暗闇の中で 1
始まった。
これが本当に式守神との契約なら、近くに式守神の大きな霊力を感じるはずだ。
しかし、この辺りにはそんな大きな霊力は感じないし、離れても出来る契約なんて聞いたことがない。
なのに、いったい何をさせるつもりなのだろうか?
蒼はこれまでを思い出す。
今まで自分の事しか考えていないような、陰気な叔父が、急に年下の囲い師を育てるために塾を始めたり、その塾が競い合うようなシステムになっていたり、逃げださないよう式守神の噂が出たりする。
そして、最後は殺し合いだ。
答えは解らないが、何故かその時、蒼には安奈の笑顔が浮かんだ。
電気が消えると屋敷の中は、土塀や庭の木々に外からの光が遮られ、辺りがほとんど見えないほどに真っ暗になる。
突然にやってきた暗闇に、悲鳴が聞こえ、数人が一塊にかたまった。
その中でBクラスの朽木 鈴は、あまりにも現実とかけ離れた内容で動けなかった。
突然『殺し合いをしてもらう』と言われても、理解できない。
だから、一人の少年が武器の所に歩いて行き、日本刀を手に取った時も、皆はそれをただ眺めていた。
「俺が、Bクラスなんて間違っている」
日本刀を持った少年は、ブツブツと小さく独り言をつぶやいているが、いったい何を言っているのかは、周りには聞き取れない。
そして彼は振り向くと、近くの少年を見た。
「おっ、おい、正気に………」
暗闇の中、その日本刀を持った少年はそれをゆっくりと振り上げる。
「何が、人間として劣ってるだよ! 俺は、篠田より優れているんだぞ!」
そのまま、一気に日本刀を振り下ろす。
刃物で斬ると言うよりは、鈍器で硬いものをたたくような音が聞こえ、斬られた少年は前かがみになる。
「えっ? えっ、え?」
肩から腰に掛けて袈裟切りに斬られた少年は、自分の胸を押さえ、生暖かい液体に触れる。それから恐々と手を広げて、真っ赤な手のひらを見た。
「こっ、これって?」
答えを求めるように、斬られた少年が顔を上げると、もう一度日本刀を振り上げる彼が映った。
「やっ、やめ………」
「安奈はそう言ったんだ。才能がある奴には解るんだよ! 俺がAクラスの人間だって!」
力任せに日本刀を振り下ろす。
再び鈍い音がして、首から血液をまき散らしながら少年が倒れる。暗闇で血の赤は見えなかったが、何が起こったか理解できた。
「だから、俺が式守神に憑かれて総本山に行くから、才能の無いテメーらは、生け贄になってくれ!」
そして、次を探すようにその少年が振り向くのを見て、一斉に逃げ出した。
その時も朽木 鈴は、まだ恐怖で足がすくみ、動けなかった。
そのころ、Aクラスの部屋でも混乱が始まっていた。
支払ったお金が同じなのに、食事や待遇の違いで、今まで不満が溜まっていたⅭクラスの者が、襖を蹴り破り、刃物を持ってなだれ込んできたのだ。
二人が刺され倒れて、Aクラスの者も武器を取り応戦する。
「止めろ!」と言う篠田の制止もきかずに、暗闇の中で誰が誰かもわからないまま乱闘が始まる。
部屋の中のタンスが倒され、障子や襖は破れ、鈍い音がこだまする。
「お前ら、どうかしているぞ! こんな事をする必要があるのかよ!」
「自分らだけが良い思いしたくせに、好き勝手言うな!!」
「おい! こっちは正当防衛だ! やらなきゃ、殺されるぞ!」
怒号が飛び交う中、耳元で声を掛けられ、腕を引っ張られる。
「篠田っ、こっちに来て!」
「光さん!」
混乱の中、春野 光は篠田と共に部屋から抜け出し、縁側に出る。縁側は部屋の中とは違い、月明かりで多少に明るかった。
光は早口で尋ねる。
「あなたって、九字切りは得意?」
この五十囲いがある限り、屋敷からは逃げだすことが出来ないだろう。このままでは、確実に犠牲者は増えてしまう。
「いえ、まだ囲いは切れないです」
「そう………」
その答えに光は唇を噛んだ。
それならば自分がこの五十囲いを切るしかないが、彼女も九字切りは得意としなかった。しかし、ここでそんなことを言ってられない。
「だったら、私はこの囲いを何とか切ってみるから、篠田は式守神を探して、出来ることなら祓って!」
根本から解決すれば、殺し合いをする意味がなくなる。
「解りました!」
「それと、――――あの未国 弘文を見つけたら、私の代わりに、ぶんなぐって来て!」
「そのつもりです!」
光は裸足のまま庭に飛び出すと、自分の式守神を呼び出した。
「出て来て、我が式守神! 千峨右衛門!!」
光の後ろには、日本の戦国時代のような甲冑を着込んだ式守神が現れる。
その腰には二刀の太刀、手には三間半の長槍を備えている。
「お願い、この囲いを貫いって!!!」
光の声で千峨右衛門は六メートルを超す長槍を、まっすぐに五十囲いに向かって突きたてた。彼女もすかさず九字を詠んでいく。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!!!」
しかし、強力な多角な五十囲いだ。千峨右衛門の長槍は弾かれ、光の九字切りも跳ね返される。
「くっ、まだよ! 臨・兵・闘・者………」
間を置かずして、再び光は九字を詠み、千峨右衛門は三間半の長槍を消し、腰の太刀を抜いて、囲いに向かって刃を打ち付けた。
一度では無理でも、何度もダメージを与え続ければ、いずれ囲いは切れるはずだ。
そして、篠田が上段の間の方に移動しようとした時、後ろから蒼が声をかけた。
「シノ!」
「ハル、無事だったか。そっちに弘文のおっさんは行かなかったか?」
蒼は怪訝な顔をする。
「弘文さんを探しているのか? アンナでは無く?」
「昨日の夜、アンナは何もしないと言っていた。だからアンナは関係ない!」
その台詞を信じたいのは解る。だけど、安奈が居るはずの部屋に、彼女は居なかった。
「しかし、」
「今は言い争っている暇はない! とにかく、何としてでもこれを止めないと。俺は式守神か、弘文のおっさんを探す!」
「だったら、手伝う!」
「いや、俺は一人で大丈夫だ。ハルは光さんと一緒に居てくれ」
そう言って、篠田は上段の間を目指して駆けだす。それを見ながら、蒼はその場で立ち止まり動けなかった。
篠田は心配でそう言ってくれているのだろうが、どうしても足手まといだからと聞こえてしまう。
篠田に着いて行って、万が一に式守神が居たとしても、蒼にはそれを祓う事ができない。かと言って、ここにいても、九字切りが出来ないので、姉の手助けも出来ない。
たまらなく、無力だった。
亡くなった父や、現在、囲いを切ろうとしている姉といった、血のつながった肉親の出来ることが出来ない。
そんな思いをしないために塾に入ったと言うのに、この塾に来てからはそんな思いばかりだ。
こっちは、篠田や姉や、囲いの出来るみんなに追いつこうと必死で足掻いているのに、結局は、彼一人だけが取り残され、みんなはどんどんと先に進んでいく。
力が欲しかった。
たとえ、誰からか奪ってでも。
そう思っているところ、手首を握られ、部屋の中に引きずり込まれた。
篠田が上段の間に向かう途中、少女が倒れていた。
彼女は胸にナイフが刺さり、口から血を流して、弱々しく彼に手を差し伸べ「………助けて」と呟いている。
条件を出した式守神を祓えば終わりと解っているが、これを無視して進めない。
しかし怖くて胸のナイフは抜けず、彼女を抱きかかえたまま光の元に戻っていった。
光は式守神を持っている。彼女の側に居れば、襲われても助かるだろう。ただし、囲いが切れるまで彼女がもてばの話だが。
ここから篠田は、その往復を何度も繰り返した。
光は九字を切りながら、目元を拭った。
篠田によって、彼女の近くに人が運ばれる。しかもただの怪我人ではない。
胸にナイフが刺さったままの者。
腕が切断されている者。
頭から血を流し、呼吸が弱い者。
一番初めに運ばれてきた少女は、さきほどからジッと自分を見て瞬きをしない。その口元の下には大量の血液の溜まりが出来ていて、苦しそうに顔を歪めたままだ。
彼女とは話をしたことは無かったが、これからも話をすることは出来ないだろう。
適切な対処も出来ず、みんなそれほど長くは持たない。少しでも早くこの囲いを切り、病院に連れて行かないと。
焦りの気持ちはあるのだが、最年長と言え、たかだか高校生の彼女だ。他人の命を預かる重みに、血の気が引き指先が震える。
「臨・兵・闘………」
彼女の式守神、千峨右衛門にはそれが解ったのか、さきほどから太刀を止めず囲いに斬りかかっていった。
少し長くなり過ぎたので、二つに分けます。
とりあえず、明日にでも続きは載せます。
後書きは明日の方で。




