第5話 共有
授業はつつがなく進み、昼休みを迎えた。
昼飯を忘れたと嘆き、購買へ駈け込んでいく冴里の後ろ姿を見送り、空知要はスマートフォンを操作し端山と間川を第3音楽室へと呼び出した。バイブレーションとともに通知が表示される。タップして画面を開けば、端山から丸々とした猫のスタンプが送信されていた。了解にゃと記されたそれは、良い趣味をしている。端的に評すれば、かわいいスタンプだ。
「あのスタンプ可愛いな」
合流しての第一声に、端山は面を喰らった表情をしていたが、はにかみ「かわいいだろ。あれ気に入ってるんだ。」と返してきた。スポーツ万能、賢さも兼ねそろえている男だ。一方的に親近感は抱きづらい奴だと考えていたが、そうでもないらしい。
「対して間川は、なんだあのスタンプ。」
二枚貝から人間の手が生えて、敬礼しているスタンプが送られてきたときは疑問符を浮かべた。
了“貝”ってか。
「え、かわいくない?」
「否定はしないが…イイ好みだな…。」
「褒めてないでしょそれ。」
ねえ空知君が酷いと端山を揺さぶる間川の姿には、未来の女傑を見た気がする。
そう遠くない未来で、間川に押し切られている端山の姿が見えた気がした。
押し切られつつも離れ離れが想像できない二人の背後には、相も変わらず戸が存在していた。
「間川にも戸が出たのか。」
端山を揺さぶる手は留めずに、間川は首肯した。
「昨夜ね。夢がこの戸を連れてきたみたい。」
おもむろに、間川は語りだした。
巨大な女が両手を広げて迫ってくるのだと
対して、端山も語りだす。
巨大な女が頭を下げてくるのだと
二人の報告に倣い、空知要も冥に聞いた話を伝える。
「今現れている戸が神の身体の各部位をこちら側に召喚するもの、という前提があっているならば、間川は右手、端山が頭、冴里が左手、源三と俺のはわからん。」
「よく見たら、私たちの戸は少し開いてるしね。」
間川の戸からは右の指先がそっと出ており、端山の戸からは長い髪がはみ出ている。
「なんか、俺の背後だけホラー感が凄まじくないか。」
青い顔で空知要に話しかけてくる端山の声は、微かに震えている。
空知要も“髪の毛が戸から出ている”という現実から目をそらしたい。
髪の毛があるならその先には顔があるだろ。いつ覗き見てきてもおかしくはない。
目が合おうものなら…。
「 うん、気のせいだろ。」
現実から目を逸らすことに決めた。
薄情なクラスメイトに端山はわなわなと青い顔で震えていたが、気を取り直したように質問を投げかけてきた。
「自分の戸は開いてないからって…。
ところで教えてくれた男の人って誰なんだ。」
当然の疑問ではあるのだが、素気無くした意趣返しのように感じた。
何にせよ、説明に困る男ではあるのだ。
「俺の命の恩人で、神」
「え…大丈夫なのかその人」
言外におまえも大丈夫かと問われるので首肯する。
あの男に不信感は感じなかったな、と空知要はふと思い返す。
不信感も疑心もなく、ただ信頼感だけは存在していた。
信頼も愛着も、二週間目に出会った男に抱くようなものではない。
あの男の言動も、それなりに交流を深めた者へのものだった。
俺が覚えていないだけで、何某かの関係性を築き上げていたのだろう。
空知要は、学ランの詰襟をいじりながら言葉を紡いだ。
「…まあ悪いことはされてないしな。」