閑話 変化するダンジョン事情
※今年最後の投稿なのに出番がない主人公に関してお知らせです。
今作は『ダンジョンもの』ですので、京太が対人戦をする事はないです。あったとしても全体で見ると少ない予定です。ただし、あくまで予定ですので変更になる事もありえます。
閑話 変化するダンジョン事情
サイド なし
神奈川県、某所。
ダンジョン内部。
洞窟の様な構造ながら、床も壁も天井も、墓石が『生えている』奇妙な空間となっている。
シンプルな石碑に謎の文字が掘られているが、その全てが爪で引っ掻いたかのように削れて読めない。
まるで墓場を地面ごと丸め、筒状にしたかのような迷宮。その各所には、人が入れそうな穴ぼこが複数あった。
まるで死体を掘り返した様な墓前の様子。しかし、恐らくその様な事はされていない。ここはダンジョン。この穴も、ただの見せかけだろう。
そうでないとしても、墓泥棒の仕業ではあるまい。
何故なら。
『ガ、ァァ……!』
死体は、自分で這い出て来たのだから。
白濁とした瞳。所々べろりと剥がれた皮膚と、そこから覗くカラカラに乾いた肉。
腐敗はしていないが、しかし生気もない。己の足で歩く屍たち。
『ゾンビ』
そんな、『人に似た怪物』と対峙するのは3人と2体。
山下博と、パーティーメンバーの喜利子。
そして、『錬金同好会』から派遣された錬金術師の一柳である。
3人までしか同時にゲートを潜れないこのダンジョンに、2体のゴーレムをつれてやってきていた。
『ブブブブ……!!』
「行け、ゴーレム達よ」
一柳の声に従い、ゴーレム達がドスドスと足音をたてて前に出る。どっしりと両手で構えたラウンドシールドで、襲い掛かる4体のゾンビ達を押し止め、1歩も後退しない。
ゾンビもうめき声をあげながらボロボロの爪で引っ掻こうとするも、盾でゴーレムの頭部には届かないし、腕部分も装甲にかすり傷がつく程度。
ひょろりとした体型のゾンビ達だが、その力は平均的な成人男性を上回る。それが4体がかりで組み付きながら、ゴーレム達を動かす事は叶わなかった。
「どうぞ」
「はい」
そうしてゴーレム達が押さえている間に、山下と喜利子が一柳と入れ替わりで踏み出す。
彼らが構えるのは、何の変哲もない簡素な槍。長さ2メートルほどのそれは、穂先に『ダンジョンでとれた鉄』を使っている。主に、『Fランクダンジョン』でドロップするコインなどだ。
低いランクのコインは、金や銀よりも鉄の方が成分として多い。『魔道具』の材料には適さないが、武器に使うのならむしろこちらの方が適している。
ダンジョン法の一部改正に伴い、銃刀法関連も申請すれば多少融通が利く様になった。錬金術で作った槍を、ゴーレムと一緒に『ウォーカーズ』内で貸し出す予定なのである。
普通の鉄ではなく、ダンジョンのコインを使ったのには理由があった。
『魔装、素手、そしてダンジョンの品以外でモンスターを攻撃すると経験値が入りづらくなる』
元自衛官の冒険者……兼、『冒険者アドバイザー』を名乗る人物がネット上に書き込み、それが噂として広がったのだ。
その真偽は別として、『錬金同好会』ではこういった武装にドロップ品を使う様にしていた。
ゴーレムの間から山下と喜利子が槍を突き出し、ゾンビの頭を突く。動く死体ながら、生きている者と同じように外傷でこのモンスターは倒れるのだ。そのうえ知能も低いので、前衛が崩されなければ負ける事はない。
頭を貫かれたゾンビ達が、力なく地面に倒れ塩に変わる。
4体とも無力化したのを確認し、山下が頷いた。
「一旦休憩にしよう。一柳さんは、私達の中心にいてください」
「どうも、お言葉に甘えさせてもらいます」
だぼっとしたローブ型の『魔装』を着た、30前後の男性。
見るからに運動が得意ではなさそうな彼は、ハンカチで汗を拭いながら山下達に挟まれる様に壁へよりかかる。一番外側にゴーレムが立ち、万が一の壁となっていた。
「お疲れ様です。魔力の方はどうですか?」
「ええ、まだまだ大丈夫です。ただ、運動不足でして。それに、その……やはりダンジョンは緊張しますね」
苦笑を浮かべる一柳に、山下も頷いて返す。
「はい。私もです。命のかかった職場ですから。まあ、モンスターが戦っていて気分の良い姿じゃないのもありますが」
「ははっ。ですが、おかげでテストも気兼ねなく行えます」
「違いない」
彼らがいる『Fランクダンジョン』は、最近の冒険者ブームの波に取り残されていた。
理由は単純。誰もゾンビと戦いたくないのである。
無論、そういった映画が好きで積極的にやってくる冒険者はいるが、そんなのは少数派だ。大半の新人冒険者は、人に似たモンスターに強い忌避感をもつ。
何なら、最初はゾンビ映画に触発されて喜び勇んでやってきた冒険者が、次の日カウンセリングに通う事になった……なんて話もあった。
「それに、こういう人間が接近戦をしたくない相手への壁役も戦闘用ゴーレムの仕事ですからね」
「はい。テスト相手として、最高のモンスターです」
そう言って、しげしげとゴーレムを見る2人。
だが、ゴーレムのデザインに山下は言いたい事があった。
「……あの」
「はい、なんでしょうか。何かゴーレムに故障が?」
「いや、そうではなく。……なんで、『タヌキ』なんですか?」
山下が、ゴーレムの爪先から頭のてっぺんまでを観察する。
どこからどう見ても、タヌキだった。もう少し詳しく言うのなら、信楽焼のタヌキそっくりである。
愛嬌のある丸顔に、大きく突き出た腹。つるりとした体表に、編み笠みたいなデザインのラウンドシールド。
身長150センチほどの体躯は、どこかの観光地か居酒屋にでも置いてありそうである。
「こちらの新型戦闘用ゴーレムは、2時間前後のダンジョン探索を考慮し錬金同好会が総力をあげて作り出した『マギバッテリー』の試作品を搭載しています。未だ燃費は悪いですが、それでも魔力が多い覚醒者が1人補給役を担えば2体同時稼働も可能。ですが、その分バッテリーのサイズも大きく、破損の恐れもあるので収納場所である腹部は特に重装甲である必要があったのですね!」
「タヌキな理由は?」
「副会長の趣味です」
「ああ……」
納得できた事が嫌で、山下は微妙な顔をする。
「一応、会議では『厳しい環境下で、この姿は癒しになるから』と彼は言っていましたが……」
「まあ、はい。否定は、しませんけど」
副会長こと『K』。ケモナーである彼が言ったとなると、ただの方便にしか思えなかった。
なお、現在装甲は鉄板が使われているが、当初『K』自作の人工毛皮が採用されかけていた事を山下はまだ知らない。
「博さん」
「なんだい、喜利子ちゃん」
「このタヌキ、金○がないです」
「女の子が○玉とか言っちゃいけません」
ドロップ品を回収した後ゴーレム達の股間をガン見していた喜利子の頭を、山下が軽く叩く。軽すぎて、ほとんど乗せるに等しかったが。
その光景に、一柳が苦笑を浮かべる。
「仲がよろしいんですね」
「まあ、妹の友達って事でちょくちょく家に来ていましたからね。その縁で」
「はは、羨ましい……」
遠い目をする一柳篤志。彼は年齢=彼女いない歴だった。彼にとって、異性と仲良さげに話す存在は総じて宇宙人に見える。
だが、くじけない。今の彼には夢も希望もあるのだから!
「さ、そろそろ探索を再開しましょう」
「ええ、そうですね」
全ては、理想の『ホムンクルス嫁』の為に!具体的にいうとメーター越えバストのエチエチ美女ゴーレムの為に!
一柳篤志は、瞳を少年の様にキラキラとさせて再び歩き出した。
そんな彼に、山下は営業スマイルを崩さない。会長と副会長との会談で、彼は強い耐性を得たのだ。
きっと、この耐性は今後も錬金同好会と付き合っていく上で強化されていく事だろう。山下の頭に十円ハゲが出来る日も近い。
ゴーレムを先頭に動き出した一行。二番手を歩く喜利子が、ぼそりと後ろの2人には聞こえない声で呟いた。
「オス同士のつがいじゃないのか……」
ゾンビは腐っていなかったが、彼女の趣味は少しだけ腐っていた。
* * *
東京霞ヶ関、中央合同庁舎。
今回もまた、ダンジョン庁は部屋の隅にある会議スペースで職員たちが顔を合わせていた。
「───以上が、防衛省と警察庁からの『警告』です」
ノートパソコンを閉じながら、女性職員が部長に視線を向ける。
「……想定通りだが、それでも心にくるな」
「いやぁ。部長の所に特殊部隊とか送られそうなぐらい怒ってますね」
眉間の皺を一段と深くする部長の横で、タブレットを持った職員がケラケラと笑う。
「ですが、実際自衛隊と警察の覚醒者が冒険者になるケースが大幅に増えています。ダンジョンの守りに影響が出るかと」
「ああ。しかし、ここで辞める者達ならどのみち海外や企業に引き抜かれている。販売自由化の前から、その兆候はあった」
「ですが、ダンジョン内で発生しているトラブル……というか、犯罪行為も増えていますよ?それで警察から戦える覚醒者が減るって大丈夫ですかね?」
「大丈夫ではないだろうが……残念だがそれは我々の管轄ではない。しかし、彼らも既に捜査支援分析センターを始め各部署でダンジョン内の犯罪行為に対策を練っている頃だろう」
「そうですね。そういった犯罪行為をする冒険者は、ネット上への動画投稿やSNS上で武勇伝の様に自身の犯行を語る場合が多いようですので。そこから追う事は可能です。ただ、実際に覚醒者を逮捕するのは大変ですよ」
「……後で、防衛省と警察庁には私から頭を下げに行く。あの判断に後悔はないが、彼らに多大な迷惑がかかっているのは事実だ」
「冒険者以上の給料を払えれば良いんですけどねー」
「予算はどこもカツカツだよ。少なくとも現場はね」
揃って、ダンジョン庁の職員達が深いため息を吐く。余裕がないのは、彼らも同じ故に。
「しかし……なんでこんな事をするんですかね?」
手元にある『トレイン行為』や『ペイント偽装』の資料を眺めながら、1人の職員が首を傾げる。
「普通に冒険者やった方が、炎上商法より儲かるでしょうに」
「……トレイン行為で捕まった犯人は、『私生活のストレス』が動機だったと供述しています」
「……え?」
ノートパソコンを見ながら答えた女性職員に、先ほど呟いた職員が絶句する。
「そもそも、トレイン行為の犯人はネットへのアップはしておらず、愉快犯的な凶行だったようです」
「愉快犯って言ったら、『自衛隊のペイントを真似た落書き』もそうですよー」
タブレットを眺めながら、男性職員が笑う。
「わざわざアップする前に個人が特定される様な部分は隠したり、海外を経由したりと小賢しい事をしたみたいですが、それでも昨日捕まりましたねぇ。黙秘しているみたいですが、そっちの動機もたぶん炎上商法よりも『イケイケな他の冒険者にざまぁしたかった』とかそんな理由でしょぉ」
適当そうに、しかし確信めいた口調の男性職員に件の職員が絶句する。
「……そのペイントで迷った冒険者と、犯人の間で接点が?」
「今の所、特に見つかってないですね。でも、この犯人にとって『彼の頭の中で描いた他の冒険者像』への嫌がらせですから……ぶっちゃけ、深く考えていないと思いますよ?」
「そ、そんな理由でこんな、人が死ぬかもしれない様な事を」
「世の中そんなもんですって。というか、別に今に始まった事でもないですし」
「ですね。許されざる事ですが、それでもダンジョンが出来る前から高速道路への投げ込みといった行為等はありました」
「たしかに……でも、犯人は捕まったのなら今後は起きないって事に」
「なりませんねー」
「似た様な報告が、そして別のトラブルの報告も複数上がっています。こういう犯罪は、そうそうなくなりません」
「です……よね」
最初に呟いた職員が、乾いた笑いを浮かべる。
場所がダンジョンだから、物珍しいだけ。それを抜けば、残念な事にごくありふれた犯罪なのだ。こういった人の命を奪いかねない、一般的に悪戯とは呼べない『犯人にとっての悪戯』が。
何とも言えない空気になった所で、部長が手を叩いて切り替える。
「さて、次の話に移ろう。『モンスターを倒す』以外でのレベルアップについて、報告を」
「はい」
部長の言葉に、職員の1人が小さく手を上げる。
「覚醒者1200人に協力をしてもらい、様々な実験を行いました。それが1年前なのですが、『座禅や滝行などの精神修行』を続けていたグループからここ1カ月でレベルアップの報告が相次いでいます」
「彼らは、本当に生物の殺傷などをしていないんだな」
「はい。参加者の大半がお寺や神社に勤めている方々です。周囲の目もありますし、何より30人以上がほぼ同時期にレベルアップしました。精神修行によって経験値が得られる可能性は高いかと」
「引き続き調査と、聞き取りを行ってくれ。出来るだけ詳細なデータが欲しい。海外に行ってしまった覚醒者でも似た様な事例がないか、私も探っておく」
「はい」
部下の報告に、部長が自身の顎に手を当てて机に置かれた資料を眺める。
「しかし……まさか、生物の殺傷以外でも経験値が入るとはな」
「でもかなり効率は悪いみたいですね。1年かけてレベルが1つしか上がっていません」
ノートパソコンで共有されたデータを見ながら、女性職員が呟く。
「冒険者の中には免許の取得から1カ月で『LV:10』まで上がった例も複数あります。労力と時間に成果が合いませんね」
「まあ、それでも警察や自衛隊への手土産にはなるんじゃないですか?安全マージンとってから現場に行かせたいってのは、上の人達も思っているでしょうし」
「ああ。謝りに行く時、この情報も持って行くとするよ」
「それと……これはまだ確度の高いものではないのですが」
「なんだ。言ってくれ」
先ほどの職員が、おずおずと続ける。
「元々のステータスが高く、レベルアップ時の上昇値が大きな覚醒者ほどレベルアップが早い可能性があります。モンスターとの戦闘ではなく、先ほどの精神修行の場合でのデータです」
「……これまでは『高ステータス故にモンスターと積極的に戦闘できるから』と考えていましたが、別の可能性が出てきましたね」
「こぉりゃ益々強い覚醒者から目を離せなくなったんじゃないですか?」
「なるほど……そちらの情報に関しても、後で纏めておいてくれるか?」
「はい!」
強い覚醒者は、より強くなりやすい。
それはモンスターの間引き速度が上がる福音であると同時に、万が一そういった覚醒者達が犯罪やテロを企てた際の危険度が跳ね上がる凶報でもあった。
「既に、『LV:10』でライフルを持った自衛官や米軍兵士より強い覚醒者は多いですよ。まだ少ないですが、『LV:20』以上にいたっては素手で対物ライフル相当のパンチを出したなんて報告も……」
「純粋な膂力もですが、『魔装』の強度も厄介でしょう。同じく『LV:20』以上の覚醒者に協力を仰ぎ『魔装』の一部を台座に置いてそれを自衛隊に撃ってもらった所……至近距離から5.56ミリを撃って貫通しなかったそうです」
「そこに、当然ながら人間社会を知っている頭脳と人混みに紛れたらわからなくなる姿形が加わると。これ、まぁじで治安方面大丈夫ですかね?」
タブレットを持った男性職員が、同僚たちに視線を巡らせる。だが、誰からも返事はない。
全員が部長の方を見て、どこか不安そうにしている。
「……衣食住が揃っていても、人は罪を犯す事がある」
彼らの視線に、部長は真っ向から向き合った。
「性善説も性悪説もあるが、どちらにせよ人は過ちを犯す生き物だ。だからと言って、諸君らに覚醒者へ偏見をもたないでほしい。良くも、悪くもだ」
彼自身も娘が覚醒者である。ともすれば、我が子を守る為に私情を出している様にも見えるだろう。
だが、部下達はそう思わなかった。この上司の不器用な誠実さを、全員が知っている。
「対策もするし、警察や自衛隊とも連携する。だが。自分達の仕事を忘れるな。我々の仕事は、色眼鏡なしに覚醒者達を見る必要がある。難しいかもしれないが、ここにいるメンバーはそれが出来ると信じているぞ」
「はいっ」
部下達の明朗快活な返事に、部長も頷く。
「警察や自衛隊にこれから話をしにいくが、それとは別に後日対覚醒者の逮捕に関する助言になるものを持って行く。各自、明日の会議までに何か考えてくれ。大雑把でもいい。たたき台が欲しいんだ」
「はい」
「それと……万が一の時、協力を依頼するかもしれない元警察官の冒険者のリストも頼む」
「わかりました。それは私が」
「頼む」
部長が、手元の資料をまた1枚めくる。
「では、次の内容だ。ダンジョンストアと、講習所からの人材不足に関する報告だな」
「ですね。ただ、新しく人を雇う余裕も回す余裕もありません。機械化を進められる所は、それで補うしかないですね」
「僕と他3人で、現在プログラムとそれに伴うマニュアルを作成中です。今月中には形になると思いますよ」
「わかった。頼んだぞ。それと、ストアに『お客さん』が訪ねてくる可能性も高い。セキュリティの面でも、注意してくれ」
「はい。どこも、覚醒者の情報は欲しいでしょうしねぇ」
ダンジョン庁の職員達が家に帰る事が出来たのは、ここから数日後だった。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.ドロップ品で倒すのなら経験値が普通に入る。じゃあそれで弾丸作れば自衛隊とか楽々レベルアっプ?希望の未来へレディゴー?
A.
自衛隊
「やった。酷い事になった」
何があったかの詳細はそのうち……。
これが今年最後の投稿となります。どうか、来年もよろしくお願いいたします。皆さま、よいお年を。




