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天憫罪(旧題:浴槽は舟には成り得ない)  作者: 露おちぬ
第1章 戸は彼らを分かつもの
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第6話 指示

話の本筋を元に戻すべく、空知要は頭を振った。

「あの人のことはさておき、二人は夢の中の女性のことは知らないのか」

「気にはなるけど、知らない人だよ。」

間川も端山も表情に嘘はない。

「そうか。いや、俺の夢の中の女性が泣いてたから、何か知っていれば…と思ったんだが。」

泣いていたと言った空知要の肩を間川が力強く掴んだ。

掴まれた反動で負傷した左腕が痛み、低く呻く。

痛いと反論すべく、数秒伏せた目蓋が震えながら上がり、間川を見つめる。

間川は怒っていた。

「泣いてたのか!?あの子になにがあったんだ!?」

華やかな目元と淡い桃色のリップに彩られた唇が必死に言葉を紡いでいた。

常の溌溂とした少女然とした美しさは鳴りを潜めて、必死の形相で問い詰めてきた。

直前まで空知要がいじっていた襟元が容赦なく掴みあげられる。

普段と異なる言動と激高した様子に空知要は困惑する。

視界の端では端山が涙を流し震えている。

平常に話していた相手が突如滂沱の涙を零し、うろたえている姿に、

空知要は困惑を隠せなかった。

「おい、あんたらどうしたんだ。」

「慰めてあげなきゃ。ああ…わたしたちの…」

何故二人が泣き、焦燥を覚え、後悔の念を滲ませているのかが

空知要には分からなかった。

「なあ、何があったんだ!」

分からないから答えた。

夢が事実ならと、端的に答えた。

「両親が彼女を置いていったから、一人で寂しそうだったよ」


間川の手から力が抜けていく。

あの華奢な身体のどこに男一人の襟首を掴みあげても揺るがない筋肉があるのか…。床に座り込み首をさする。一か月の間に苦しい思いを二度もするなんて冗談じゃない。

 悔し気に唇をかみしめる間川智と悲しみに涙をこぼし動かない端山賢

二人を注意深く見つめていた空知要は、背後の戸が勢いよく開き、女の顔が覗き、右手が伸ばされる様を見た。

女の血走った目が、空知要を捉えている。

空知要の頭に冥の奉神の言葉が過る。

去る自分の背に向かって掛けられた言葉だ。

『いつの君も、間近に迫る危機を指先で跳ね除けてしまうのだろう。』

座り込んだまま、咄嗟に右手を前に突き出した。

女に向けられた人差し指を残して、4本の指は握りしめる。

人ではなく、その指は神を指す。

古びた蛍光灯に、人と神が照らされる。

蛍光灯が明滅する。

明滅

暗転

「“君はこれから右に曲がる”」

猛然と空知要の前に迫っていた巨腕は、彼の身体を掴む直前に、磁石に引き寄せられたように

右へと弾かれた。急に右へと圧力を掛けられた巨腕から骨が砕ける音が響く。

戸から伸びた巨腕がだらりと脱力しながらも、空知要を掴むべくのたうち回っている。

「…何だ今の」

空知要は呆然としながらも、戸を注視することはやめない。

昔から、重要なことから目を離さないことは得意だった。

状況は理解できなくとも、状況を把握するために注視することはできるのだ。

二人の背後に存在していた戸が、山にかかった霞のごとく薄らいで消えていく。

当然、空知要の背後の戸までもが、跡形もなく消え去っている。

涙を流したまま音楽室に倒れ伏している間川と端山を置き去りに、空知要は猛然と走り始めた。

やんちゃな子供時代に鍛えられた足は、変わらずに本領を発揮してくれる。

しかし、推進力を生む腕が片方折れているため、思ったより前に進まないのが実状だ。

何より、腕がものすごく痛い。

空知要の予想通りなら、戸が出現した他の者にも異変が起きているはずだ。

空知要には影響が出ていないため、異変が起きている可能性は五分五分だと思うのだが、

同じく戸が背後に出ていた友人の冴里が心配で第3音楽室を飛び出す。

足は自然と教室のある第1校舎を目指す。

昼休みで、大勢の生徒が行き交う廊下を走り抜ける。

走りながらも周囲の声に耳を傾ける。


「今日のお弁当茶色かった」「病み上がりで走るなよ~」「購買のおばちゃん髪型変えたな」「さやちゃん辞めたら学校に来る意味ない」「次の数学絶対当てられるんだけど」「6時間目国語とか爆睡するが」「歯に鶏肉挟まってんだけどうける」『源三倒れてたってホント』「6時間目自習じゃね」『てかさやちゃんも談話室で倒れてたってよ』「は?」「腹減ったな~」「さっき食っただろ」「危ないな~」「歯磨き粉きれたんだけど」「充電器かして」「だる」「今年の歌唱力№1誰だと思う」「文化祭まだ先だっつの」『先生呼んできて!』


『しっかりして!冴里君!』『冴里大丈夫か!?』


空知要の予想通り、戸が背後に現れた者は眠りについている。

カウンセラーが倒れたとも聞こえてきていたから、彼女にも戸が出ていたのだろう。

教室にたどり着けば、友人の冴里も倒れていた。

周囲にいたクラスメイトに囲まれて介抱されている。遠目に見ても、呆けた表情で眠りについているだけのようで安心する。

放心して立ち尽くす空知要の元に、一人の女子生徒が近づいてくる。

同じ制服を着ているが、小柄で年齢はかなり低く見える少女だ。

紡いだばかりの糸のように艶のある白に近い色の髪を揺らして、彼女は不機嫌そうに言葉を発した。

「早く校舎裏に出たほうが良いんじゃないか。」

「あんたは…この前話しかけてきた影と同じ声だな…。」

「いそげ。石になるぞ。」

厳かな声音で警告を告げられようものなら、人は皆足早に行動を起こすだろう。

少女の言葉の意味は理解できていないが、空知要も例にもれず再び走り出した。




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