外伝32 防壁
外伝32 防壁
今日も今日とて、ミノタウロスの迷宮を潜り異世界に向かう。
このダンジョンも、随分と見違えたものだ。石造りの通路は大型トラックがすれ違える程に拡張され、天井ではLEDの照明が輝いている。
左右に別の道や部屋も作られ、そこではタヌキ型やキツネ型のゴーレムと共に、『金剛』を身に纏った自衛隊員達が忙しなく作業をしていた。
ある人は色々なケーブルが繋がったパソコンを操作し、ある人は何かを運んでいる。
あの恐ろしかった迷宮の姿は、完全になくなっていた。だが、もしかしたら『ダンジョンの本来の姿』とは、こういうものだったのかもしれない。
アトランティス帝国が使っていた、一種の工場であり、居住空間。それが、ダンジョンなのである。
影山さんと合流し、通路を歩いて異世界に踏み入る。
その先の施設で軽いチェックを受けた後、教授の転移で大使館に飛んだ。
「では、今日もお願いしますね。婿殿」
「はい、教授」
丸井さんへ挨拶に向かった教授と影山さんと別れ、荷物を部屋に置く。
さっさと着替えて、準備をしなくては。今日もリーシャさんへの授業がある。
『おやおや何だね、京ちゃん君。随分と楽しそうじゃないか』
「はい?」
イヤリング越しに、アイラさんがネチネチとした口調で話しかけてくる。
『人の胸を散々、それはもう散々に、玩具みたいに扱ったくせに。次の日には幼女相手に家庭教師プレイかね。かーっ!いやらしかぁ!』
「いや、プレイて。というか、この件で人の背中を押しまくったのは貴女でしょうに……」
『うるさぁい!私はね。人にマウントをとれる時と、仕返しが出来る時には躊躇しない女なのさぁ!』
「躊躇じゃなく、自分を見つめ直す時間を作ってください」
『姉さん!京太君は無罪です!』
その通り。言ってやってくださいミーアさん。
『アレはどう考えても誘い受けでした!姉さんがスケベ過ぎたのです!』
ちょっと一緒にしないでもらえませんか、残念2号。
自分はただ、アイラさんのオッパイに己の欲望をぶつけただけである。
……おかしいな。言葉にするとシンプルに同類だぞ。
『良かったね京ちゃん!パイセンの犠牲でエッチ罪とか謎の罪をつけられずに済むよ!』
「おいバカやめろ」
『第二審の結果をご報告します!京太君も有罪です!性欲のまま姉さんのお胸を弄んだ罪でエッチ刑に処します!纏めて私の部屋に収監ですからね!』
「ほらぁ」
『メンゴ!』
『いや。私の罪も冤罪なのだが?誘っていないんだが?』
「諦めてください、アイラさん。どうせ最高裁もこのスケベ裁判長が冤罪を作ります」
『2人とも全国の裁判官さん達にごめんなさいしようね!』
「申し訳ありませんでした」
『そんな!?私は公明正大を第一に判決を下しているのに!資格はありませんが、心だけは裁判官に相応しいはずです!』
いや。世の裁判官の人達が貴女みたいな変態でないと思う。
……ないよね?最高裁判所で働いている人で、ミーアさん級やそれ以上の変態とかいないよね?
何故だろう。妙な悪寒が……。
『ふん。兎に角、くれぐれも厄介事は起こさない様にな、京ちゃん君』
「はあ……」
今日は妙に突っかかってくるな、この人。
どうしたのだろうと首を傾げていると、エリナさんの声が聞こえてくる。
『大丈夫だよパイセン!京ちゃんが自分とは全く違うタイプの女の子に夢中になって、興味を失われないか心配なんだね!』
『は~?違うが~?私は別にそんな事を心配していないが~?私はクールビューティーの中のクールビューティー。どんな男も私に夢中になるのが確定なんだが~?』
ああ、そういう事か。
心配にさせておいて申し訳ないが、そう言うことなら少し気分が良くなる。
……いや。さっきも言ったが、そもそも人を家庭教師にしたのアイラさんだし。申し訳なく思う必要ないな?
『京ちゃんは脳の7割がお胸の事で一杯だからね!リーシャちゃんに欲情することはないと思うよ!アーちゃんが例外なだけで!』
「裁判長!冤罪です!」
『え?事実では……?』
『そうだぞ。間違いがあるとしたら9割9分9厘の疑いがあるぐらいだ』
「裁判長!冤罪にしたらエリナさんも名誉棄損で有罪です!」
『判決を申し付けます!エリナさんもエッチ罪です!』
『!?』
『とうとう冤罪を作りにいったね、君』
何をおっしゃるのやら。自分はただ己の無罪を主張しただけである。
『安心してください、エリナさん。弁護人として愛花さんと雫さんも連れてきて良いですからね』
『そうなの?これで多数決は私達の勝ちだね!』
たぶん冤罪の被害者を増やすだけだと思う。
そんなアホなやり取りをしながら、着替えを終え姿見で己の恰好を確認した。
首に巻いた翻訳用のチョーカー以外、おかしな所はない。ザ・村人Bって感じがする。
「今日もよろしくお願いします」
軽く翻訳機のサナさんに指を当てて話しかけると、もの凄い勢いで魔力を吸われた。
……並の冒険者が2、3回気絶する様な量を吸うのが、普通になってきた気がする。
まあ、随分と助けられているし。他の人からここまで吸うこともないのだから良いけど。
『はっ!?いけません。京太君のお着替え音声を聞き逃しました……!不覚!』
「ミーアさん。知っていますか?恋人同士でもセクハラって成立するんですよ?」
『そ、そんな恋人同士であることを今更強調するだなんて……きょ、京太君のエッチ!』
「アイラさん。おたくの妹さんから、今もの凄い名誉棄損を受けたのですが」
『京ちゃん君がエッチなのは同意だが、ミーアに言われる程ではあるまい。裁判では力になろう』
『かわいそう……!』
『皆さん!?』
驚くな残念2号。
イヤリングの向こうでギャアギャアと騒ぐ3馬鹿を放置し、部屋を出る。廊下を歩いていけば、ちょうどカタリナさんが向こうからやってきた。
相変わらず、無地のTシャツにスウェットというラフな格好の彼女は、流れる様に片膝をついてくる。
流石にお腹を見せにくることはなくなったが、これはこれで正直面倒くさい。
異性を跪かせる趣味はないのである。
『京ちゃんは跪くふりをして下からスカートを覗く方が好きだよね!』
「違います。あと心を読まないでください」
『そうだぞ、エリナ君。京ちゃん君は下から乳を見上げたいのだ』
「冤罪の連鎖って終わらないんですね」
『私はどっちもいけます』
「知っています」
マジで止まらねぇな、こいつら。
「えっと。取りあえず立ってください。カタリナさん」
『はっ』
本当に、この人の誤解が解けるのはいつになるのやら。下手に自分と教授の3人だけになると、緊張で硬直するし。
そろそろ、彼女にはビシっと言った方が良いだろう。
『おはようございます、キョウタ様。本日も御身と出会えたことを神に感謝し、より一層励むことを誓います』
「え、いや……その、良いので」
『いいえ。某は御身の忠実なるシモベ。何なりとお申し付けください』
「いや、だから……べつに……」
『へいへーい。京ちゃん君ビビってるー』
『逃げるなぁああ!戦えぇえ!ストレート投げろぉ!』
黙れ外野ぁ!
というかエリナさん。人の心が読めるのなら、どうかこの、繊細な自分の心を理解してほしい。
あまり親しくない異性との会話とか、無理……!
『……?どうしたの京ちゃん。カタリナさんのオッパイ揉みたいの?』
「貴女は僕をなんだと思っているんですか?」
『大好きな人!』
「…………そうですか」
『チョロいな』
『ええ』
黙れ外野。
小さく咳払いをし、気を取り直す。
今日の所はこれぐらいにしてやろう。だがカタリナさんよ。いつか、そのうち、貴女の誤解を解いてみせますからね……!
そんな思いを視線に載せて彼女を見ると、何故か肩をビクリと跳ねさせて大量の汗を掻き始めた。
その際に揺れた巨乳からは、必死に目を逸らしたのでやはり自分は無罪である。
『京ちゃん!』
「はい」
『今日は侍に化けた忍者になるね!』
「お願いします」
『お供します』
『うーん、この』
帰った後の楽しみが増えた。
胸を躍らせ、教授達に合流しようと足を踏み出す。
その時だった。
───カンカンカンカン!
「え?」
激しい鐘の音が聞こえてくる。
聞きなれないそれに、火事でも起きたのかと首を傾げていると、カタリナさんが切羽詰まった顔で話しかけてきた。
『キョウタ様。どうやら例の魔物が街へ襲撃を仕掛けてきたようです。どうなさいますか?』
「っ……!」
頭の中を、強引に鉄火場のそれに切り替える。
状況はいまいち分かっていないが、だからこそやるべき事があった。
「まずは教授や影山さんと合流します。その後、方針を決めましょう」
『はっ』
カタリナさんと共に、丸井さんの部屋を目指す。緊急事態の為、ノックして間を置かずに中へ入った。
案の定、そこには教授と影山さんもいる。
「婿殿。今、念話で呼ぼうと思っていた所です」
「はい。それで、状況は」
「現在、この街に魔物と呼ばれる未知の生物が攻撃を仕掛けています」
教授に代わり、影山さんが真剣な面持ちで語る。
「街の守備隊が応戦していますが、戦況は芳しくありません」
「そう、ですか……」
彼女が、チラリと部屋の隅を見る。そこには、キツネ型のゴーレムが台車に載せられていた。
たしか、『錬金同好会』の通信用ゴーレム。キツネ型のゴーレムが抱える鏡に、文字や数字が浮かんでいる。
それを読む限り……。
「街を攻撃している存在は、推定『Cランクボスモンスター』相当の力を有しています。また、『Cランクモンスター』相当の手勢を率いている模様」
影山さんが読み上げた通りの戦力なら、やれるか……。
魔装を展開し、教授に顔を向ける。
「有栖川教授。すみませんが、フリューゲルと腕輪、それと『白蓮』と『ブラン』をお願いします」
「はい」
彼女が出してくれた魔道具を素早く身に纏い、ゴーレムを組み立てていく。
「アイラさん。接敵の際は、『鑑定』で詳しい敵戦力を教えてください。念話の方も、密に」
『いや。待て、京ちゃん君』
「はい?」
どうしたのかと、ゴーレムを組み上げながら首を傾げる。
そして、肩を教授に掴まれた。
「婿殿。それらは、あくまで『自衛』手段として使ってください」
「は?いや……そうですね。失礼しました」
少し迷ったが、ここがどういう場所かを思い出す。視界の端で、丸井さんがもの凄い量の汗を流して、こちらを見ていた。
ここは異世界で、外国で、その上宗教的な理由で微妙な関係なのである。
民間人とは言え、勝手に戦闘へ参加するのは外交上問題になりかねないのは、政治に明るくない自分でも分かった。
今は、現地の防衛戦力を信じるべきだろう。
「すみません。少し、冷静さを欠いていました」
「いえ。ご理解いただけた様で何よりです」
ハンカチで汗を拭いながら、丸井さんがニッコリと笑う。
「それでは、教授と矢川さんは避難を。結界によりゲート前への転移は出来ませんが、港には既に船が来ています。まずはそちらに向かいましょう」
「……はい」
彼の言っていることは、正しい。
自分達がすべきは、大使館の指示に従って逃げることである。それは分かっているのだが、胸にしこりは残っていた。
影山さんが、ゴーレムの鏡に何度も文字を書きこんでいる。後ろ姿しか見えないが、彼女の背中から焦りを感じた。
……先程、戦況は良くないとあそこに表示されていた。
兜の下で、自分も眉間に皺を寄せる。
「あの、丸井さん」
「はい、なんでしょうか?」
「せめて、その……街で知り合った人達を、こっちへ避難させることは出来ませんか?」
こちらの問いかけに、当然ながら丸井さんは困った顔をした。
「申し訳ありませんが、私の一存では決められません。異世界の方を日本政府の建物に、それも護衛艦や自衛隊の基地等に入れるのは、流石に……」
「です、よね……」
「そちらのカタリナ氏も、乗船は自衛隊の上の方から許可を得られませんと……」
リーシャさんも、お守り屋のお婆さんも、カタリナさんも、異世界の住民である。
自分が、何かを言う権限はない。
「港までなら、カタリナ氏も同行して構いません。しかし、今から街に向かうことはどうかご遠慮ください」
「……わかりました。変なことを言って、申し訳ありません」
「いえ」
丸井さんに一礼し、彼の後に続いて部屋を出る。持ち込んだ荷物は、後回しだ。
今は、言われた通り避難するとしよう。白蓮とブランを起動させ、護衛につかせた。
『京ちゃん』
「はい……」
『……大丈夫?』
「…………」
その問いかけにはすぐに、答えられなかった。
瞬間、大きな音が聞こえてくる。
───ドォォォォンン……!!
間延びする様な轟音。続いて、振動で足元が揺れた。
大きな何かが壊れたのだと、直感で理解する。影山さんが、険しい顔で丸井さんに話しかけた。
この空気を、自分は知っている。不本意ながら、幾度も経験した気配だ。フラッシュバックする記憶の数々に、喉元まで酸味のあるものがせり上がってくる。
「街の防壁に穴が開いたそうです。避難を急いでください」
この街に、災厄が雪崩れ込もうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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『雑種と未来人の現代ダンジョン』も投稿していますので、そちらも見て頂けたら幸いです。




