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7話




~ 三百年前 ~




 城内に轟音がひびく。

 びりびりとひりつくような衝撃が、王の間に響き渡る。


「陛下、ここはもう持ちません……!

 一刻も早くお逃げを……!」

「わかった、逃げるか。流石に潮時だしな」

「……え?」

「いや逃げろってお前が言ったんじゃん。お前も逃げるんだから支度しろよ」


 ヤポニカ魔導王国の国王、タツヒコ=サクラバは、王妃の言葉に不機嫌そうに反論した。


「いやそこは、「オレも戦う!」とか威勢の良いこと言うところでは?」

「無理無理。ゼーラ強いもん。オレ、こういう軍隊率いるとかできんし」

「はぁー……つっかえ」


 美貌の王妃はあからさまな溜息をつく。

 だが若き王タツヒコは、涼しい顔のまま肩をすくめた。


「お前らが地球からオレを召喚したときにちゃんと言っただろ。戦争とか荒っぽいことはまず無理だって。だからそれ以外のことでやれることをやったじゃねーか。文句は聞かんぞ」

「ま、仕方ありませんね」


 タツヒコ=サクラバは、異世界から召喚された人間だった。

 戦国時代、屈強な国々に囲まれた苦境に喘いでいたヤポニカ魔導王国の立て直しを頼まれ、異世界の知識をもってそれを実行した。ゆえに、メリディアニ王国が来襲するまでは周囲の国々に攻め立てられることなく平和を守った。


 その政策について、二つの方針があった。一つは、異世界の知識とこの世界の魔法を組み合わせた新たな魔法を作ることだ。彼は高校生であり、高校レベルの物理や化学の知識を備えて……と言うには若干不勉強だったが、教科書を持っていた。その知識をヤポニカの魔術師達に教え、そして魔術師はタツヒコに魔法を教え、結果として強力な魔法が数多く生まれた。


「まあ、その後の手はずは整えてある。みんなにも適当なところで降伏しろって言っといてくれ」

「本当にそうした手管は凄いですね……これで戦争に強ければ文句無しですのに」

「うるせえ」


 もう一つは、交渉だった。タツヒコは手八丁口八丁が大の得意だった。外交官としての才能を発揮し、様々な国と和議を結び、小国でありながら生き延びた。様々な国と様々な約束事を作り、数多くの約束が複雑怪奇に結び付いている状況を作り出した。その結果として、ヤポニカ魔導王国とその周辺国十カ国は強固な軍事同盟を締結するに至った。


 だが、それを歯がゆく思っていたのが覇王ゼーラであった。彼の大陸統一の野心にとって、ヤポニカ魔導王国は大きな障害となった。様々な国のバランスを取って戦争を防ごうとするタツヒコの方針と、軍の力で覇権を握ろうとするゼーラの方針は、真っ向から対立していた。


 その結果、ヤポニカ魔導王国は負けた。覇王ゼーラは大規模な軍を編成し、訓練を続け、ヤポニカを中心とした軍事同盟をまるごと叩き潰した。ぶっちゃけチートだった。今や、ヤポニカ魔導王国は、王城を残すのみである。


 それでも、タツヒコは最後の最後まで手八丁口八丁で生き続けた。


 国として解体されるにしても、付き従った側近や将軍を上手く助命させて見せた。直接のぶつかりあいによる戦死者は居るにしても、戦争であるとは思えないほど多くを生存させた。その助命や和睦の協議をするために、タツヒコは時間を稼ぎ続けた。大陸でもっとも強力な結界魔法とカネに物を言わせて集めた備蓄で、王城の中の離れの屋敷に家族と共に立てこもった。大量のメリディアニの軍に囲まれながらも半年近い時間を稼いだらしい。そして、


「国盗りでは負けたな、完璧に」

「そうでございますね」


 王妃……先代の王の娘にしてタツヒコの嫁、デルフィが頷いた。


「この先、メリディアニが大陸を統一するだろう。魔族も弱くは無いが、ゼーラほどひどくはない」

「でしょうね」

「だから、戦略を変える」

「変える?」

「文化侵略だ。元々こっちの方が得意だからな」







 そして三百年後。


 ヤポニカ王と家族が籠城し続けた屋敷の応接間に、男女が向き合って座っていた。


「あとは大体、先輩の知ってる歴史かと」

「すまん、色々と変な言葉が出なかったか? 異世界人とか文化侵略とか」

「あ、はい、そうですよね」


 ルビィは、カールスの問いかけに頷いた。


「なんていうか、初代の王タツヒコは異世界……チキュウという世界からやってきたそうなんです」

「召喚魔法などおとぎ話くらいでしか聞かないのだが」

「まあ、そのへん私も疑ってはいるんですが……。なんか証拠っぽいものもあるので」


 と言って、ルビィは小箱をテーブルの上に置いた。


「なんだ、これは?」

「これは……」


 ルビィは小箱の鍵を開けて、蓋を開く。

 そこには数冊の本が保管されていた。


「これが初代王タツヒコが持ち込んだ教科書です」

「ふむ、『固定』の魔法が使われているようだな」


 『固定』とは、経年劣化を防ぐ魔法だ。

 だが完全に防ぐことはできない。せいぜい時の進みを十分の一にするくらいだ。

 そのため、三百年前の物は三十年程度は劣化している。


「はい。気をつけてもらえるなら触っても大丈夫です」

「ふむ」


 カールスが白い手袋を手に付けて、慎重な手つきで本を開いた。


「……異国の文字だが、理解できる文字もあるな。どういうことだ?」

「多分、数字とか数式とかは読めると思うんですよね。今メリディアニで使われてる数字の書き方って、元々はチキュウの世界のアラビア数字ってものなんだそうです」

「なぁ、ルビィくん。非常に嫌な想像をしてしまったんだが」

「はい」

「文化侵略と言ったよな?」

「はい」

「それはつまり、メリディアニ王国の中で、ヤポニカやチキュウとか言う世界の文化を広める、という意味か?」

「広めるというか……広めてしまったというか……」


 ルビィは、苦笑いしながら言葉を選んだ。


「まあ、その、初代王のタツヒコやそのひ孫くらいまではけっこうインテリだったみたいなんですよ」

「……ふむ」

「それで偽名を使って発明家や科学者に扮して、メリディアニの学術や文化に食い込んだらしくて……勝手にヤポニカで生まれたものを食い込ませたっぽくて」

「……それが、文化侵略と」

「はい。あ、うちの紳士録あるんで、これもどうぞ」


 ルビィは、古ぼけた本を出した。

 先程の本とは違って『固定』の魔法はかけられていない。

 手製の写本のようだ。


「とりあえずメリディアニ王国での偽名と、実際のウチの国での名前が連なってます」


 カールスは言われるがままに本を開く。

 そして、いぶかしげな顔がどんどん険しくなる。


「なぁ、ルビィくん。オレでさえ知っている名前が幾つかあるんだが」

「そうですか」

「料理人くらいは、まあ、わかるとも。自国の料理をメリディアニで流行させたというわけだな」

「もつ鍋とかおでん、カレー、あとは甘いものも幾つか、ヤポニカ発祥ですね」

「数学者と法学者は、まずいぞ」

「まずいですか」

「数学者なんてメートルとかグラムとか、度量衡の統一に関わってるじゃないか。我が国で作ったことになってるんだぞ」

「やっぱりまずいですかね」

「それ本気の侵略じゃないか」

「どうしてもまずいですかね」

「まずいだろー」

「まずいですかー」


 応接間に、乾いた笑いが響いた。


「よし、ルビィくん」

「はい、先輩」

「割と真剣に、国の滅亡を考えてみないか?」

「なんでそんなひどいこと言うんですか! せっかく先輩が知りたかったこと教えてあげたのに!」

「ひどいも何も、こんなこと公表できるか! 暗殺されかねんぞ! というかこれを知ったオレだって安全とは言えん!」

「……マジですか?」

「近衛騎士団のタカ派とか本気で殺しかねんな。逆に反王室派に祭り上げられて紆余曲折の末に死んだりもあるんじゃあないか」

「いやいやいや、そんなまさか」


 だが、カールスは珍しく何の笑みも顔に浮かべていない。

 ルビィの顔が固まる。


「……先輩」

「なんだ」

「とりあえず、見なかったことにはできませんか?」

「……ふむ。いや、まあ、考慮に値する現実的な選択肢ではあるんだが」

「ですよね!?」

「このことを知ってる人間、けっこう居るんじゃないか、あのレストランの家族とか。証拠も何も無いから冗談にしかなってないだけで」


 ルビィは、何も言えなかった。

 それこそが何よりも雄弁な言葉だった。


「つまり、露見する可能性は常に存在してる不発弾のようなものだ」

「あ、あのー、穏便に済ませるには……?」

「一つ、方法がある」

「はい」

「やっぱり結婚してもらおうか、ルビィくん」

「ええー……」

「ええーじゃない! オレが王になってきみが王妃となるか、あるいは王室ごと潰して民主化テロでも起こすかしないとキミは平和な日常など送れんぞ! 権力すなわちパワーで降りかかる火の粉を先手を打って払うしかないぞ! というかこれを知ったオレだって危険なんだぞ! よくも巻き込んでくれたな!?」

「そ、そんな大事だなんてわかるわけないじゃないですか! ご先祖様達の可愛いイタズラの範疇かと……」

「そんなわけあるか!!!」

「助けてくださいよ!?」

「だったらいい加減に観念しろ! オレの庇護に入るか、それとも政治的な爆弾になるかしか選択肢は無いぞ!」

「なんで好きでもないのに結婚にこだわるんですか!」

「ここまで来たらわかるだろう阿呆が! 好きでもキライでもない相手にここまでするか!」

「ちょ、なんで勢いでそういうこと言うんですか!?」


 ルビィとカールスはわめきながら言い合いを続けた。

 明日も、明後日も、新たな火種が見つかったり作ってしまったり、慌ただしい日々が続いていく。


 それがもしかしたら、二人の恋の始まりなのかもしれない。


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