第48話 すれ違い
「・・・まいった」
「そこまで!!」
剣先を喉元に突きつけられた女は悔しそうに負けを認めた。
勝敗が決まり、剣が喉元から離れると「またか」といった感じで先の砕けた剣をジッと見つめていた。
「いやあ、危なかったぜ!オレの方が少しばかり、運気が強かったみたいだな」
そう言うと試合に敗れた女に手を差し伸べて立たせてやろうとした。
「ふん!何が運気だよ。只でさえ強い、ってのに剣先を合わせて砕くとかそんなの出鱈目だ!・・・クソッ!これでもまだ敵わないのか!」
座り込みブツブツ悪態をついていたが、オレの手は受け取らず膝の砂を払うと闘技場からさっさと降りた。
「・・・夜は、飲みに来るんだろ?」
背中越しに声をかけると
「あなたが来ないなら」
と、此方を向きもせず肩を怒らせてズンズンと消えていった。代わりに審判を務めていた初老の男が彼の肩に手を置きポンポン叩いた。
「いやあ、やはり見事なものだ、ヴァーレ!!いや、ヴァーレ師団長殿、と呼ばなければな!!これでまたこの街の平和は約束された様なものだ!それと、第一子、おめでとう!今日はその祝賀会に華を添えられたな!」
第一子・・・オレが父親に・・・そう考えると少しばかり照れくさくなった。
「いやあ、オレは街の平和なんてそんな大それた事は・・・生まれたばかりの子と妻を守るだけでも手一杯で・・・結果として街が守れているだけです」
ヴァーレは足早に場外へ消えていった女の方へ目をやった。
「ふむ。サオリーナか・・・。うむ。アイツは強く志も高い。だが、いつしか強い者しか認めなくなったのと負けず嫌いなのがたまにキズじゃな・・・。あれでは部下が付いて来んよ!・・・いい女なのだがな」
確かにアイツは誰から見てもいい女だと思う。
「・・・そう、ですね・・・」
オレが入隊した時には既にサオリーナは分隊長補佐だった。
女性ながらに剣技に優れ、魔力を剣に載せるその腕前において彼女の右に出る者はおらず更に薬学にも精通していた。特にカエル毒については今も遊撃隊の正式毒として採用されている程の知識の持ち主だ。
長身でハスキーボイス、誰に対してもざっくばらんな性格は皆の憧れの的で当然オレも憧れた。いや、憧れと言うよりも恋心だった。
ある時、突然ハイオークの軍勢が攻め入って来た事がある。オレはまだひよっこで二匹のハイオークに囲まれビビって動けなかった。剣技もまだ未熟な上にオレは魔力のコントロールが苦手で、エルフ特技の気配を消す能力が他人より劣っていた。その為、逃げることも出来ず剣を握り締め叫んで威嚇するのが精一杯だった。
“もうダメだ”そう思った時、二匹が4つの肉片になったのだ!
よくある話だが、オレはサオリーナに救われた。一瞬でハイオークを真っ二つにしたその剣技に、差し伸べられた手の温かみに、惚れた。
オレは彼女に一人前の男として見てもらえる様、努力した。師に恵まれた事もあり瞬く間に彼女と肩を並べるようになり、空に投げたリンゴの種を四等分に出来る程の正確な太刀筋を身に付けた。
魔力は相変わらず気配を消すのが苦手のままだったが、相手の魔力の一部を支配しコンマ何秒か動きを制御する魔法を一つだけ覚えることができた。
これを組み合わせる事によってほぼ無敗となり、これで今度はオレが彼女を守る事が出来るようになったと歓喜した。
だが、思いを告げるような事はしなかった。互いの道を極めるのに邪魔になると思ったからだ。
ある日、旅に出ていたサオリーナの薬学の師が診療所に戻って来たと言うので、オレも誘われ彼と会う事となり、その際にエルフとしてはまだ若いが優秀だと言う弟子も紹介された。
その弟子には幼馴染みの女性がいて、彼や師匠の身の回りの世話をしていたのだが、簡単な回復薬の調合や怪我の治療なども担っており、師が旅の間ここの診療所を任される事になっているそうだ。
彼女が来てからというもの、診療所には彼女目当ての男達が連日列をなした。ある男が言っていた。『傷ってのは、心が癒されると治るのも早い』と。
確かにその通りだとオレも思った。彼女の手当はなんと心地よいことか!!
「いつも大変なお仕事、ありがとう御座います」
戦闘から帰る度、いつもそう言って心休まる治療をしてくれる。そんな彼女にオレは次第に惹かれはじめ、何かと理由を作っては彼女の元を訪ねる様になった。必要のないキズをわざと負ったり、ハードトレーニングで疲れ果ててみたり・・・。
彼女も「また怪我?しょうがない方ね」とか呆れながらも優しく微笑んでくれるのだ。その笑顔が見たくて、またわざとケガをする。彼女もまた、これは自惚れかも知れないがオレを待っているように思えた。
小隊を任される様になった頃、戦闘が長引きしばらく訪ねられないことがあった。オークの大軍が街から数キロ離れた場所にある砦に幾度となく攻め入って来ていたのだ。
オレとサオリーナは別々の部隊を任され彼女は南方、オレは北方と顔を合わせる事も無いまま、気が付けば二十年が過ぎた。
やがて我が軍が勝利を収め、凱旋するや否や取るものも取り敢えず診療所へ向かった。だが様子がおかしい。いくら出兵して男達が少ないとはいえ、あんなにも列をなしていたのに、今は誰も居ない・・・。不審に思いゆっくりとドアを開けると中は薄暗い。色々な物が使いかけのままで、それらは時間が止められているかのようだ。
診察室の奥へ進むと、ベッドに腰を掛けた彼女がいた!しかし、精気無くオレのカルテを見つめる彼女のその姿はまるで蝋人形の様だった・・・。
「・・・リコレーノ!!」
声をかけると彼女はオレを見るなり正気を取り戻し、大粒の涙をこぼしながら飛びついてきた!!
「ヴァーレ!!・・・良かった!!本当に良かった!!あなたに何かあったのでは無いかと・・・本当に良かった!無事でいてくれてありがとう!!」
と、その場に泣き崩れた。
オレがオークどもを切り裂き、自身の剣技に酔い痴れている頃、彼女はオレの事を心配していてくれていたのだ!オレが訪ねてくるのを心待ちにしていてくれたのだ!!慕われ続けてもらえていたと思うと胸が張り裂けそうなほどに狂おしくなる!!
それは過去にサオリーナに抱いていたような憧れや恋心とは別の、これこそが愛なのだと知った。オレは嗚咽する彼女を抱きしめた。
「もう、二度と君を悲しませたりはしない!心配はかけるかも知れないが、必ず君の元へ帰ってくる。だから、もう、泣かないでおくれ」
「本当に?」と彼女は不安げな顔でオレを見上げた。返事の代わりに精気を取り戻し紅さす頬へ、そして潤う唇へ口づけをした。その行為に彼女はまた涙を流し始めた。
オレは彼女が心の底から愛おしいと感じ彼女を抱きしめ直すとベッドに横になった。
彼女の手が頬に触れる。彼女の頬にかかった髪を払ってやり額にキスをしてもう一度、見つめ直した。二十年という刻は彼女の涙に染み込み、思いの丈と共に流れ落ちていた。
オレ達はそのまま一夜を共にした・・・。
その日からは生まれ変わったような気分だった。逢瀬を重ねる毎に強くなった。真に守るべきものが出来たからだ。今、世界はオレ達を中心に回っているようだった!全てが上手く行くような気がしていた!
護る為の剣技は冴え渡り、瞬く間に師団長へと上り詰め尊敬の眼差しを受けるようになった。
・・・思えばこのあたりが幸せの頂点だった。
世界の情勢は、女神信仰を主とするヒト族による進軍が多種族を制圧しつつあった。それは我らエルフ族も例外ではない。彼らのもつ“加護”と言う得体の知れない力に屈服するより他なかった。
それは例えば突然の竜巻。陣営のど真ん中に突如として現れる魔獣。天変地異を彷彿とさせる地割れや噴火・・・。数え上げればきりが無いがそのどれもが例外なくヒト族以外に降りかかっていた。いや、正確には女神を崇拝するもの以外に、だ。
我々の都市からそう遠くない西方の都もやられた。此処もいずれ戦火に巻き込まれることになるかも知れ無いが、オレの選りすぐりの奴ら・・・何よりサオリーナも今は此処に居る。オレと彼女が居ればこの街は大丈夫だろう。
・・・ただ、気がかりな事があるのだ。サオリーナの様子がどうもおかしい。師団長になった折、彼女をオレの本隊に配属したのだが久しぶりに会った彼女はどこかよそよそしかった。まあ、オレも一応師団長で上司にあたるから遠慮しているのだろうと思った。
戦闘ではやはり彼女の活躍はめざましいものがあったのだが、二年に一度行われる師団長試験に彼女は最後までは残る。残るのだが、毎回弱くなっている気がするのだ。何か、焦り、の様な・・・。
特に今回の試験は世辞は言ったものの酷い有様だった。端から見れば壮絶な打ち合いに見えただろう。しかしオレは彼女の魔力の流れが異常な事に気が付いた。
魔力は普段滑らかに流れ、時に鋭く走る。しかし彼女のソレはどちらでも無く、全体的にささくれだっていた。あれは何か・・・薬によるドーピングではない。考えたくは無いが禁忌を犯している可能性がある。
・・・多分、オレのせいだろう。彼女は遠征から戻るとすぐにオレに会いに来たのだが、その時は既にリコレーノと結ばれていた。それを報告すると「おめでとう」と一言だけ言ったが、その表情は明らかに強張り目は曇っていた。
その日から彼女は変わった。誰にでも分け隔て無かった性格は強者のみしか認めず、特にオレに対しては病的なほど敵視してきた。ソレが原因で空回りし、余計に彼女を弱体化させていたのだが今回は違った。
「確かに強かった・・・。だが・・・」
今夜の飲みでその辺りを問いただそうかと思っていたのだが仕方ない。実は祝賀会は娘のお披露目も兼ねているのだ。無粋な事はやめにして明日にでも彼女の家を訪ねる事にしよう・・・。




