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外伝33 林崎エリナの好きなもの

外伝33 林崎エリナの好きなもの





 自衛隊の人達の誘導に従い、大使館の人々と共に避難を開始する。


 2つの世界を繋げるゲート付近にある基地は、教授の固有スキルで飛ぶ事が出来ない。その為、車にて当初は港まで移動する予定だったのだが。


「くっ……!」


 運転席から、うめき声がする。


 それも当然であった。なにせ、通りは人でごった返している。その上、逃げようとしている人達が港を目指しているのだ。完全に、人の波に車が飲まれてしまっている。


 サナさんにより、外の声が翻訳されて聞こえて来た。



『おい、どけ!どけよ!』


『お前の荷車が邪魔なんだよ!この業突く張りが!』


『ふざけるな!うちは大きな商いをしているんだ!人足のくせに偉そうに!』


『通して!通してよ!子供がいるの!』


『船の状況はどうなってんだ!すぐに出せんのか!?』



 誰もが、この街から離れようとしている。しかし、避難を誘導する兵士の姿は見えない。他の場所で手一杯なのか、あるいは埋もれてしまったのか。それも分からない。


 ……この中に、リーシャさんとお祖母さんはいるのだろうか。


 流石にこの状況では、2人の魔力を探すことなど出来そうにない。無事でいることを、祈るしかなかった。


「……車両での移動は無理そうです。ここからは徒歩で移動しましょう」


「はい。あ、いえ。でしたら、一応考えが」


 影山さんの言葉に対し反射的に頷いた後、首を横に振る。


 いけない。今は、護衛としての役目に集中しなくては。


「考え、とは?」


「自分がこの車を持ち上げて、上を移動します。それなら、早くつくかと」


「……なるほど。お願いします」


 何か言いたげな顔だが、影山さんが頷いてくれる。


『相変わらずのゴリラっぷりだね、京ちゃん君。覚醒者と言えど、乗用車を背負って移動出来る者はほとんどいないよ。本当に人類かね』


「僕は人間ですよ。ただの」


 アイラさんの軽口に、適当に答える。


 僅かに車の扉を開けて、車外に。念話越しに、教授へと呼びかけた。


「少し揺れます。皆さん、衝撃に備えてください」


『わかりました。影山さん、丸井さん。何かに捕まってください。カタリナさんも』


 その声が聞こえてから5秒ほど間を置いて、車の下に手を入れた。


「ふん……!」


 流石に重い。風の力も使って強引に持ち上げた後、掌を這う様に動かして端の部分から中心へと持つ箇所を変える。


 安定した。イヤリング越しに中の人達へ問題ないかと問いかけ、返事を聞いた後に宙へ浮かんでいく。


 フリューゲルとスキルを使い、姿勢を維持しつつ風を踏みしめた。地上で、避難中の人達が口を半開きにしてこちらを見上げている。


 その内の何人かが助けを求める様に、こちらへ手を伸ばした気がした。


「……行きます」


 理性を振り絞って、両目を前方に固定する。そのまま、港へと飛行した。


 後数人は、運べるかもしれない。だが、この場でそんなことをすれば、他の人達も皆しがみついてくる。そうすれば、動けない。


 己にそう言い聞かせながら、港を目指した。



 ───ドォォォンン……!



 再び聞こえて来た轟音に、地上から悲鳴が聞こえてくる。


 視線を、音がした方に向けた。


 高い石造りの壁。街を囲う防壁が、音をたてて崩れていく。


 それは、高さ30メートルを超える城壁だった。人の背丈よりも大きな石材を積み上げた、強大な守り。この港町が栄える理由の1つである、安全を保障するもの。


 それが今、まるで砂の山をスコップで崩した様に、壁の一画が抉られていた。


 立ち込める土煙。土砂崩れを彷彿とさせる崩壊によって、城壁の成れの果てが地上に降り注ぐ。


 大半の瓦礫が残された壁に沿って堆積し、急な坂道を作り上げた。その上に、巨大な影がのそりのそりと、現れる。


 強風が、土煙を晴らし怪物の姿を露わにした。


 人々の悲鳴が聞こえてくる。あの恐ろしい化け物を目撃し、誰も彼もが恐怖で喉を引きつらせた。


 黒い雲の隙間から覗く陽光を、ぬらぬらと反射する鱗。感情の読み取れない瞳は、しかし炎の様に紅く輝いている。


 瓦礫を踏みしめる足からは鋭い爪が伸び、四肢は丸太数本を束ねた様な太さをしていた。


 魚類を彷彿とさせる頭部に、長い首。背には白い皮膜のあるコウモリめいた羽を生やし、胴体はブヨブヨとした黄色の厚い皮膚で覆われている。そのシルエットは、どこか竜に似ていた。


『ブォォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛───ッッ!!』


 ずらりと牙の並んだ口から、咆哮が轟く。衝撃波が付近の家々の屋根を吹き飛ばし、烈風を街の反対側にまで届かせる程であった。


 背後で揺れる長い尾を除いても、15メートルはあろう巨体。これはモンスターではないと聞くが、それでも酷似した存在を自分は知っている。



『ジャバウォック』



 とある児童小説にて語られる、恐ろしい怪物。そこで語られるかの存在は人の倍か3倍の体躯だったが……この地に訪れたそれは、そこらの塔よりも巨大であった。


 同じモンスターが、日本に出現したダンジョンでも目撃されている。それも『Cランクボス』であるあたり、あるいはこれが『原種』なのか。


 城壁を抉った化け物は瓦礫の上から街を見下ろし、それ以上内側に入ってくることはない。


 だが、変わりとばかりに別の怪物どもが雪崩れ込んでくる。


 獅子の頭部にヤギの角を生やした、四足獣。しかしその四肢は猿の様であり、器用に瓦礫の山を駆けおりていた。


 地上では決して素早いとは言えない身体構造をしたその怪物どもは、まるで亀の様にその首を伸ばす。


『バンダースナッチ』


 ジャバウォックと同じ児童小説にて語られる、狂暴な怪物。異様な熱を発する牙でもって、奴らは兵士達と交戦を開始した。


 それを見下ろす魚と竜を合わせた様なもう1体の怪物は、その長く鋭い爪で城壁の兵士達を襲い出す。


 まるで1人も逃さないとばかりに、丁寧に、几帳面に、城壁に爪を立てて張り付いて、ゆっくりと捕食を開始した。


 その光景に、吐き気を覚える。時折轟く奴の咆哮にバランスを崩さない様に気を付けながら、車を運んだ。


 時間はそうかからない。数分もしない内に、港へと到着。多くの人々が船に乗ろうと押し寄せる中、自衛隊が所有する船の周囲にはバリケードが設置され部外者は入れない様にされていた。


 その囲いの内側へと、ゆっくり降下していく。最初は警戒した様子の隊員達だったが、車と自分の姿を見て周囲の警戒に戻っていった。


 慎重に、車を下ろす。ギシリ、と車軸が音を立てて、タイヤが地面に接触した。


「大丈夫ですか?教授」


『私は問題ありませんよ、婿殿。他の方々も大丈夫そうです。今、降りますね』


「はい」


 扉を開け、有栖川教授が降りるのを手伝う。


 全員が車から出た所で、1人の自衛官がこちらへ駆けてきた。


 階級章には詳しくないが、3尉の影山さんが急いで敬礼する辺り、お偉いさんなのだろう。


 彼は影山さんに返礼した後、すぐに口を開いた。


「よくぞご無事で。有栖川教授、矢川さん。それに丸井大使も。影山3尉、他の大使館の方々は?」


「はっ。他の隊員達と共に、必要書類を運搬、あるいは破棄しています。予定では、既にこちらへ向けて移動を開始しているかと」


「わかった。お前はこのまま教授達の護衛として、船で待機。出港を待て」


「……お言葉ながら」


 影山さんの喉が、ゴクリと動いた。


 彼女は、睨む様な視線を上官らしき男性に向ける。


「この街を襲う『モンスター』の討伐に参加する許可を」


「……影山3尉」


「モンスターが民間人を襲っている以上、自衛隊には交戦許可が下りるはずです。また、海外での出来事でも害獣による災害であれば」


「影山3尉!」


「っ!」


 鋭い声が、彼女の言葉を断ち切る。


 上官らしき男性は、眉間に深い皺を作りながら影山さんを見下ろした。


「上官命令だ。我々は自身、及び邦人を守る行為以外での戦闘は許可されていない。軽挙妄動は慎め。国際問題になるぞ」


「しかし!」


「事は日本とコールステン王国だけの問題ではない。地球における、他の国々を刺激することになる。それを理解しろ、3尉……!」


 彼の言葉に、影山さんは一瞬だけ顔を歪めた後。


「……了解、しました」


 低く唸る様な声で、そう答えた。


「……貴官の今の発言は、聞かなかったことにする。私は他の大使館員の状況を確認しにいく」


「あ、それでは、私も」


 丸井さんが、小さく手を上げる。


「丸井大使。それは」


「私も責任者ですので。大使館とこの街の地形には、詳しいですし」


「……わかりました。こちらへ」


「はい。お世話になります」


 上官らしき男性と、丸井さんが歩いていく。


 それを見送り、影山さんが自分達を船へと誘導した。


「こちらへ……船にお入りください」


「……はい」


 今のやり取りを聞いた上で、否と言うことは出来なかった。


『……私が同行出来るのはここまでの様ですね』


「カタリナさん……」


 ここまで同じ車で来ていた犬耳の少女へ、視線を向ける。


 一瞬、彼女へリーシャさん達への護衛を頼むか、迷った。しかし、それはあまりにも無茶なお願い過ぎる。


 カタリナさんの実力は、『D』か『C』程度。事実上『Cランクモンスターの氾濫』と言える状況に放り込めば、彼女まで死んでしまう。


 何も言えなくなっている自分に代わり、教授が彼女をバリケードの近くにいる様に伝えた。他の場所よりは、安全だろうと。


 それに一礼した後、カタリナさんは歩いていく。その後ろ姿は、自然体であった。


 彼女が歩いて行ったバリケード。その向こう側から、自分達も船に乗せてくれという声が聞こえてくるというのに。


 通訳なしでは聞き取れないそれら。無意識にサナさんの通訳を止めようと動いていた指を、止める。


 ここで聞かないふりなんて、出来ない。聞いた上で、その上で、自分は……。


『ねえ、京ちゃん』


 タラップを上る自分の耳に、エリナさんの声が聞こえてくる。


「……ごめん。今は」


『私ね、京ちゃんの目が好き』


「は……?」


 船に足をつけた所で、思わず立ち止まってしまった。


「どうしたのですか、矢川さん。こちらへ」


「すみません、影山さん。少しだけ、待ってもらえますか?」


 こちらの肩を掴もうとした影山さんを、教授が阻む。


 それに一礼しながら、イヤリングへと意識を向けた。


「本当にごめん。今はそういう話をしている時じゃ」


『わかってる。でも、聞いてほしいな』


 酷く落ち着いた彼女の声音に、開こうとした口を閉じた。


「……はい」


『ありがと。それでね。京ちゃんってさ、感情がすぐ目に出るんだ。照れている時も、怒っている時も、悲しんでいる時も、喜んでいる時。そして、迷っている時も』


 無言で、彼女の言葉に耳を傾ける。


 この状況に似合わない、フワフワとした声。楽しそうに、エリナさんは語る。


『もの凄い勢いでさ、左右に動くの。どうしよう、どうしようって。でもさ、それって、京ちゃんがどんな時でも一生懸命考える人って、ことだと思うな』


 こんな時だと言うのに、少し恥ずかしかった。自分の目は、そんな風になっていたのか?


 いや、それ以上に、まるで第三者へ惚気ている様なノリで本人に言ってくるエリナさんの言葉が、むずがゆくて仕方がない。


『立ち止まる事もある。逃げ出す事もある。でも、京ちゃんはそれでも悩む人だから。そして、進みたい方向に踏み出した時がさ、一番綺麗な眼をしているんだ』


「…………」


『ね、京ちゃん』


 彼女の顔が、見えないのに。



『今貴方は、どんな目をしているの?』


 まるで、目の前で自分のことを、見つめている様だった。



「……あいにくと」


 いつの間にか、腰に下げた鞘を左手で掴んでいた。


「手鏡を見ている時間がないので、分かりません」


『そっかー!それは残念!』


 まったく残念そうじゃない声を聞きながら、視線を教授に向ける。


「教授。車に乗る前しまってもらった『白蓮』と『ブラン』ですが」


「今、出した所です」


「ありがとうございます。2体とも、ここへ貴女の護衛に残します。離れないでください」


 万が一に備えて、戦力はこちらへ置いておく。


 これからとんでもない『不義理』をするのだ。せめて、護衛として最低限のことはしたかった。


「分かりました」


 自分が何をしようとしているか察しているだろうに、教授は朗らかな笑みで頷く。


「それと、これを」


「え……?」


 彼女が差し出してきたのは、フリューゲルによく似た金属の繊維で織られた、不思議なマントだった。


 しかし、これが発する魔力は……。


「エリナ。預かっている物を、婿殿に貸しますよ?」


『うん!OKだよ、お婆ちゃま!』


「これって、エリナさんの」


『そうとも!こいつで忍者やってきちゃいなよ!!』


 雫さんの手で、スキルを織り込まれた外套。エリナさんが使うそれは、『透明化』のスキルが付与されたものだった。


「婿殿。私の方でカタリナさんに『冒険者として依頼された』という口裏合わせをお願いしますが、なるべくコッソリお願いします。冒険者だから問題ない、という言い訳では、難しい状況ですので」


「はい」


「それと、これから言うのはアイラが時々使う言葉なのですが、私は好きではありません。ですから、使うのは1回だけです」


 片目を閉じ、まるで内緒話でもする様に、彼女は唇の前で人差し指をたてる。


「バレなきゃセーフ……ですよ?」


『はー?そんな事を言った覚えはないんだがー?私は品行方正なクールビューティーなんだがー?』


 イヤリング越しに、アイラさんの声が聞こえてくる。


『ま、不良になってしまったババ様や、破廉恥マスターの京ちゃん君を引き留められる委員長というわけでもない。ここはしかたなーく、コッソリ作ったその街の地図を使ってナビをしてあげようじゃないか』


『私もお手伝いします!』


「アイラさん……ミーアさん……ありがとう、ございます」


 フリューゲルを脱ぎ、エリナさんのマントを羽織る。


 端を腕に巻きつけて魔力を流し、彼女がスキルを使う時と同じ気配を感じ取った。


 特殊な眼を持つ存在以外は、これで視認できない。


 そして、影山さんを見る。彼女も、複雑そうな顔でこちらを見ていた。


「すみません。こんな事、しちゃいけないって分かっています。でも」


「私はッ!」


 こちらの言葉を遮って、影山さんが口を開く。


 まるで、血を吐く様な声。だが、その瞳は。


「私は、何も聞いていません。それだけです」


 嫉妬の炎に駆られた普段のそれではなく、凛とした輝きが灯っていた。


「……ありがとうございます」


「何も聞いていないので、お礼を言われる筋合いはありません」


 自分に背中を向けた影山さんに、深々と頭を下げる。


 そして。


「行ってきます」


『うん!『インビジブルニンジャーズ』、出陣だぁ!!』



 タラップを跳び越えて、空へと文字通り駆け出した。






読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


『雑種と未来人の現代ダンジョン』も連載中ですので、そちらも見て頂ければ幸いです。


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