第17話 腕相撲
日も傾きはじめた頃、キャラバン隊が到着した様子なので再び市場を訪れた。馬二十頭にホロ付きの荷車が五台となかなかの規模である。うち、既に何台かは荷を下ろし終えていたようだがちらっと見た限りでは生鮮品や酒などが主で、雑貨の類いはまだのようであった。
そのうちの一角に妙に人だかりが出来ている。興味がわいたので覗いてみると、どうやら力自慢の隊の男が腕相撲の相手を募っているようだ。賞品は酒樽二つか穀物が五十キロ程詰まった麻袋三つか、であった。どちらも別に欲しいものでは無かったが、セリセリはそれらよりも男のほうが気になった。その男はセリセリよりも更に頭一つ大きく、前に立たれたら完全に隠れてしまうほどの体躯の持ち主で、そいつがテーブルに腕をセットし待ち構えている。なるほど、確かに力はありそうだ。
「もしかすっと、これは男と地図が両方いっぺんに手に入るんじゃないか?だとしたら、旅は終わりで地図も帰りのやつに変更だな♪」
「んナァ・・・そりゃ、おめっとさんナァ、くぅん、うん、・・・よかったナァ」
もしそうならチョットだけ面倒な事になる。結局、オイデは子作りの説明をすることが出来ずにいたからだ。
”まぁ、成り行き任せで何とかなるんでないかナァ・・・なるかナァ?・・・ちょっと、不安ナァ”
「どうだい?誰か居ないかい?そっちからはお代は頂かねぇよ!!誰でもいいぜ!!さぁ!誰かいないかい?オレに勝てばいいだけだぜ!」
自分が負けることは万が一にもない、そんな自信に満ち溢れた口上だ。無謀にも挑戦したやはり力のありそうな男が腕をおさえて転がっているのが余計に挑戦者を遠ざける。トドのつまり、この男はただ自分の鍛え上げた筋肉の自慢がしたいだけなのだ。
皆が相手にしないよう目を背けて散らばっていく中、セリセリが前に出た。
「はいはーい!私でもいっかな?ちょっとオマエの力がどんなんか見てぇーんだ♪」
皆が彼女の名乗りにギョッとしたが、その場を去ろうとしていた者たちも何だ何だと再び集まってきた。
「う~~ん。おじょうちゃんかぁ。ごめんなー。女と子供はちょっとなー。怪我させちまうと、俺が悪くなっちゃうじゃん?」
「うん?私は怪我なんか気にしないぞ?さあ!やろうぜ!」
そう言い、右手をテーブルにセットする。
「おじょうちゃんよ。つまんねぇ冗談はよしてくれ。それによ、その右手。武器ありゃ勝てるってか?そりゃー駄目だぜ」
「ああそっか。右手のこれ私の一族に代々伝わってる武器のひとつでさ、村に帰るまでは外しちゃいけない決まりなんだ。んじゃこっちでもいっかな?」
セリセリは左腕を代わりにセットした。
「アーハッハッハッ!左?ヒヒヒッツ。ひだ・・ヒヒヒッ。くるしぃ。無理だよお嬢ちゃん。無理無理無理。早くお家帰ってご飯でも食べてなって。それとも、俺を小馬鹿にしてんのか?勝負になんねーよ!・・・まぁ・・どうしてもってんなら、後で、ちょっといい事させてくれんなら、勝負してやってもいいかな」
"よく見りゃ若くていい面してんじゃねーのよ。ちょっと女にしちゃあデカいがツイてるぜ。女神さんありがとよ。寝る前に毎晩祈ってる甲斐があったぜ!"
「いい事?よくわかんねーけど、いいぜ!私に勝ったらオマエとの子供が欲しいんだけど、いいか?あと私の村に連れていく」
”こっ!子供って、ま・じ・か!私に勝ったらってよ、俺が勝つに決まってんじゃん”
俄然、男と一本に気合が入る。
「んナァ、オマエちょっと考え直した方がいいんじゃねぇのかナァ。そのよぉ、もし負けちまったら大変、いや、おめでとうなのかナァ?あれ?んー・・んナァ!もうわかんね!オイラどうなってもね知らねーかんナァ!」
今まで自分が喋ると気味悪がられてたので小声で喋っていたのだが、この時ばかりは大声が出てしまった。
「お?岩キツネじゃあねぇか。マジで喋るんだな!おぉ~気持ちわる!!シッシッ!あっち行け!ツキが落ちちまう」
オイデも頭に来たが、セリセリもカチンときた。
「コインが落ちた音が合図だ。恨みっこなしだぜ?おじょうちゃん♪」
「うるせぇな、はやくしろ」
神妙な顔つきで事を見守っている村人の中から一人、合図用のコインを受け取るように促す。しかし男は浮かれすぎて渡す直前にコインをうっかり落としてしまった。
・・・妙だ。拾おうとしたのにいつの間にかに女が逆さまになってる。
”あれ?おっかしいな。コインがねぇし、足元が空??女だけではなく全ての物が上下逆に見えんぞ!?”
自分が腕を倒され、その勢いで吹っ飛んだことに気が付いたのは遠くの地面に叩きつけられてからであった。
今まで黙り込んでいた村人たちも、男が地べたに座り込んでキョトンとしているのを見て誰となく「ぷっ」と吹きだした。それを合図に我慢していた笑いを一斉に解き放った。
「だーめだよアンタ。セッちゃん怒らせちゃぁ」
「黙っててごめんな。彼女が恐ろしく強いの、実はみんな知ってたんだ」
「いやあ、あんちゃん、いろいろと惜しかったねぇ。奢ろうか?」
「セッちゃんはよぉ、家位あるオスの爆走マンモスを殴り倒しちゃうんだぜ?ヒトじゃあ勝てっこねぇって話よ」
村人たちは代わる代わる男に慰めの言葉をかけた。あそこまで見事に吹っ飛ばされると、ちょっと屑な奴でも同情したくなる。
実際、男も力量の差を体感し素直に負けを認めた様子で態度もコロッと変わった。
「済まなかった。いやほんとすんません。マジでごめんなさい。調子に乗ってました!・・・あねさん、強いっすね。俺、ヒト相手に負けたのぁ初めてっすよ!!」
「私はいい。オイデに謝れ」
「・・・オイデ?あっ!岩キツネですか?オイデさんって言うんすね。・・オイデさん申し訳なかったっス。ちなみにあねさんのお名前聞いてもいいすか?」
「うん?まぁ、ちゃんと誤ったし、オイデも、もういいよね?私はセリセリ。セリセリ=エルドランド=ガランドだ。おまえは?」
「俺は、ゴリラ。ゴリラ=ケブッカイって言いま・・・エルドランド?!あの、おっかねえ、関わるとロクな死に方出来ねぇっていうあの一族の?」
「オマエ、ホントやなヤツだな。名前なんか聞いて損したよ。フゥーー、まぁいいや。で、さっきオマエが言ってたイイ事ってのしようぜ。決まり事だからな」
「うわ~~!!わぁ!わあ!ほんと!ほんとすんません!!忘れてください!!」
男は焦りに焦った。このおじょうちゃん、イイ事の意味がわかってないっぽい!マズイ、間違いなく殺される。すがるようにオイデを見つめ、必死に”何とかして~”の念を送り続けた。あまりにも熱視線なものだから無視してそっぽを向いていたオイデも、さすがに鬱陶しいので顔を上げた。この男が殺られるのは何とも思わないが、コイツにや・ら・れ・る・のは気分が悪い・・それはないと思うが。
「くぅん。んナァ、セッちゃん。コイツに勝ったんだからよぉ、貰うもん貰うだけでいいナァ。酒か?酒なんかどうナァ?」
急にセリセリがオイデのお腹に顔をうずめてスンスンし始めた。
「んナァ?!ど!どうしたんナァ?」
「うう~。初めて名前よんでくれた~。縮めてるけど、呼んでくれたよ~。も一回よんでくれよ~」
「・・セッ・・・くぅん、い、今はあれナ!賞品ナ!もらうナ!そ、そんで・・・とっとと地図探すナァ!」
耳がピンと立ち顔が熱い。どうにもこそばゆいので再びセリセリの首にクルっと巻き付き顔をうずめて隠した。
「あの~、あねさん?勝負なんできちっと勝ち分、持ってってくださいよ。酒でいいですかい?」
男が申し訳なさそうに聞いた。
「うん?私、酒は飲まないんだ。筋肉がダメになるからな。それに、酔った時に襲われて死んだ奴もいたし。お前も飲まない方がいいぞ?」
「わ!一緒っすね!!俺も飲まねえんすよ~あねさん!やっぱ筋肉大事っすよね!・・あー、じゃあ穀物の方でいいんですか?」
「うん。でも重いしな~。私地図を手に入れたらここを離れるし・・どうしよう。あ、じゃあ、村のみんなに分けたげてよ」
「え?地図!?あねさん地図が必要で?でしたら俺の押さえたのが・・・ちょっと待っててください!」
そう言うと男は自分の荷物をごそごそとやり出し、次の町までの地図をセリセリに差し出した。
「どうぞ!俺が次の町用に買っといたヤツっす。俺なんかよりあねさんに使ってもらえる方が地図書いたやつも浮かばれるってもんですよ」
「いや、嬉しいけど、ダメだろ。ちゃんと買うよ。高っけーからな、地図」
「俺があげたいんす!もうマジで使ってください。あねさんに惚れちまったんすよ~俺」
「うん。そうか、そんなにいうなら貰うよ。なんか、悪いな・・・そうだ!イイ事ってのした方がよくないか?」
「いや、あの、ほら・・・それっすよ!女の欲しいもの渡す、ってことがい・い・事・なんすよ。いやぁ~、よかった!渡せて!じゃぁ、村の奴が奢ってくれるってんで飯でも喰いに行ってきます!あ、オイデさん、あねさんの事、よろしく頼むっすよ!良い旅を!」
「あぁ、ゴリラもな!」
何だか釈然としないがとにかく地図は手に入った。市場のおっちゃんお店には後で寄ろう。地図を探してもらってたのが何だか悪い気がするから、お代の半分くらいは置いてこよう。
子を授かるための男はここでもやっぱり駄目だったけど、まぁ、こうしてオイデと旅するのも悪くはないかな、と思えるようになった。
明日は、朝日が昇るよりもずっと早くこの村を出なければ。馬車の停留所を通らない道で出ていこう。明日はあの子たちに会いたくない。
その日の夜は眠れなかった。オイデをずっと胸に抱きしめたまま目をつむる事さえ出来ずにいた。




