ファイヤーワークス アンナ
それは、春先のこの時期には珍しいこともあり、海沿いは多くの人でごった返していた。
その人込みを上手に避けながら、篠田は鼻歌まじりに歩いて行く。
「どこに行くのかって思ったけど、お祭りね」
「アンナはこっちの祭りは初めてだから、息抜きにはちょうと良いだろ?」
「だけど、ここは人が多すぎるわ。もう少し空いている場所に行かない?」
「そうだな、少し離れるがちょっと奥に行ってみるか?」
篠田は尋ねるように蒼を見たが、彼は会話には加わらず、屋台ばかりに目を向けている。
「ハル………塾ではちゃんと飯食ってんのか?」
「そりゃ、もち………」
そこで言葉を止め、蒼は屋台から目線を外した。
こんな嘘をついたところで、篠田にはとっくにバレているだろう。
「………いや、二日目からは食べてない。誰かが勝手に俺の分まで食ってるんだろ」
「だったら買って来いよ。今のうちに食っとけ食っとけ」
「あっー、でも、まぁ、やめておくよ。なんだか負けた気がするしな」
「断食か? ハルは一人抜け駆けして、式守神に憑かれる気だな。アンナ、俺らは食いもの買いに行こうぜ」
「テメぇー、俺を前にしてよく食えるな!」
「俺はもう式守神に憑かれてるから、契約は関係ないかんな」
茶化したように篠田は答える。
「俺だって契約は関係ねーよ。つまんねー事してる奴に負けたくないだけだ!」
「意地はるねー」
「囲いが出来ないんだ、それぐらいしか、張り合えるとこが無いからな」
「そうか、頑張れよ。俺は焼きそばでも食おっかなー」
篠田は耳の穴をほじくりながら、感情のこもってない声で答え、蒼はさらに激怒する。
「シノ、テメぇー!」
そのやり取りに安奈は驚いたような顔をしていた。
塾では誰もが憧れるトップを走る者と、コネだけで入って、囲いさえも出来ないような落第者だ。普通なら、篠田は蒼を見下しあざけ笑い、蒼は荒で篠田を妬んでもおかしくない状況なはずだ。
なのに彼らは、塾に入る以前とちっとも変わりがない。
この二人には、今までの安奈の常識が当てはまらない。
「あんた達って、変ね」
思わず本音が出ていた。
「何だよ、こっちは真剣だっていうのに」
「達じゃねーよ、変なのはMっ気のあるハルだハル」
「Mっ気なんてねーよ! 男の意地だ!」
そこで安奈は噴出して笑った。
「もういいわ、バッカみたい。わたしもフランクでも食ぁべよっと」
いたずら顔で安奈は答える。
「アンナまで、そりゃねーよ!」
「おう、買いに行こうぜ。ハルも、焼きそばの匂い嗅がせてやるから来いよ」
「わたしはフランクの串なめさせてあげる。それなら食べた内には入らないでしょ?」
「おっ、お前ら人の気も知れず! 末代まで恨んでやるからな!!」
「いやハル、意地云々の前に、器ちっこすぎるぞ。おちょこ並みの小ささだぞ」
「やかましい! おまえら二人そろって好き勝手言いやがって。もういい! 俺も食う!」
「おっ、それなら屋台全制覇行ってみるか?」
「そんなに食えるか!」
安奈は再び声を上げて笑い、二人の手をとり引っ張った。
「だったら、行こ!」
突然手を握られた二人は驚いた様子だったが、楽しそうな安奈をみて笑いながら付いていく。
何故か解らないが、今まで起こった色々な事や、これからの事など、その瞬間だけ、忘れていた。
しばらくして、内臓を震わすほどの大きな音が鳴り響き、三人は立ち止り空を眺めた。
そこには、大きく鮮やかな光の花が開き、超高層ビル群を綺麗な色に染めていく。
辺りでは観客の歓喜が上がった。
「近くで上げているから、迫力がすごいな」
蒼はたこ焼きを口に運ぶ手を止め、花火を眺め続けた。
「季節外れだけど、中々良いもんだろ」
篠田もそう感想を漏らし、安奈の表情をうかがう。
彼女は花火を見上げ、うっすらと笑っている。しかしその笑顔は、喜びから来ているのではない気がした。
「花火は、あまり好きじゃなかったか?」
「好きとか嫌いとかの感情は無いわ。………ただ、解らないの」
「解らない?」
「そう。解らない」
安奈は一度、目を閉じてから、ゆっくりと見開き、空を仰ぐ。
そこには、色とりどりの打ち上げ花火が上がり、夜空を染めていた。
もちろん、それは綺麗だと思うし、飽きずに何度でも眺めることが出来ると思うが、それを楽しいとは思わない。寂しさが先に来る。
一瞬で儚く消えてしまうもの。
それは今まで願っていた、自分の夢のようにも、この三人の状態のようにも感じた。
「ねぇ、まるで形を残さない、この花火に、………価値は、あるのかな?」
どこか自問のように安奈は呟く。
「………」
篠田と蒼の二人は、何故かその問いかけには答えられなかった。
たしかに安奈は《花火》と言ったのだが、何故か二人には、《わたし達》という言葉に聞こえたから。
ただの友達である、形も残らないような関係。
そこに価値はあるのだろうか?
花火が終わり、塾に帰るころ、安奈は寄りたいところがあると、一人、街中へと消えていった。
その後姿を見送った篠田に蒼はたずねた。
「着いて行かなくて良いのか?」
「まぁな。誰にでも一人になりたいときはあるだろ」
「いや、そう言う意味じゃなくて………」
そこで言葉を止めてから、目を細めて蒼は言い直した。
「目を離してもよかったのか?」
「………まるで、俺がアンナを監視しているような言い方だな」
篠田は何かと安奈に気をかけ、好意があるような素振りを見せているのだが、昔からの腐れ縁だからこそ、蒼には解った。
彼女は誰にでも好意を寄せられるようなかわいらしい外見だが、篠田の好みとは違っていた。
しかし、彼女を友達として心配しているの所には嘘は無いだろう。
「違和感を感じているんだろ? 塾で最初、謁見の間に皆んなが集まった時、『この塾に参加すれば総本山に入れるか』と尋ねたのは、アンナだ」
「………」
「なぜ彼女は、それをあの場所で聞く必要があった?」
蒼と篠田は、安奈と半年前に知り合っている。しかし二人は、彼女が総本山に入りたいと聞いたことが無かったし、態々、あの場で聞かなくても、いつでも保護者の未国 弘文に聞けば良い話だ。
「賃金も良いし、気が変わったんじゃねーの?」
篠田は知らを切ったように軽くそう言う。
「本当にそうなら、叔父さんに言えばいい。アンナは囲いも出来るし、囲いの出来ないこの俺が、今回の塾にコネで参加するより簡単な話だ」
「おいおい、さらっと自分の不正を告白すんなよ」
「みんなが気付いていることだ」
「開き直りやがったな、始末わりーぞ!」
「茶化すなよ。他にも気付いているんだろ? 式守神の噂を流したのもアンナだと」
篠田はそこでようやく真剣な顔になった。
「お前って、そう言うところが怖いな。勘が冴えてるっていうか、読みが深いっていうか」
「アンナと知り合った時期は同じぐらいだ、シノが気付く事なら、俺だって気付くさ」
「俺はそこまで勘づかなかったよ。だけど、今回はハルの考えすぎだと思うぞ。もしそうだとしても、アンナの利益になる事は何も無いからな。あいつ風に言うなら、そこに価値は無いぞ」
そう笑って歩いて行く篠田を、蒼は納得してない様に頭を搔いた。
たしかに、篠田の言う事はもっともで、総本山に入れるかとたずねたり、式守神に憑いてもらえると噂を流したどころで、何も安奈の得にならない。
しいて言うなら、この塾内の競争に拍車がかかったことと、「辞めたい」と言い出す者が居なくなったぐらいだ。
しかも、安奈が本当に総本山を目指しているのなら、辞める人が出て、人数が減ったほうが総本山に入りやすくなる。そう考えると彼女の行動は真逆になる。
ならば、ほかに理由があるのだろうか。みんなをこの塾に引き留めておく理由が。
それとも、いつもの様なただの彼女のイタズラか。
「確かに、理由が思いつかない。俺の深読みかもな」
そう返しながら、蒼はもう一つ腑に落ちない点があった。
ならば、なぜ、篠田は安奈を監視しているのであろうか。
そして安奈は、ビルの屋上で呟く。
「さて、何人死ぬかな?」
みんなが寝静まった頃、安奈が屋敷に戻ると、玄関先で篠田が待っていた。
「………寝むれないの?」
「アンナを待って居たんだ。一つ聞きたくてな」
「………何を?」
「アンナ、君は、この世界を憎んでいるのか?」
珍しく、真面目な表情で篠田が訊ねる。思わず安奈は吹き出して笑った。
「笑う所じゃない、真面目な話しなんだ」
塾の初日に自分の現状を知ったゆえの言葉だろう。安奈はそのニヤけ顔のまま、逆に質問をかえす。
「あなたには、わたしがかわいそうに見えるの? 金で買われたわたしは哀れ?」
「違う、そう言う意味で言ったんじゃない」
慌てて篠田は否定する。
「笑っていても、泣いて過ごしても、人々には平等に時は流れるのに、わたしはみんなより劣ってる?」
「だから、そんな風に………」
篠田が何度も否定したところで、安奈は言葉を止めない。全て吐き出したいのだろうか。
「だったら、逆に聞きたいけど、Aクラスで皆に憧れられている、素晴らしい才能を持つ俊は、そんなに優れた人生を送って来たの?」
「そんな事が言いたいんじゃない。俺はお前が心配なんだよ!」
この台詞に、安奈は本当にうれしそうな笑顔で答えた。
「知ってる」
篠田は呆気にとられた顔で、その笑顔を真剣に見ていた。
「俊が、わたしの事を心配していることも、蒼に気を配っていることも、知ってる」
「だったら、アンナがこの塾で、何をしようとしているのか教をえてくれないか?」
「あら、一つって言いながら、二つも知りたいの? 欲張りね」
「こっちだけでいい」
彼女はその表情を変えないまま直ぐに答えた。
「わたしは何もしない」
篠田は睨んだように安奈を見る。彼女も口を閉じそのまま見つめ返す。
しばらく二人は見つめあうが、その表情からは、嘘をついているのかどうか解らなかった。
「信じていいのか?」
「この答えでは不満? 皆殺しにしてやるの方が良かった?」
篠田は思わず苦笑いした。
結局、安奈がどう答えようが、信じるかどうかは自分で決めるしかない。
「わたしはね、あなたと蒼に対しては対等に喋っている。だから、もう一つ白状するなら、あなた達のどちらかをなびかせられなかったのは残念でならないわ。これでもそこそこモテたのに」
そう言って、わりと本気そうな溜息を吐く。それで篠田は信じることにした。
「その言葉を信じるよ。何もないなら良いんだ」
「そう、良かったわ。これであなたに邪魔されずに済む」
今度はいたずらっ子のように笑う。
「どっちなんだよ」
篠田も笑った。
「ねぇ、嬉しいから、本音ついでに最初の質問にも答えてあげる。今までの人生は嫌な事も多かったけど、わたしはこの世界を恨んではいない」
その笑顔で、この言葉だけは本当なのは解った。
そして次の日の夕食後、部屋でくつろいでいる時に、各部屋に蒼以外のⅭクラスの手によって色々な道具が運びこまれた。
鎌や鉈やのこぎりに、金属バットや大木づち、ナイフに模擬刀ではない本物の日本刀。
みんな意味が解らずに混乱している中、未国 弘文が廊下側から声を張り上げ説明してくれた。
「みんな聞いてくれ。今回の塾に参加してくれた子の中で、私は一人だけに推薦書を書こうと思う」
今度は塾の参加者達はどよめく。
「ただしそれには条件がある。みんなは今回この塾に居れば、式守神に憑いてもらえると噂されているのは知っているだろ? その噂は本当で、その式守神に憑かれたものに推薦書を書こうと思う」
そこまで言ってから未国 弘文は左手で五十芒星を書いた。
建物は五十囲いに囲われる。
「?!」
篠田と蒼と蒼の姉の光の三人だけが、その状況に目を細めた。
「その式守神から条件が出た。――――最後の一人に憑いてくれると言うものだ」
とてつもなく嫌な予感がして、Ⅽクラスの者の持ってきた刃物や鈍器を見てから、外の囲いを見た。
逃げ道は無い。
「だから、今から殺し合いをしてもらう」
そして、電気が消えた。
何とか出来上がりました。
ようやくここまで来たたなって感じ。
次の次で、ワイヤーワークス終わりだ。
長くかかりました。二年だからなー。
まー、半年以上書けない時間があって、自分の中でもやきもきしましたが。
とにかく、あと少し、頑張ります。
あと、もう少し活躍するはずの蒼の姉が出て来ないな。やばいな。大丈夫かなと心配しつつ。
さて、今回のキャラ説明ですが、説明したい主要メンバーは、砂那と、ベネディクトと、その姉のアガットと、雨花の四人で、しいて言うならナインワードぐらいですが、説明したら色々とネタバレも入ってくるんだよなー。
だから今回は無し。
次回は、みんなの興味無さそうな使用ロードバイクを載せます。
では、また、次回の後書きで。




