外伝30 アマチュア錬金術講師
外伝30 アマチュア錬金術講師
『わぁ……!』
机の上に置かれた筆記用具を前に、リーシャさんがその大きな瞳を輝かせた。
あまり勉強が好きではない自分からすると、眩しく感じるリアクションである。持って来た物が、日本基準だと大した物ではないので余計に。
具体的に言うと、100均で購入したノートと鉛筆削り、鉛筆の3本セットだ。あとついでに消しゴム。
『こんな綺麗な紙初めて見たー!凄いよお婆ちゃん!これ、表面がすべすべだー!』
『り、リーシャ。貴重な物かもしれないから、あまり触るのは危ないよ……!』
『それにこの棒?さっき錬金術師さんがこれで字を書くって言っていたけど、どうやって!?』
ただまあ、この世界だと名品珍品の類らしい。
『鉛筆は何だかんだ言って、作られたのはわりと最近だからね。日本で最初に使ったのは、徳川家康という説もある』
「それは最近と言って良いのですか……?」
400年前は大昔では?
この人、いつの間に時間間隔までハーフエルフになったのだろう。いや、歴史やら考古学やら研究している人は、そうなり易いのだったか。
『私としては、紙へのリアクションの方が気になるね。市民の識字率は、その国の文化水準を示すと言っても過言ではない』
「は、はあ……」
『錬金術師さん、錬金術師さん!早速お勉強を教えてくれるの!?』
「え、ええ。勿論です、リーシャさん」
表情筋を総動員させて、どうにか違和感のない笑みを浮かべようとする。
くっ……!普段使わない筋肉がッ……!
高レベルの覚醒者としての身体能力がなければ、顔面が盛大につっていたかもしれない。
世の教育者は、常にこの苦痛を味わっているのか……!?その内、顔が縦横に裂けてしまいそうである。
『なんでしょう。京太君が今とても心配なのですが……』
『大丈夫だよ先輩。流石に京ちゃんもブレーキとアクセルを交互にべた踏みはしないって!……たぶん!』
何やら、謎の心配をされている気がする。
だが負けない。頑張れ、矢川京太……!これも花婿修行なのだ……!
「えっと、まずは、リーシャさんは読み書きや計算はどのぐらいできますか?もしも苦手な所があったら、可能な範囲でお教えしますよ?」
視線の高さを合わせながら、そう問いかける。まあ、文字の方はアイラさんにカンペをお願いする事になるが。この世界の文字、自分はまだ上手く書けないし。
カタリナさん?あの人はね。護衛という名の置物になっています。
彼女のコミュ力は自分と大差ない、カスの様なものなので。あまり当てには出来ないのだ。
……いや、僕のコミュ力はカスじゃないが!
『読み書きはお婆ちゃんが教えてくれたから、だいだい出来ます!偶に、近所のお爺ちゃん達の代筆もやってあげているので!』
「それは素晴らしいですね」
『でも、計算とか、難しい言い回しはよくわかんない……』
「わかりました。では、わからない箇所があったら教えてください。その都度、お教えします」
『良いんですか?』
「ええ。遠慮はしないでくださいね。わからないを、わからないままにするのは良くないですから。正直にわからない箇所を教えてくれると、こちらも助かります」
『はーい!』
月並みの台詞だが、どうにか言い淀むことなく言えた。
無邪気に手を上げるリーシャさんに頷き、鉛筆を削って書ける状態にする。勿論、削りカスは持ち帰る為ジップロックの中に入れた。
「では、これで文字を書いてみましょう。初めて使うかもしれませんが、慣れると便利ですよ」
『うん!えっと、インクは……』
「ああ、インクは不要です。この黒い部分を、紙につけてみてください」
『へ?こうですか?』
疑問符を浮かべながら、リーシャさんが紙に鉛筆を触れさせる。
当然ながら、黒い点が記された。
『え!?なんで!?』
『こ、これは魔法……いいや、錬金術ってやつかい!?』
リアクション凄いな、この人達。
『ううん、違うよお婆ちゃん!きっと、このペンにはインクが詰められているんだ!この細い先端から、少しずつ滲み出ているんだよ!』
……あれ、リーシャさんって結構頭の回転速め?
まあ、そういうペンはあるけど、鉛筆は違うのだが。
「これは鉛筆と言って、黒鉛って物を粉末にした後、色んな物と混ぜて作った物を芯にしています」
『ごめん、お婆ちゃん!違った!』
『良いんだよ、リーシャ』
「予想をするのは良い事ですよ、リーシャさん。それに囚われ過ぎさえしなければ、考える力が養われますからね」
『はい!先生!』
いや、だから先生と呼ばれる程の者ではないのだが……。
『はっ!?京太君が家庭教師役で、私が女子小学生というシチュエーションは中々に背徳的な……!』
『先輩。ちょっとこっちで静かにしてよーねー』
今日も変態は元気なようだ。
冬でこれなのだから、春にはどうなってしまうのだろう。
……ナチュラルに春を変態の季節にしてしまったが、春夏秋冬を定めた人もまさか未来でこうなっているとは思うまい。
というか、予想外であってほしい。大昔も春には変態が溢れていたとか、地獄過ぎる。
紀元前の頃、既にあちこちで『Aランク冒険者』達みたいなのが跋扈していたら嫌だな……。自分以外のは、奇人変人通り越して、人間辞めているようなのばかりなので。
っと、いけない。思考が迷子になりかけたが、今は教師役に集中しなければ。
椅子をリーシャさんの隣に置き、そこに座る。
「では、今日は錬金術の基礎中の基礎。4大元素について勉強しましょうか」
『げんそ?』
「元素とは、物体を構成する成分……材料のようなものです。錬金術において、この世の物体は4つの元素で作られていると考えられています」
『たった4つで?』
「まあ、ここにプラズマも加えて考えることもありますが……そこは、もう少し進んでからにしましょうか」
『はい、先生!』
「良いお返事です」
口調は、なるべくミーアさんや教授に似せる。小さい子に教えるのなら、このぐらい柔らかく、それでしっかりした方が良いだろうから。
……ミーアさんに似せ過ぎると、教育に悪いから加減が必要だが。
『アレ、なんだか私が突然ディスられたような……』
気のせいですから、封印されていてください。エリナさん、ディフェンス頑張って。
というか、ナチュラルに心の声を拾わないでほしい。日本には思想の自由というのがあるのだ。
『日本の法律だけじゃなく、忍の里の掟も大事にしようね!!』
黙れ自称忍者。
『!!??』
『おや、どうしたのだねエリナ君。まるで信じていた者に裏切られたような顔をして』
イヤリングの向こうは一旦無視して、授業を進める。
「この4大元素は、水、空気、火、土に分けられます。更にこれらを精霊として例え、ウンディーネやシルフ、サラマンダーやノームと言った存在に───」
リーシャさんのノートを覗き込みながら、彼女のペースに合わせて言葉を紡ぐ。
なるべく分かり易く、簡潔に。それでいて過不足なく人にものを教えるというのは、思った以上に大変だ。
だが、自分も錬金術を学び直す良い機会でもある。
ゆっくりと、リーシャさんへと己の知識を伝えていった。
* * *
『はふぅ……』
「お疲れ様です。今日は、ここまでにしましょうか」
『はーい……』
少し、詰め込み過ぎたかもしれない。1時間程の授業で、リーシャさんはぐったりと机に突っ伏していた。
……彼女に、というかこの家庭にどれ程の時間が残されているのかわからず、少し急いでしまったようだ。
反省しつつ、ポーチから小さな袋を取り出す。
「頭を使った後は、甘い物を食べるとしましょう。はい、どうぞ」
『ほえ?甘い物?というか、透明な……紙?』
机に置いた、小さなビニールの袋。その中にはクッキーが何枚か入っている。
『あ、クッキー!』
『おやまあ。じゃあ、漬して食べるのに、水を用意しなきゃねぇ』
偶然見に来ていたお婆さんを、慌てて呼び止める。
「ああ、いえ。これは水に漬して柔らかくする必要はありません。そのまま食べられますよ」
『え、そうなの!?』
リーシャさんが、驚いた様子でこちらを見てくる。
ついでに、カタリナさんも耳をピンとさせていた。
「はい。早速食べましょうか。あ、でも飲み物としての水は少し欲しいかもですね」
『今、持ってくるよ』
「ありがとうございます」
お婆さんが人数分の水を持って来てくれたので、それぞれクッキーを手に取る。
「いただきます」
『天にましわす太陽神よ。大地を潤す豊穣の神よ。貴方がたのご加護に感謝を』
『ほう……』
お婆さんが唱えた言葉に、イヤリングからアイラさんの興味深そうな吐息が聞こえてくる。
クッキーを口に放り込めば、簡単に噛み砕けた。ザラリとした感触と、ほのかな甘み。そしてドライフルーツの触感と味が伝わってくる。
……わかってはいたが、やはり店売りのとは程遠いな。
『……っ!美味しい!』
『これは……今まで食べたことないクッキーだね……!?』
だがまあ、彼女らには好評らしい。リーシャさんとお婆さんが、揃って目を見開く。
カタリナさんも、尻尾を上に向けて大きく振っていた。恐らく、味に満足してくれているのだろう。大使館で色々食べている分、舌は肥えていると思うが。彼女からも花丸を貰えたようで、胸をなでおろす。
「良かった。お口に合ったようで安心しました」
『先生、これすっごく美味しい!どこで手に入れたの!?お城!?』
「いいえ。錬金術で僕が作りました」
『先生が!?』
「はい」
ニッコリと、リーシャさんに笑いかける。
こっちに持ち込んで良い道具について丸井さんに質問した時、ついでに食材のことも聞いておいたのだ。
検疫の都合上、持ち込める材料は少ないし、時間もかかる。その為、大使館にある検疫済みの物を自分が購入する形で解決したのだ。
錬金術で料理をするのは初めてだが、上手くいって心底安心した。味見はしていたが、クッキーの中に『はずれ』があってはこの後の授業に関わる。
なんせ、別に糖分補給の為だけにクッキーを焼いてきたわけではない。
「台所で錬金術は生まれた……という説もあるのです。料理と錬金術には、深い繋がりがあるのですよ」
『そ、そうなんですか……!?』
「はい。今度材料を持ってくるので、一緒に作ってみましょうか」
『はい!』
好きこそ物の上手なれ、という言葉もある。好奇心程、勉強の燃料に相応しいものはない。
……と、有栖川教授から聞いた。生徒の興味を惹くのも、教師の腕の見せ所なのだとか。
物で釣るのは安直な気がするものの、こちらは学校の先生ではないのである。使える手は取りあえず試す方針だ。
『でも、錬金術師様。これ、凄く高価な材料を使っていないかい?その、何度も言うようで悪いけど、アタシらにお金は……』
「ああ、いえ。お代は結構です。では、そうですね。クッキーを食べながら、この街の歴史や、お守りに描かれている物について教えて頂けませんか?」
申し訳なさそうにするお婆さんに、全力の営業スマイルを向ける。
『よぉし。京ちゃん君のロリコンタイムは終了だ!ふははは!根掘り葉掘り尋ねまくるぞぉ!』
残念女子大生。貴様マジで後で覚えていろよ。
帰ったらまたアイラさんのデカ乳を揉みしだき、吸い、挟むと心に誓いながら。本来の仕事……インタビューを開始した。
何やらリーシャさんがやけにこちらを尊敬の眼差しを向けているが、彼女が思っている程自分は凄い人間ではない。誇れるものと言ったら、人の縁と腕っぷしぐらいだ。錬金術師としては、未熟という言葉でも生ぬるい男である。
そのことを少し申し訳なく思いながら、聞き取り調査を続けた。
あと、カタリナさんはこっちを見過ぎである。何を警戒しているのかは知らないが、こっちとしては貴女の方が警戒対象に思えてきたのだが。
美人に近くで見つめられる。文にすると羨ましいのに、実際にやられると恐怖すら感じる状況であった。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
『コミュ障高校生、ダンジョンに行く』の第1巻が発売中ですので、どうかよろしくお願いします!
また、『雑種と未来人の現代ダンジョン』も小説家になろう様で連載中ですので、そちらも見て頂けると幸いです!




