光臨
故郷を焼こうとした女とその手下達が、魔界に棲むシグステラル・ゴデラという魔王の手先だと知り、「魔王達を捕まえて帰った報酬に大金貰えたら良いな」くらいの気持ちで魔王城へ乗り込んだ。
神より与えられしこの身が異常なほどの力を宿していることは自覚していたが、それは魔界の者相手でも変わらないようだった。
むしろそのための力だったのだろうかと考えついたのは、魔界に入って『光の子』と聞き馴染まないあだ名で呼ばれた瞬間である。
城へ入って真っ先に立ち塞がった雑魚の群れを蹴散らし、次に出てきた例の女を含めた男女数名を制圧して魔王の所在を尋ねたが、当然のごとく口を割らない。
まだ動きそうだったやつらの意識を改めてしっかりと刈り、聞けないのであれば自分で探せばいいと、薄暗い魔王城の廊下を行き当たりばったりで歩き回り、適当に扉を開けてまわった。
だが、おそらく見えた範囲での部屋を全てまわったにも関わらず、魔王はどこにも見当たらなかった。
隠し扉でもあるのだろうか? 魔法にはあまり詳しくないためそうなると面倒である。
とりあえずさっきの少し立場の高そうな奴らだけでも縛って持って帰るか……?
「にゃっ」
先程会戦した場所へ行くために来た道を戻っていると、猫の鳴き声のようなものが聞こえた。
立ち止まって辺りを見回すが、姿はおろか気配もない。
確かに声は聞こえたのだが……。
「誰かいるのか」
そもそも姿を現さない相手ゆえ返事などは期待していなかったのだが、『猫』は応えた。
「し、シグを探してどうするつもりにゃ」
「……シグステラルのことか?」
「そうにゃ! 殺すつもりか!?」
「俺は殺せない。然るべき所へ突き出すだけだ」
「そっ、そんにゃことしたら結局シグは死ぬじゃにゃいか! 帰れバカ、マヤ達は連れてってもいーけどシグはダメにゃ!」
斜め上あたりから軽く頭をはたかれる。
反射的に攻撃を受けた方へ向けて手を振るったが、空を掴むばかりだった。握った手を解いてみてもやはり何も無い。
「実体がないのか? 厄介だな」
「フン! お前がいくら強くてもミーニャには効かにゃいからにゃ! お前が出て行くまで殴り続けるからにゃ!? ヤだったら早く帰るにゃ!」
ぽこぽこという効果音がちょうどいいような、痛くも痒くもない透明の拳は確かに『ヤ』ではあったが、鬱陶しいというだけだ。
舌打ちをすると一瞬怯んだ相手に構わず、妙な意地が働きそこまで言うなら数日使ってでもシグステラルを見つけてやろうと踵を返したところで、「にゃっ!?」と猫が濁った声で鳴く。
それと同時に、近くに新たな気配があることに気付いた。
「――ミーニャ? ……あっ」
ちょうど近くの岐路から姿を現したのが魔王だと、一目見ただけで理解した。
床に引きずるほど大きな蝙蝠のような羽を背中に抱え、雄牛のそれに似た黒い角を生やした、やたらと美しい顔立ちのその男は、俺を目に留めた直後にその美貌を歪ませる。
「えっ……と……ゆ、勇者とか、天の使いとか、そっち系の方でしょうか……」
「おそらく大枠で言えばそうだが、お前は魔王で間違いないか」
厳かな声に似つかわしくない態度に違和感を覚えたが、そういう者もいるだろうととりあえず流したが、俺の返答にまたもや露骨に冷や汗をかいた男にやはりしっくりこない、と思ってしまった。
「魔王かって聞かれたら、まあ、はいって言うしかないんですけど……でも完全に魔王かって聞かれるとそうじゃないんですよね……」
「……」
「あっ、あの、俺ちょっと前からこの身体に入っちゃって困ってる元人間っていうか! むしろ元どころか現行別世界に人間の体があるはずなんですけど、その、ひょ、憑依ってやつです! ……あれ、憑依って分かりますよね……? えっと、つ、つまり魂! この体の中に入ってる魂の俺はシグステラルじゃないんです!」
だから魔王殺すなら俺の魂がこの身体から出てってからにしてくれませんか!
泣きそうな声で支離滅裂とも言える命乞いを披露した魔王に猫が「バカシグ! 命乞いしてる暇あんにゃら逃げろアホぉ!」と叫ぶ。
「なるほど。面白い、詳しく聞こう」
また猫が濁った声で鳴いた。