第14話 おいでオイデ
「・・・えらいとこ、見ちまったナァ・・・オイラ湯に浸かりに来ただけなのにナァ・・・」
一匹の若い岩キツネが岩陰に身を寄せ、一部始終を見守っていた。
「オイラもそれなりに強いけんど、あの数に囲まれたら逃げんのは無理だナァと思ってたらよぉ~」
いつものように温泉に浸かりに来てみたら女の先客が一人、湯船に浸かっていた。そこへ宝箱を担いだ盗賊団が逃げて来た。彼らは湯船の女を見るなり襲いかかったが全て返り討ちにあい逆に殺されていたところだった。
「あのオンナ恐っろしいんだナァ・・んでも・・・これはチャンスなんなだナァ!今日は散々だったもんでよ。きっと良いことねぇとな!あのお宝は、きっとめっけもんだからソレもらって、今日はもうなんもしね。すっげぇタカラ入ってたら今日どころか、しばらくな~んもしね」
女に気付かれないようこっそりと宝箱に近づいて錠を見ると、鍵は開けてあるようだ。
「まあナァ、例え掛かってたってオイラにかかりゃ、わけないんだナァ♪」
岩キツネは大きな岩をくり抜きそこに巣を作る。その為前足の爪が固く鋭い。並程度の鍛冶屋の鍛えた鋼よりもよほど良い武器となる。
このての魔獣は大抵、乱獲の対象となる筈だが、ハンター達の間では彼らは”すばしこく獰猛で、賢く鼻がきき、気高い。ときに美女や少年に姿を変え言葉巧みにハンターを誘い込み、鋭い前足ではらわたを引きずり出して喰らう”魔獣だと、恐れられている。実際は、まぁ、そこまででもない。
人語を操るので命乞いや断末魔が気持ちわるく、呪われそうだ、というのが一番の理由だろう。噂話に尾ビレ、どころか胸ビレ尻ビレまでくっ付いて流れている為、狙われづらいのだ。
「おっタカラ、おっタカラ、おっタカラが、そこにおったから!な~にが入ってるんかナァ♪・・・ここんとこ焼き鳥食べてないから、腹一杯食えるくらいのおタカラだと、言うことねぇナァ」
よだれを垂らしながら宝箱を開き、中を覗き込んだ途端「バチン!!」と手枷と口加瀬がはめられてしまった。どうやら盗難防止用の護符が施してあったようで、まんまと引っ掛かってしまった。
”あっりゃりゃ、しまったナァ。欲張るもんでねぇナァ。オイラの鼻がきかなかったもんナァ。こりゃぁきっと、とっ捕まってキツネ汁にされちまうんだろナァ。やっぱり散々だァ・・・どうせ喰われっちまうなら、湯にでも浸かって、せめて綺麗な身体で喰われてやりてぇ”
そう思い湯船に近づいたところで何かにとっ捕まり硬い岩の上に叩きつけられた。目から火花がチカチカと飛び回る。頭を振って焦点を合わせると四本の鋭い爪が眉間を捉えていた。
”捕まっちまったァ!?やっちまったナァ・・・ありぁ!?なかなか殺されねぇナァ?”
うっすら目を見開くと身の丈2メートルほどの、赤いウェーブがかった長い髪の裸の女がオイラをつまみ上げていた。
「んー?魔獣か。あいつらの仲間、じゃなさそうね。なにしてんだ?君は。ってか、何か付いてんな。とってやるよ。ん?あれ!・・・?!うーん、取れないな。ごめん!」
岩の上に下ろしてくれたので、さっと手近な岩に隠れて様子をうかがい、女をよく見た。改めてみても、やはりデカい。
右腕に手甲を装備していて、その腕や腹、脚などミチミチと音を立てそうなほど鍛え上げられて、一目で戦士なのだろうとわかる。
そして彼ら魔獣からしてみればかなり奇妙なのは、眉やまつ毛、髪の毛などの首から上の部分以外はいっさい毛が生えていないことであった。そして、ヒトの形をしている者は皆、雌は肌をさらすことを恥じらう。なのに、この女はたとえ今まで湯に浸かっていたのだとしても、上がれば何かしらは纏うものだが未だそのままだ。あまつさえ彼においでおいでしている有様だ。
”・・・悪いヤツじゃあ無さそうなんだ
ナァ・・・”
不覚にも、無意識にあの女の傍へ出ていってしまった。
「おいでー、おいでー。あは♪でてきたな?よしよ~し。よく見ると、君可愛いなぁ♪
う~ん、よし!!お前は今日からオイデだ!私がそう決めた!私はセリセリ!ヨロシク!」
抱きかかえられ、頭をなで繰り回されていると、今まで湯煙で気が付かなかったがそこいら中に死体が転がっているではないか!
大抵は頭をものすごい力でたたき割られ、岩のシミと化して体だけになっていた。頭の残っている死体には短めの矢が正確に急所に突き立たり白目をひん剥いて死んでいる。いったい、この辺りにどれだけの死体が転がっているのだろう。
「ん~?ああ、あいつらか。なんだか私が湯に浸かっていたら襲って来やがったんで、返り討ちにしてやったよ。一人逃げちゃったけどな。まー、そのうち魔獣が喰いに来るだろうし、掃除すんのも面倒だからほっといたんだ。あ、ちょっとさむっ。湯冷めしちまったな、一緒に入ろうぜ?その枷の外し方も考えないとねー。そのままじゃご飯食べれないもんな」
ザブンと浸かると辺りに大量の湯があふれ、死体どもが端の方へと押し流されていった。
”ありゃ~、すげえナァ。湯が、半分くらいになっちまうんでないか?”
横でセリセリと名乗った女が、植物の繊維で出来ているスポンジで泡を立てている。
「オイデ、なんかお前汚ったねーから洗ってあげるよ。そりゃ!捕まえた。わしわしわしー♪」
ごつい見た目とは裏腹に意外にやさしく洗ってくれる。
あぁ、そんなに優しく前のほうを洗われたら、オイラ、オイラ!!
「んナァ!・・・くぅ~ん」
あまりにも気持ちが良すぎて思わず・・・
「ちょっ!!これはいったい?!」
戸惑うセリセリの前に・・・愛くるしい少年が立っていた。
「え?あれ?君は・・・だれだい?私のきつね、知らないかな?今まで一緒にいたのに、急にいなくなっちゃってさ」
少年はうつむき無言のまま、内股気味になりながら片手で枷を差し出した。
「あ!オイデに付いてた枷?!君が外してくれたのかい?ありがとうな。・・・じゃぁオイデは自由になれて、う~ん。どっか行っちゃったのか。・・・可愛かったけれど仕方ないかうん、よかった!」
「・・・」
「君、名前は?お礼したいんだけどさ。村で何か食べるかい?親兄弟は?みんなの分も奢っちゃうよ?」
「・・・・」
「君さぁ、しゃべりたくないのは仕方ないにしても、うん、とか、いいえ、くらいは言おうね?そんで、そんな背中丸めてないでシャンとしなきゃ、男の子だろ?」
セリセリは男の子の背筋をピンとさせようと背中に手をまわした。「う、ナァ」聞き覚えのある声と共に、男の子はキツネに変化した。
「わあ!オイデ~。よかったー!どっかにいっちゃったのかと・・・あれ?男の子は?あれ?」
「それ・・・オイラなんだナァ」
「わ!喋った!オイデ、君、喋れるの?すごいな」
喋る方にびっくりされて此方がビックリした。
「ま・まぁそのくらいは出来るんだナァ・・・あの・・さっきの子はオイラなんだナァ」
「え?気が付かなかったよ!変身もできるのかい!!ほんとにすごいな。でもなんでさっきは黙ってたの?枷は?どうやって外したの、オイデ」
「オイデって・・・まあ、オイラ名前なんて持ってないからそれでいっかもナァ。 枷は変化したときに大きさが合わなくて、勝手にとれたんだナァ。黙ってたのは、変化中はオイラしゃべれないんだナァ。喋っちまうと、狐のオイラにもどっちまうんだァ」
「ふうーん!どっちも可愛いけど、私はいまのオイデのほうがいいかな!その手!私の武器みたいでかっこいいからね!」
「そんで、さっきご飯がなんとかって・・・ついてってやるから飯食わせろナァ!、おいら腹減ったんだナァ!焼き鳥が食べたいんだナァ!」
「お!焼き鳥かあ!いいね、食べにいこう!」
宝箱のことなどすっかり忘れて、オイデの頭の中は山盛りの焼き鳥で一杯だった。




