第3話 愉悦(誘惑の奉神視点)
誘惑の奉神視点
雪の如く静謐で端正な面立ちの少年は、薄い瞼の下に魅力的な瞳を隠して、時折誰かを思い出しては微かな怒気を浮かべていた。
灰と喩えるには濁りのない澄んだ瞳を持つ人間は、神の目を引く容姿をしている。人の世では特徴がないと埋もれてしまいそうだが、奉神は染めがいがあるとして特徴のない美を好むため、目の前の少年は不死国に行けば引く手数多であろう。
空の下の全てを知る者、故に空知
「随分とまあ安直だな。」
奉神は人間ほど数え切れない数がいるわけではなく、呼称も被ることは無い。しかし、数多く存在し姓という文化を持つ人間は、同じ姓、時には同姓同名ということも有り得る。
空知よりも特徴的な姓を与えれば、奉神も判別しやすいだろうに、なぜ同姓が存在する姓にしたのか。…あえて特徴的な姓にせず、空知に拘る背景があるのだろうか。
「俺だってわからないことばかりなのに、空知ってだけで知らないことを許されない坊主は哀れだな…」と誘惑の奉神も同情を禁じ得ない。
誘惑の奉神は、少年を尻目にチョコレートがコーティングされた棒状の菓子を口に咥える。
クソ上司に煙草を禁じられているせいで、誘惑の奉神は菓子を咀嚼しながら考え込む姿勢が習慣化している。胡乱気に事務所の天井の梁を見つめる。過去と未来が交錯する空間にあり、ありとあらゆる時代の文化を受け入れる不死国にしては、面白みのない天井だ。
不死国に存在する奉神は、「天の奉神」によって神の座に就いている。天の奉神は不死国における最高神だ。彼自身も天照大御神によって神に召し上げられ、後進として育てられた神である。身の上をなぞるかのように、天の奉神は気に入った人間、動植物、物を次々と神に召し上げた。他の奉神と同様に、誘惑の奉神も天の奉神に手を差し伸べられた時を鮮明に覚えている。
欲深い人間共に愛でられていた日々に差し込んだ、曇り無き陽光。太陽と称されるに相応しい、爽やかで湿度を感じさせない笑みを浮かべた男神が現れた。月白の衣に身を包み、長く毛量のある黒髪を後頭部に一つに括り、背中へと流している。鼈甲色の瞳がいたずらっ子の様に輝いていた。
『君も神になるかい?』
高く掲げられた宝石(誘惑の奉神)は、黒く輝きを放った。
男神は、宝石の輝きに瞳の色を深めた。
如何にも返事に満足をしたという表情だった。
『導師は君たちに期待しているよ。』
言葉とは裏腹に、宝石が太陽と称した面立ちに翳りが差した様を、奉神になってからも忘れることが出来ない。
「―一体何に悩んでいたんだか…。」
天の奉神は、数百年ほど前に姿を消した。
彼の神が残した手掛かりこそ、「空知」である。
天の奉神が居なくても不死国は回るのだと暗に示しているかのように、何事もなく数百年が経過した。奉神たちは安寧に身を浸していた。“すべてが開く”2週間前までは…。
空知要へ現秤探題が接触した理由は、石化の原因や解除方法を調べるだけではない。最優先事項は、天の奉神の行方を明らかにすることである。
肝心の「空知」要は、今直、顔を顰めてはウンウンと唸っている。なんとも気の抜ける顔に毒気を抜かれながらも誘惑の奉神は笑みを浮かべた。クソ上司に仕えることは腹立たしいことこの上ないが、回り回って天の奉神の益に繋がると思えば面白味のない仕事も熟すことが出来た。だが本音としては、面白みのある仕事がしたい。
「普通の坊主に見えるが、空知である以上普通では無い。面白そうじゃねえか。」
仕事がてら坊主の本質を見透すのも悪くない。
婆こと花束の奉神は、誘惑の奉神の姿を見てため息をついた。
呆れと憐憫に紅の瞳が揺れる。
「すべてを見透す」という空知とは似て非なる意味合いを持つ宝石は、酒が入ったわけでもなくケタケタと愉悦に浸っている。誘惑の奉神は菓子を片手に嬉々として、空知要に「空知の力を発揮するための第一歩」としての任務を与えていた。
溜息
「タイガーアイに魅入られたか。
当代の空知も苦労しそうだな。」




