10 魚が跳ねる
フィン先生が英語喋ってますが……適当です。文法が違っててもそこはスルーして下さい…。何で英語苦手なのに登場人物に入れてしまったんだろうと,激しく後悔…。
壁一面に張られたガラスが鏡のように光を反射していた。西日かと思われた赤みを帯びた光が階段をも照り付けている。
でも,その光は夕日を反射したものではなく。
グラウンドと広がる住宅地が見えるはずの窓ガラスには,魚が泳いでいた。
水族館で展示されている熱帯の生態ブースのように,巨大な肺魚が悠々と回遊している。
赤みを帯びた光は夕日ではなく,その水が放っている光だった。
「It is unbelierable,and what is it?! 」
横から横文字の感嘆文が流れる。
という事は。この光景は俺が見ている幻でも白昼夢でもないらしい……と冷静に思っている俺はオカシイのか。いや,アンビリーブとか言って感嘆してる先生もオカシイのか。
ほのかに赤く光を放ち揺らめくガラスの向こうで泳ぐ,俺の背丈ほどはある巨大肺魚。
何十匹の中で一つが飛び跳ねた。
しなる尾びれがガラスを叩いたと,そう思った瞬間に白い足が飛び出す。
ピチン。ピチン。パキン。
水音と小さな破裂音が連続する中,水槽のような壁のガラスから腕が出る。足が出てくる。
マネキンのように,均一でしなやかに美しい腕や足が出てくる。
肺魚がガラスにぶつかる度に飛び出すソレは,揺れる水草のように伸びてくる。
集団演技のように,たおやかに揺れながら伸びてくる美しい腕達と足達。
伸びる腕が目の前で揺れ動く。
細く伸びる指が,そっと俺の頬を撫でる。冷たさに武者震いをして,息を大きく吐き出す。
何だ,これは。
「OHHH!! 」
「フィン先生っ」
俺の横にいたはずのフィン先生が,目の前を横切る。
無数に伸びている手足が,獲物を捕獲するイソギンチャクのようになっていた。
白い手足に全身を包まれるように絡められたフィン先生に無我夢中に手を伸ばす。手首を掴んだ途端,俺の体も浮き上がった。引きずり込まれると単語が浮かぶ前に,咄嗟で手すりに足を引っ掛ける。
「オーマイガッ! オーマイガッ! 」
「ーーーっ! 」
ガラスの向こうに引きずられる。奥歯をかみ締めて右足に渾身の力を込める。
手すりの内側にかけた足に体を引き寄せ,右手でフィン先生の襟元を掴んだ。
「オーマイガッ!! 」
「先生! 手ぇ伸ばして! 俺を掴め! 」
「I cant do it! 」
音もなく,大人を引きずり込もうとする無数の手足が,フィン先生を通して俺の腕にも侵食してくる。
冷たいソレが次々と左手に覆いかぶさり,引っぱってくる。
「Ido not have them!! 」
ガラス向こうから伸びる腕や手が,無数に増えていく。
魚の大群が,ガラスの向こうから静かに凝視している。
瞬きもしない何百もの眼。飢えた魚達の群れが,餌を求めて蠢いている。絡みつく腕や足が,俺達を縛り上げる。
「Icant do it!! 」
恐怖で竦んだ瞬間に腕たちが俺の脚を無理やり手すりから引き剥がし,フィン先生を掴んでいた右手で手すりを掴む。
肩に強い衝撃。痛みなんて感じない。右手に全体重を込める。それでも圧倒的な力が引き摺りこもうと襲いかかる。
一本,二本と,指が剥がされていく。駄目,なのか。
喰われる……っ。
『諦めるな』
目の前に黒い影が振ってくる。
『諦めれば負けだ』
長い尻尾が揺れる。
『負ければ異界へ引きずり込まれるぞ』
三角の耳が凛々しく立つ。
『それでも児嶋家の男子か! 』
小さな口を開き,鋭い牙を立てて俺の腕を包み込む白い腕にかぶりついたのは,黒い子猫だった。
金色の瞳を輝かせ,子猫は白い腕を噛み千切った。まるで紙のように破れて消えていく。
『その魂を奮い立たせろ! そこの異人も気をしっかりと持てぃ! 』
「うぉおおお! 」
もう,何でもいい。
猫が喋っても構やしない。ガラス窓が水の底になって,腕やら足やらが襲い掛かってきた今さら,猫が喋ろうと構やしない。
猫が腕を噛み千切ってるのに,俺が負けるはずがない!
根拠のない思い込みで,もう一度だけ渾身の力を振り絞りフィン先生を引っぱる。
途端,ビリビリと音を立てて腕や脚が破れていく。
『良いぞ! 意志の力が全てだ! こいつらを破るのを想像せよ! 』
「紙,紙,紙ぃぃいいっ」
爪を立てた猫がフィン先生を包んだ腕を引っかいて,俺が引っぱりあげて腕や足が千切れていく度に紙のように破れていく。
赤い光に照らされて宙へ浮かぶ欠片は,まるで桜吹雪。
『想像せよ! こやつらを切るのには何が必要だ! 』
「くそおおっ」
猫が偉そうにっ。紙を切るのに必要なのは一つしかないだろうっ。
噛み締めた口の中に鉄の味が滲む。
欲しいのは,一つ。欲しいのは,鈍く光るアレ。
頭にイメージが浮かんだ途端だった。猫が俺の頭に飛び掛り宙を回った。
黒い子猫が,人間に変化していく。
短く刈られた黒髪,白い綿シャツに,黒いズボン,鋭い目元。馴染みある顔。
「オーマイガッ! 」
フィン先生のひっくり返った声。俺も掴んだ手を離しそうになる。
「児嶋クン,ネコデスカ! 」
違うっ。
黒猫が俺に化けたんだろがっ……とツッコミを心でいれつつ,目を奪われる。
俺そっくりのソイツは,手に刀を持っていた。
昨晩やったRPGゲームに出てきた『光の剣』をスラリと抜き放つ。
赤い光を照り返すソレを,俺は想像した。怪獣や魔物を片っ端から切り倒したソレを,つい想像していた。
その想像の産物を,何で猫が化けたソイツが持っている?
疑問が浮かぶが,遥か何光年先へと飛んでいく。
『切れ! 』
放り投げられた両刃の刀を左手で受け取り,足元目がけて振り下ろす。
声なき絶叫が空間を切り裂く。腕や足が切り裂かれ,桜吹雪の如く散っていく。
「ぅおおおお!! 」
自由になった足で宙へ踏み込む。背中まで反り返った勢いを活かして,渾身の力を込めてフィン先生の下半身に巻き付いた腕や足目がけて振り下ろす。
微かな手ごたえと共に,視界を阻むほどの桜吹雪が舞い上がる。それは絶叫のように。
「アウチッ」というフィン先生の声が桜吹雪の向こうから聞こえた。まるで巻き戻しの映像のように,全ての桜吹雪がガラスへと吸い込まれていく。巻きあがった欠片も,千切れた腕や足の一部も,放射線を描きながらガラスの向こうへと消えてていく。
非現実な光景の中,宙ぶらりんだったフィン先生が重力に従って床に落ちて悲鳴を上げる。
全ての欠片が吸い込まれ,赤い水を湛え光っていたガラス窓が外の日常を映し出す。
夕日に照らされた瓦の海が続く。遠くの電車の音も聴こえてきた。
俺の荒々しい呼吸の音も,フィン先生の繰り返す「オーマイガッ」も。野球部がグランドを走りこむ掛け声も,河村さんが奏でるクラリネットの音も。
「何だ,こりゃ……」
張り付いたように握り締めた左手を意識しら途端,俺が見ている前で刀が淡く光りながら熔けるように消えていく。
「どーなってるんだよ……」
『黄帝の魚だ』
俺と同じ顔をした男が答えた。
『黄帝が封じた異界の魚が溢れ出すぞ』
あぁ,神様。
気絶していいですか。
毎週水曜に更新していましたが,体調不良の為にストックがありません。
申し訳ありませんが,しばらくお休みします。
ごめんなさい…。
9月には復活しているかと思いますが…また詳しくは活動報告で書かせていただきます。
いつも読んで下さっている方,たまたま読んで続きが気になってくださった方,申し訳ありません。ちゃんと続きは書く気満々なので,本当。