第三十四話 専用ゴーレム
第三十四話 専用ゴーレム
「そ、らぁ!」
切っ先を握り、『モードシュラッグ』をトレントの脛に叩き込む。
『オオッ……!』
バッキリと右脚がへし折れ、トレントが跪く。直後に鍵縄がやつの頭に巻き付き、『白蓮』とエリナさんが引っ張った。
動きを封じた所に、顔面へフルスイング。頭部を文字通り木端微塵にし、塩へと変える。
「よし……」
ドロップ品の苗木の様な物を回収し、一息つく。
これで20体目。目標数まであと少しだ。
「京ちゃんお疲れー」
「どうも。これ、またお願い」
「おけおけー」
ドロップ品をエリナさんに渡し、アイテムボックスにしまってもらう。
『いやはや。トレントを倒すのも随分と手慣れてきたね、京ちゃん君。もうソロでも圧倒できるんじゃないか?』
「いえ、そんな……」
頭を掻こうとして、兜に阻まれる。仕方なく、頬を軽く掻いた。
「僕なんかまだまだですよ。エリナさんのサポート無しだと、反撃が恐いです」
「どやさ!」
『そうかね。たしかに頭数は重要だ。君が慎重さと謙虚さを失っていない様で安心したよ』
「はぁ……?」
妙に真剣みを帯びたアイラさんの声に、首を傾げる。
どうしたのだろうか。珍しい。
『あと、気づいているかもしれないが『LV:14』になった様だ。おめでとう。レベルアップが早いね、君』
「あー、確かに何か上がった気が……」
「おめっとさん!でも、やっぱりこのダンジョン私苦手なんだよー」
「ご、ごめん」
エリナさんが頬を膨らませ、唇を尖らせる。
トレントはでかいし硬い。彼女の棒手裏剣では碌にダメージを与えられず、忍者刀で急所を狙う事も難しいときた。
相性の問題でモンスターにほとんど縁を作れないので、戦ってもエリナさんに経験値は碌に入らない。
「その、今度エリナさんのレベル上げを手伝いますので……」
「ほんとー?約束だかんね!」
「うん」
『戦力の向上は良いが、くれぐれも無理はしないように。まずは、そのダンジョンの探索を終わらせよう』
「はい」
「おー!」
剣を順手に持ち直し、探索を再開する。
『それで、京ちゃん君。ここにもゴーレムの材料集めで来たわけだが、残りはどれぐらいなんだい?』
「あと5体ぐらい倒せれば、足りると思います」
『ほう。具体的に数字が出るという事は、もう新しい白蓮の体は設計できているわけだ』
「一応ではありますが……」
「え、どんなのどんなの!?可愛いやつ?」
エリナさんがこちらを振り返り、肩を掴んで揺らしてくる。
「いや、可愛いとかはちょっと……盾代わりにする時やりづらいデザインにはしたくないので」
『む。では美少女型にもしないのかい?『錬金同好会』のモデリングを使えば、比較的簡単に作れそうだが』
「それはそうなんですけど、もしも人間の女の人そっくりにしたら自分より後ろに回してしまいそうで……」
最初はちらりと考えたのだ。どうせ作るのなら、『巨乳美少女メイドさんゴーレム』とかそんなデザインを、と。
しかし、こうして冒険者をやっていると、やはりいざという時その姿のゴーレムを使い捨てに出来るかと自問自答する事になる。
この段階で自問自答してしまうのが答えだ。1分1秒を争う時に、この迷いは致命傷となる。
だったら、ゴーレムのデザインは……。
「非生物……メカっぽい姿にする予定です」
『『レンゲ』をパクる気か!?許さんぞ!アレはもう私のものだ!』
「そうだぞ京ちゃん!パイセンは夜寝るときはレンゲちゃんを抱き枕にしているんだからな!」
「寝づらくない?」
アレの材質木と鉄だぞ?めっちゃ硬いよ?
いや、各所の曲線に気を使ったから、ワンチャン抱き心地は良い……のか?
何にせよ、三好さんの過去のデータを使うのは無しである。
「パクリませんよ。あのデザインの段階で、捨て駒にするのは気が引けますし。というか、顔見知りの骨格データを勝手に使うとか冷静に考えてダメでしょ……人として」
『その通りだよ京ちゃん君。君が人として道を踏み外さなかった事を、心から喜ぼう』
「あれ。その理屈だとパイセンは人として駄目ってこと?」
『京ちゃん君。見損なったよ……!!』
「見損なわれるべきは貴女ですからね?」
特別な事情があるとは言え、血の繋がった妹そっくりのゴーレムを作って添い寝するのはわりとヤベー奴である。
万が一三好さんと仲直りした時、この人レンゲの事どう説明するのだろう。自分が彼女の立場だったら、わりと本気で絶縁を考えるが。
「それよりメカか!やっぱりガン○ムか!ガ○ダムっぽくしちゃうのか!」
『いいや、ここはロボ娘路線で考えるべきだろう!』
「ガンダ○にはしませんし、ロボ娘はアイラさんの趣味でしょうが。普通にマネキンをベースに各所を鎧っぽくするつもりです」
『なんだ、つまらん」
「おー、かっこよさそー」
「そ、そうですか」
エリナさんの言葉に、少し照れる。
「モデルはアクションフィギュアとか、数年ぐらい前から出ているロボットものの金属関節を使った物を使うつもりなんです。基本は人間の骨格にするつもりですが、最近のはその辺も再現しているので良い参考になるんですよ。プラモはあんまり興味なかったんですけど、そういうのは最近いいなって思っていて。まあ値段が少しお高めだから中々手がだせ……」
『京ちゃん君』
「あっ」
思わず喋り過ぎた事に気づき、硬直する。
「ご、ごめん、その……」
「んーん!よくわからないけど、京ちゃんが楽しそうだから良いと思うよ!」
慌てて謝る自分に、エリナさんがニッコリと笑ってくれる。
もしや、天使……?
『京ちゃん君。私は君を軽蔑する』
「え……」
アイラさんの底冷えするような声に、背中を嫌な汗が伝う
『君が語るのは出来あいの物ばかりじゃないか!プラモの良さがわからんのかね!自分の手で、アニメで見たあの機体を、そして光景を再現するロマンを知らんとみえる!』
「うわ、めんどくさいオタクだ」
『君だって絶対こっち側だろう!くっ、こうなったらゲームだけでなくそちらの布教も……』
「いや流石に勘弁してください。ただでさえ冒険者やっているのに、ここから更に時間奪われたら学校の勉強が……」
ダンジョンという非日常の中に、とてもじゃないが相応しくない会話をしながら進む。
警戒はしっかりとやっていた。だが、『油断している』と言われても否定できない。しかし、探索は無事に終了しゴーレムの素材もある程度集まった。
全てではない……というか、今後他にも必要になるのが出てくるかもしれない。
だが、その前にやるべき事がある。
プラモの組み立てとは違うが……『仮組』をしないといけないのだ。
* * *
家に帰り、エリナさんに運んでもらった自分の取り分を並べる。
やはりというか、この部屋だと少し狭い。苗木の他に普通の木材も置いてあるのだから、当然だ。
……寝る時は、ベッドの上に置いた分だけでもどかさないと。
こういう時、『ダンジョン近くの家に格安で住んでいる』という人が少し羨ましくなる。
『錬金同好会』のサイトで知ったのだが、冒険者資格を持っているとダンジョンから3キロ以内の一軒家を格安で借りる事が出来るのだとか。
そういう家を、許可をとった上で工房化している人もいるという。『理想のホムンクルス嫁』の為、とか言って。
まあ、人型のゴーレムを1体作るだけなら、わざわざそんな所を借りる必要もないのが錬金術の良い所だが。
床に錬成陣を書いた画用紙を敷き、その上に下敷きサイズの木の板数枚とトレントの苗木、そしてコインを5枚ほど置く。
そして、錬成。バチバチと魔力の光が弾ける中、ゆっくりとイメージを巡らせる。
コインが溶け、接続部品になるのを。トレントの苗木が、通常の木材と混ざり合い血管や神経の様に広がるのを。
十数秒ほどかけて、錬成の光がおさまる。眼を開けて、錬成陣の上にある『部品』を確認した。
「さて、と……」
手に取って確かめるのは、ゴーレムの関節部分。球体関節に近いそれを、ギコギコと動かしてみる。見た目だけなら、悪くない。
だが、ダメだ。全然滑らかじゃないし、何より『神経』であるトレントの苗木が上手く木材と融合できていない。錬成の精度が甘いのである。
錬成陣に書き込んだ数値は、そこまで外れていないはずだ。あくまで目安程度で、細かい数字は出せていないけど……自分の頭では、トライアンドエラーしか方法がない。
関節を錬成陣に置き直し、再び錬成をし直す。失敗してもそのまま再利用できるのも、錬金術の強み、か。
1時間ほどかけて、ようやく『試しに使う分には及第点』と思える物が出来た。早速試作品の各箇所を計ろうと定規を手に取る。
これでわかった数字を錬成陣に書き込み、もう片方の肘関節を作るのだ。膝や他の関節は、また別の数字が必要になるので先は長いが。
そうして関節と定規を合わせた所で、スマホに着信があった。
定規を置いて手に取れば、画面にはアイラさんの名前が表示されている。
「はい、矢川です」
『やあ京ちゃん君。今お時間いいかな?』
「はあ、まあ。あ、ゲームとかはちょっと」
『いや、そうではない。ただ、一応忠告……お小言かな?あまり面白くない話をしようかと思ってね』
「……聞きたくないワードがありましたが、なんでしょう」
『なに。ダンジョンの探索中にも言ったが、君がダンジョンで軽挙妄動に出ない様に釘をさしておけと、ババ様に言われてね』
「え、教授に?」
『うむ。だが、君が何かをやらかしたとかではない。単純に、そういう風潮があるから流されるなという老婆心だろう』
「風潮……?」
『知らないのかい?最近のダンジョン配信者の話を』
「えっと……すみません。たぶん、アイラさんや教授が言っているのとは関係のない配信なら見ているんですけど」
自分と似たスキルや、『魔装』の人の探索風景なら半年ぐらい前からちょくちょく見ているし、追っている。
しかしわざわざ『最近』と言ったあたり、このダンジョン需要で増えた冒険者関連だろうか?
『うむ。既に察していると思うが、あえて話そう。君も知っての通り、冒険者は最近増えた。そして、分母が増えれば思慮の足りない者も増える。たとえば、遊び半分でトレインまがいの事をしたり、ダンジョンの壁に自衛隊のペイントを真似た落書きをしたりね』
「えぇ……いや、それは流石に洒落にならないというか……。下手したら死人でますよね」
トレインは言わずもがな。自衛隊のペイントを真似た落書きも、ダンジョン内で道に迷い余計な体力を使えばモンスターに負けて死ぬ可能性が出てくる。
悪戯では済まない、明確な犯罪行為だ。
『そうだ。非常に危険な行為だよ。いくら炎上商法だとしても、限度はある。だが、『Fランク』のダンジョンでは最近その様な投稿をする冒険者も増えているのも事実でね。無論、大半の冒険者は真面目に探索をしているが……どこの業界でも、愚か者はいるものだ』
「……そうですね」
本日の探索で、無駄話が多かった事を反省していたが、下には下がいたらしい。
それで安心感を得てしまうのもまずいので、小さく首を振る。
しかし、ダンジョン内でそんな危険行為に出る奴らがいると俄かには信じがたい。他人の命も自分の命も失いかねない愚行である。
だが、よく考えたら『覚醒の日』よりも前からそういう迷惑系動画投稿者はいた。命よりも話題になる事が優先な、やべー人達。
正直、そういう思考は理解できない。というかしたくない。でも実際にそんな人達がいるのだから、頭の片隅に留めておく必要があるだろう。
「おっしゃりたい事はわかりました。教授にも、『肝に銘じておきます』とお伝えください」
『ああ。君自身がやらかさないのもそうだが、そう言った馬鹿者の行いに巻き込まれない様に気を付けないとだぞ』
「はい」
『もしも馬鹿をやるのなら一声かけてくれ。どうせやるのなら派手にするからな!』
「いやそこは止めろ」
この人、オチをつけないと会話できないのか。
『さて。つまらない話は終わったわけだし』
───カシュッ。
「ちょっと?」
『宴の時間だぁ!!』
「待てやこの残念大学生」
『なんだよぅ。今日は休肝日ではないぞ、京ちゃん君!少しは付き合いたまえよ~』
こいつ、さては既に飲んでいたな?
「はあ……わかりました。でも念話に切り替えさせてください。イヤリングなら両手があくので」
『ふむん。よかろう。寛大な私に感謝したまえ』
「着拒してやりましょうか……」
『冗談だよ冗談!さあ、私の声を耳元でねぇぇぇっとりと聞くのだ!』
「はいはい」
実際、綺麗な声なのは認める。長話が若干うざいだけで。
スマホの通話を切り、引き出しからイヤリングを取り出して耳につける。
まあ、この人も色々あるみたいだし。話半分でつきあう分には構わない。
『聞いてくれよ京ちゃんくぅん。ババ様がなぁ。私にもっとシャンとしろとうるさくってだねぇ』
「はいはい」
飲酒しながらウザ絡みしてくるアイラさんを聞き流しながら、定規を部品に当てていく。
今日は、少し夜更かしする事になりそうだ。
読んでいただきありがとうございます。
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