現ダンジョンのワンランク上相当だと考えれば、そこらの雑魚がオークチャンピオンと同等の可能性すらある。
地獄の様な空間だ。正直、行きたくない。何より、人の死体が転がる光景は大っ嫌いだ。
でも。
「……前回、アイラさんには両親の救助を手伝ってもらった恩があります」
『そうだな、君にとっては大事な両親だったのだろうさ!しかしミーアは私の種違いの妹だ!何年も会っていない、ほぼ他人だ!わざわざ助けに行く必要がどこにある!?』
「でも、大切なんでしょう?」
『───』
長話ばかりのアイラさんが、完全に沈黙した。
エリナさんと目配せをし、走りだす。こうして話している時間すら惜しい。
まだ濡れた道路に、灰色の曇り空。無人の街で、アスファルトの地面を蹴る。
「パイセン!そもそもさ、私は先輩の従姉妹だよ!家族だもん!」
隣を走るエリナさんは、いつもの笑顔を浮かべていた。
「寂しい事、言わないでよ。絶対、先輩を連れて帰るから!」
『……馬鹿だな、君達は』
「バカって言った!?バカって言った方がバカなんですバーカ!」
「エリナさん、今そういうんじゃないから」
『……わかったよ、まったく。だがせめて、ナビには従ってくれ。警察に見つかったら面倒だぞ』
「はーい!忍者は影を歩む者……そして任務は絶対!死ぬ気で助けるからね!」
『死ぬ気では、やめなさい』
「あの……僕も死ぬ気はないというか。やばくなったら逃げるつもりなんで……」
「そうなの!?」
「なんかごめん」
驚かれても困るというか、僕に三好さんの為命を張る理由ないし。
助けられそうなら助けるし、ダメそうだったら逃げる。その程度の覚悟しかない。
というか、覚悟なんてすぐ決められるか。
でも───この2人に、死んでほしくも悲しんでほしくもない。
赤の他人の為だけなら、一も二もなく逃げている。だけど、エリナさんとアイラさんの為なら……。
「命を懸けない範囲で、頑張る」
「それもまた良し!いくぞ京ちゃん!風の様に!」
『エリナ君もせめて京ちゃん君ぐらいのスタンスで行ってくれ、頼むから……。あと京ちゃん君、絶対に後でご両親に報告するからな。存っっっ分に叱ってもらいなさい』
「う、うっす……」
これから死地に行くかもしれないというのに、あまりにもいつも通りな会話。
それがどこか心地よくて、つい笑ってしまいそうになる。
濡れた地面を蹴る脚に、自然と力が入った。
読んでいただきありがとうございます。
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