外伝36 そんな事はどうでもよろしい
外伝36 そんな事はどうでもよろしい
街の復興を手伝う様になって7日。ジャバウォック襲撃から、9日となる。
2週間も経っていないというのに、街はその機能をほぼ取り戻していた。
港には多くの船が停まり、人足が荷物を運ぶ。石造りの道路には何台もの馬車と人が行きかい、露天からは威勢のいい声が響いていた。
傷痕が、全てなくなったわけではない。壊れた建物や道路は大方直ったが、治療中の人間も多く、失われた命については返ってこない。
それでも街は大いに賑わい、騒がしいと言える程になっている。
『錬金術師さん!悪いんだが、この割れた花瓶を直してくれねぇか?』
『なあ、怪我人も治せるんだろう?うちの若いのが指の骨を折っちまって』
いや本当に、騒がしい。
「復興の時は無償でやりましたが、それ以外の修復や治療は行いません。お帰り下さい」
リーシャさんの家にまで押しかけてきた人達に、営業スマイルを向ける。
彼らはそれでも何かを言おうとしたが、こちらの背後を見て顔をひきつらせた。
『そ、そうだよな。すまねぇ』
『こ、骨折なんて唾つけとけば治るよな、うん!』
「いや、きちんと添え木とか固定して安静にしてください。骨折は」
そそくさと帰っていく人達を見送り、背後へと振り返る。
スン、と真顔になっているカタリナさんが、そこには立っていた。彼女の手が柄から離れる瞬間を、『精霊眼』が捉える。
「……ありがとうございます、カタリナさん。おかげで助かりました」
『いえ。某は御身の従者として当然の事をしたまで』
「……それと、そろそろ口調も普通にしていただいても」
『滅相もございません。キョウタ様を前にして、無礼な言動など出来ようはずがありません。もしも煩わしいとお思いでしたら、この手で我が喉を潰し』
「いやいやいや、それは、良いので。本当に」
本気かどうかは分からないが、万が一を考えて全力で首を横に振る。
でも、やはりカタリナさんのこの口調は、無理をしている様に思えてならない。というか、間違いなくそうだ。
自分や教授がいない場所だと、わりと普通……あるいは、やや高圧的な口調で喋るのだと、リーシャさんから聞いている。悪い人ではないが、偶に恐いとか。
何より、カタリナさんは多少乱暴に振舞っても許されるぐらい、こちらでは有名な冒険者なのだという。
そんな人が時代劇めいた口調で自分にへりくだってくるというのだから、どうにも落ち着かない。
『やーやーやー。随分と街の住民から信頼されているじゃないか、京ちゃん君』
イヤリング越しに、アイラさんの声が聞こえてくる。
「信頼というか、便利な人扱いというか」
『それはそうだろう。その街がこの短期間で機能を回復したのは、君の力が7割ぐらいあるだろうからね。危険生物の撃滅を除いて、だ』
「7割は言い過ぎでは?」
自衛隊の人達が、現地の商業ギルドや大工ギルドと交渉して半ば強引に復興作業を手伝って回っていた。
街の住人達も皆必死に動いていたわけだし、自分の錬金術のおかげと言うのは、憚られる。
「自惚れても、2割か3割ぐらいかと」
『現実と向き合いたまえ。自分でも多少やり過ぎたかな、とは思っているだろう』
「……まあ、それは、なくもなくはないかもですが」
……この街の地理を把握していないので、兎に角建物と道を直しまくったのだが。
途中から変なテンションになってきて、ほぼ言われた物を直す機械みたいになっていた気がする。
具体的に何時間、どれぐらいの範囲を錬成したか、覚えていない。いや、当時はきちんと錬成に必要な演算はしていたのだけれど。こう、こっちの建物って似た様なのばっかりで、『あれ、さっきも似た様なの直したけど、何軒目?』ってのが……。
「……皆頑張った。そういう事ですね!」
『京ちゃんが逃げた!現実から逃げた!』
『逃げるな卑怯者!逃げるなぁあああ!』
「やかましい」
人を悪者みたいに言わないでほしい。ちょっと大工ギルドの皆さんから色々と複雑な目で見られているだけである。
具体的に言うと、弟子志願と、商売敵と、利用できるかどうか品定め中という視線で。
……あれ、もしかして僕、なんかやっちゃいました?
『やっちゃったね、京ちゃん!』
『責任取ってよね、京ちゃん君♡具体的には自重しろ』
「はい……」
『今責任って言いましたか!?エッチな話ですか!?』
『君も自重したまえ、愚妹』
『パイセン。ダチョウさんに空を飛べって言うのは、酷だと思うの』
『今もの凄く酷い事を言われませんでした!?』
残念でもなく当然だと思う。
『まあ、そっちで出歩く時は、必ずカタリナ氏を連れて行きたまえ。そっちの世界において、錬金術師は直接戦闘能力が低いとされている。君の人柄と雰囲気と顔面で、御しやすいと見られている分、彼女の威嚇で中和すると良い』
「はぁ……」
『浮気か、京ちゃん!それとも忍犬か!後者なら許す!』
「どっちでもねぇよ。現地協力者だよ」
『つまり……現地妻か!京ちゃん君の裏切り者!』
『なんてこった!今すぐ京ちゃんを海辺の崖に追い詰めた後かつ丼を食べさせなきゃ!科捜研に連絡を!』
「混ざってる混ざってる。あと人聞きが悪い」
カタリナさんは確かに魅力的な女性だが、流石に5人も彼女がいるのにここから更にとか、そこまで節操無しではない。
……いや、恋人が5人の段階で説得力皆無だけれども!
『先生!教えてほしい所があります!』
「あ、はい。今行きますよー」
店の奥。居住スペースの方から、リーシャさんがひょっこりと顔を出す。
迷惑なおっさん達を追い返す為に離席していたが、今日も今日とて彼女に錬金術を教えていた。
リーシャさんは覚醒者ではないが、アイラさん曰く『半覚醒者』というやつらしい。
地球の方では聞きなれない言葉だが、どうもこちらの世界では覚醒者の血が混じっている人間が多い影響か、そういう状態の人が結構な数いる。
『霊装』やスキルこそ持っていないが、リーシャさんは魔力の運用が非常に上手だった。
地頭良さそうだし、知識と経験さえ身に付ければ、自分なんかよりよっぼど凄い錬金術師になれるかもしれない。
『ここの、血液の循環と魔力、そして魂との関係についてなんですけど……』
「ああ、そこは人体を1つの宇宙。そして世界として認識して……いや。まず宇宙について説明しようか」
こっちの世界、中世っぽいわりに地動説が主流なのは正直ありがたい。
錬金術の勉強をしているだけで、異端とか言われて火炙りにされるのはごめんである。
学校で習った事を思い出し、偶にアイラさんから助言をもらいつつ、リーシャさんに現在判明している範囲で宇宙の事を説明していると、外がまた騒がしい事に気づいた。
しかし、どうも自分への依頼という風でもないらしい。バタバタと、通り過ぎていく足音が大半だ。
疑問に思い、ちょっとだけ意識を外に向ける。すると。
『クソ領主の処刑の日取りが決まったってよ!』
『ざまぁねぇぜ!火炙りか!?縛り首か!?』
『どっちにしろ見物しなきゃ損だぜ、おい!』
そんな会話が聞こえて来た。
思わず、口を硬く引き結ぶ。
この街の管理者であり、ここら一帯を治めていた人物。彼は、ジャバウォックが襲来を察知し、自分の家族と財産だけを抱えて逃げてしまったのだ。
ここから馬で3日という距離にある、別の街に避難するつもりだったらしい。そこで、十分な戦力を集めてから街の奪還を……と、本人は証言しているとか。
その言葉が本当なら、確かに無謀な突撃をするよりはマシに思える。しかし、住民への避難指示もせずに逃げ出すのは、あまりにもあんまりだ。
だが……。
『一応言っておくが、京ちゃん君』
「言われるまでもなく、助けに行くつもりはありません。領主も、その家族も」
『……ならば、良い』
この世界の価値観には、慣れない。領主に罰が下るのは分かるが、一族郎党全員同罪で死刑だなんて……。
日本側の価値観でも許されざる人物だが、こちらの価値観ではより重い罪なのだろう。
この街は、コールステン王国でも有数の港街らしい。自衛隊の船が停まれるぐらいだ。魔法があるとは言え、中世っぽい世界の港としては異常とさえ言える。
そんな街だからこそ、政治的、経済的な価値は大きい。そこの防衛を任されながら、早々に自分だけ逃げだすのはとんでもない事なのだろう。
更に、現在コールステン王国と日本は慎重な話し合いを進めているとか。その最中に、大使館のある街が怪物に襲われ、その守りを放棄したとなると……。
政治的知識に対して勉強中の自分でも分かるぐらい、ここの領主はまずい事をした。
それでも、まだ幼い子供まで処刑すると聞いて、この街の人々みたいに笑う事は出来ない。
『先生?どうかしたんですか?』
「ああ、いや。何でもないですから、安心してください」
『……?』
不思議そうに首を傾げるリーシャさんに、ニッコリと笑みを向ける。
どうにか、思考を切り替えねば。
そうして、1時間程の授業を終える。
『疲れたー!でも楽しかったー!』
「はっはっは。そう言ってもらえて何よりです」
へにゃっとした笑みを浮かべながら、リーシャさんが机に突っ伏す。
自分の教え方を褒めてもらえている様で、正直嬉しい。彼女の前に、そっとクッキーが入った袋を置く。
「甘い物で、脳を回復させてね。お祖母さんと一緒に食べるんですよ?」
『はーい!って、先生は食べないんですか?』
「すみません。これから丸井さん……大使館の人と、お話する事があるので」
恐らく、『ジャンホール伯爵の遺産迷宮』関連だろう。ついでに、自分がちょっとやり過ぎた事へのお説教。
遺産迷宮の調査は、ジャバウォックの接近があった為中断されていた。その脅威がいなくなった今、探索を再開する時だろう。
『……先生、大使館を追い出されちゃうんですか?』
心配そうにこちらを見上げるリーシャさんに、苦笑を浮かべる。
「そういうわけじゃ、ないと思いますよ。ただ、仕事のお話をするだけです」
『本当に?』
「ええ。また、ここへ錬金術を教えにきます。安心してください」
『……うん!』
そうして、リーシャさんとお祖母さんに見送られながら、カタリナさんと共に大使館へ。
道中、色んな人から声をかけられる。錬金術のお願いではなく、シンプルに挨拶や感謝の言葉を。
「……なんだか、新鮮ですね」
『そう言えばそうか。君、あんまり目立ちたがらないからね』
『普段は、SNSとかに怯えて顔出しNGしているからね!何より忍者だから!』
「最後だけ違う」
『しかし、今回に限り!』
「ならない。テレビショッピングちゃうねん」
『そっちの世界だと、有名人だからと記者や動画配信者に追いかけられる心配はありませんからね』
「ですねー。弟子入りどうこうも、大工ギルドが色んな事情から抑えてくれていますし。流石に、何人もは無理です」
『ロリにしか教える気はない……と?やはりロリコンか』
「帰ったら覚悟していてください」
『あ、もしかして私、墓穴を掘ったか?』
『ふーっ……!ふーっ……!』
『うん。確定だな、これは。エリナ君。私はちょっと逃げ』
『諦めて、パイセン』
何やらイヤリング越しに残念1号の命乞いが聞こえるが、いつもの事なので無視する。
チヤホヤされるのは、嫌いではない。得意でもないけれど、悪い気はしないものだ。
これで腕っぷしどうこうだと、変な人が腕試しとかしてきそうだが。錬金術は学問の一種である。そうそう、勝負を挑まれる事もない。
街に被害があった事を喜ぶ気はないが、こうして『英雄』ぽく扱われると、自然と足取りも軽くなる。
ちなみに、ジャバウォックやバンダースナッチを倒して回ったのは『風の精霊様』とか『大賢者の御使い』とか『かつてここで戦死した騎士の霊』とか。色々と情報が錯そうしているらしい。
自分にいきつく可能性は低く、それでいて迷信が出回った事でお守り屋も繁盛している様だ。
そんなわけで、ちょっと頬を緩ませながら大使館へ戻ってくる。
の、だが。
「……んん?」
建物の前に、妙にごつい馬車が停まっていた。
白く塗装された車体は鋼で補強され、旗まで掲げられている。太陽を背景に、1本の杖が掲げられた旗だ。
「アレって」
『その世界の、宗教組織のシンボルだな』
そう言えば、逃げ出した領主を捕らえたのも教会騎士とかいう人達だったと聞く。
何でも、この街周辺で大型の危険生物……ジャバウォックの目撃情報があった事から、教会は念の為援軍を送っていたらしい。たとえ間に合わないとしても、被害の拡大を防ぐ為。何より生き残りがいる可能性を信じて。
で、その部隊と逃げている途中の領主が遭遇。事情を尋ねていた所で、街の方からジャバウォック死亡の報が届き……と。そんな流れで、領主のやらかしが発覚。捕縛されたと、街の人達が言っていた。
早馬を飛ばして王都にこの報告が届くと、即刻領主一家の死刑が決まった……らしい。この異様な速度の判決には、色んな政治的なアレコレがあるのだろう。詳しくは、流石に教授も分からないらしいが。
処刑の事を思い出し、ちょっと憂鬱になる。しかし、今はこの馬車の事だ。
はたして、教会が大使館に何の用なのだろう。
「……アイラさん。教授に繋いでもらえますか?」
『もう繋がっていますよ、婿殿。大使館の前に、教会の馬車が停まっていると聞きましたが』
「有栖川教授。ええ、そうです。しかも、見た感じ高そうなのが。馬も……詳しくありませんが、上等そうです」
『となると……高位の神官か』
「教会騎士が来た……って事ですか」
ただの業務連絡なのか、それとも……。
『まあ、そんな事はどうでもよろしい』
「えっ」
『政治的なアレコレは、全て丸井さん達にお任せしましょう』
「あの」
『婿殿。我々の仕事を、いいえ使命を忘れてはなりません』
「もしもし?」
異様にハイテンションな事が、念話越しでも伝わってくる。
これは、アレだ。
『そう!遺産迷宮の、そしてこの世界の歴史と文化を研究する事です!』
ジャバウォック襲撃から、今日で9日。その前からも、街の外へ出られない等の制限があった。
その結果。
『浪漫が、神秘が、我々を待っています……!胸が躍りますね、婿殿!』
教授、ご乱心モードである。たぶん、傍で影山さんが天を仰いでいるに違いない。もしくは死んだ目で立ち尽くしている。
まあ、実際。僕らってただの民間人だし。政治に口出しする義務や権利とか、日本で選挙に行くとかそんぐらいだし。
……ガンバ、丸井さん!超ガンバ!
将来、公務員にはなるまい。心の底から、そう思った。
『ぶおおおおおおおっ!』
あとエリナさん。ノリで法螺貝の吹きマネしないでください。マジでうるさい。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。感想返しはリアルの忙しさにより出来ていませんが、全て読ませて頂いております。創作の原動力になっておりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。
丸井さん
「胃が……胃が……!」
赤坂部長
「……胃薬、いります?」
丸井陸将
「息子よ……」
『雑種と未来人の現代ダンジョン』も投稿しておりますので、そちらも見て頂ければ幸いです。




