68 枷を外す
デヴィド=シニアは上機嫌だった。
なにせ面倒な伯爵位を息子にブン投げ気分が良いからだ。
今や本人は朝から晩まで芝居三昧の有閑生活である。
固っ苦しい仕事はしなくていい。
仕事があってもせいぜい息子の代わりに外交・社交程度だ。
「息子もお大尽だなあ。本当に大ジャン劇場を買うとは」
しみじみと旧都の歴史ある劇場を見上げる。
支配人の名義はデヴィド=シニア、それだけで彼は御満悦である。
アルジャーノンに屋敷再建の為に大量の借金を押し付けたファットマン家。
だが、実は財政的には安定しており、その程度で金欠になるほど貧乏ではなかった。
ファットマンが発狂していたのは、新規で貸し付けるための資金が無かったこせいである。
会社風に言うなら黒字倒産の状況だったとも言う。
個人的に言うなら口座にお金があるのに財布がカラでキャッシュカードが無い状況に近い。
無論、財布がカラにも関わらず買い物をして来い。
と言われたと同義のファットマンがキレたのも理解してもらえよう。
あれは悪いことをしたと、父はのほほんと振り返る。
どうにも良い具合の作家を2人の借金返済。
それから囲い込み料、別の貴族の庇護下だったのでその移籍金。
と色々使いこんだ後だったので金庫に現金がなかったのだ。
まあ、それを解決したのも息子であるが。
破産しそうな商人、商会の小切手を停止。
同時に臨時での倉庫からの備蓄穀類の販売で現金を作った。
それから酒税の引き上げ。
更に領内の公共事業の再始動とファットマンは領地にカンフルを打った。
まあ、その上で汚いことを息子は平然とやったのだが。
領内のゴロツキ・浮浪者をまとめて人身販売。
寄り子含めて、代官を撤廃。
更に、貨幣鋳造の王家の権利の穴を突く形でファットマン領の兌換紙幣を発行。
これにより金融危機を脱出しつつ、ファットマン家はさらに金を貯めた。
「いやあ息子には感謝しっぱなしだが…?」
そのままホールを抜けようとすると、悲鳴が起きた。
「どうした?」
お付きの家令に質問すると、彼は答えた。
「…鏡が割れたようです」
「む」
ふと、彼は息子の安否が気になった。
▽▽▽
ファットマンが消え、フィードワークは中止されていた。
二日目に潜る予定だった筈の生徒は不安がり、一日目の経験者は渋い顔をしていた。
草刈だけは急きょ解放された迷宮に挑んでいるようだが、構造の変化もあり調査はあまり進んでいない。
誰もが、ファットマンの生存を諦めていた頃…
迷宮最深部にて、浮遊島をホームとする冒険者の一行が進んでいた。
「…ああクソ!魔物の湧き方まで変わってやがる」
槍使いの男が不快そうに大声を上げた。
「落ちつけよ、大したことは無い」
僧侶の男が窘める。
彼らは絶賛売り出し中の冒険者であった。
槍使いのレンジャー、魔法使い、僧侶、弓使いの男女四人組である。
彼らは実力はあるが、スポンサーがつかない中堅であった。
そんな彼らは地道な調査を選ばず、功績を求めて昨日から滞在している貴族の学生が開けた大穴を利用して最下層へと急いでいたのだった。
「しかし、これだけの厚さの岩に穴をあけるってどんな人だろ?」
弓使いが興味から穴を見下ろす。
彼らは腕っ節を売りにしていた。
その為、弓使いが大穴をあけた貴族様が気になるのも当然の話だった。
「オメー聞いてなかったのか、西国出の貴族様らしい」
口の悪い女魔法使いが弓使いに言う。
「はー…西国の貴族様か…西国人ってのは男も女もオーガみたいなんだろうな」
弓使いは、勝手に想像しながら穴を検分する。
「どうするリーダー、まだ下りるか?」
僧侶の男も穴を前に槍使いに質問する。
安全を犠牲にしてメインの狩り場である25層近くまで、彼らは穴を利用して下りてきた。
見れば穴はあるものの、今までと違い自然に開いたもののように見えた。
「ここから穴の接続がめちゃくちゃだからな…」
槍使いは考える。
当初は穴がなくなるところまで降りて、捜索を開始する心算だった。
けれど想定を超えて穴は続き、気づけば最深部だ。
リーダーは考えた。
最下層まで到達してないが、現階層から探索するのも悪くない。
そう彼は結論付けると口を開く。
「探索に切り替える」
槍使いは決断し、周囲もその決定に反論しなかった。
魔物の難度が上がるも、彼らは協力しながら進んでいく。
マッピングも順調だった。退路は十分に確保しているし、消耗品もまだまだ余裕がある。
未知への不安があるものの、ソレを恐れて冒険者稼業はやってられない。
魔力灯を照らし進むこと数十分。
小休止を彼らが考え始めた頃だった。
「魔物の悲鳴?」
誰かがそう呟いた。
事実、距離が遠いが悲鳴が聞こえる。
「誰だ…?」
彼らが警戒すると同時異変が起こる。
灯した魔力灯が全て消え失せた。
「!!?」
息をのむ。
魔力灯が勝手に消えるのは二つしかない。
妖精の悪戯。
あるいは悪魔や龍と言った、この地上に生きるものへの絶対敵の顕現。
妖精の悪戯なら可愛いものだ。
が、そこに在るだけで魔力を喰らう悪魔や龍の降臨なら洒落にならない。
ヤツらはそこに在るだけで、空間を蝕む。
法則がねじ曲がる。魔法が起動しない。
そんな神のごとき力を奴らは使う。
ただの人ならその存在に近づくだけで害される存在。
ソレに近しい何かの存在を感じ、誰も声を発せなかった。
やがて灯りが戻った。
妖精のいたずらかと安堵した彼らに、何者かが近づいてくる。
「冒険者かな?今は何日か教えてくれないだろうか」
ソレは若い男だった。
彼らは顔を見合わせる。
「……ファットマン伯爵ですか」
槍使いは、恐る恐る声をかけた。
まさか生きているとは思わなかったものの、伯爵家の当主との会話なら礼を欠くわけにいかない。最悪の場合、悪魔が化けてる
緊張した彼に、若い男――さほど年頃の変わらない彼は答えた。
「うん、本人だ。悪いねえ酷い格好で」