第9話 あばよ
「座り込んでねぇで、とっとと行くべきだったぜ」
あと一か所寄り道して行かなければならんのに余計な時間を使った。
寄り道っつても、いつもの護符と呪符のセットを買うだけだ。あのセットは狩りにも使えて便利なんだ。
今まで旅してきた街では一度も“涙”の噂は聞いたことがねぇから、次は行ったことの無い所を目指さなけりゃならねぇ。何が起きるかわからんから、ちょっと強めに補充しておくか。
護符の補充を済ませ、宿に荷物を取りに戻った。支払いはギルドで既に済ませてあるので、できればサッと去りたい。誰にも会わずに・・・というかジョアに会わずに・・・無理だな。
すでにオレが街を離れる事がギルド経由で回っているようで玄関先でウロウロとしている・・・サラッとクールにしれっといこう。
「あぁ、ジョアさん。どうも。いやぁ、お世話になりました。清算はギルドで済ませてありますので、荷物を引き取ってそれで失礼させていただきます。暫らくジョアさんの作るご飯が食べられないかと思うと、残念でならないのですけどね。またこの街に寄った時には是非利用させていただきたいと思います。それでは、これで」
「・・・ええ。お待ちしておりますぅ。ただその前に、お昼、まだでは御座いませんか?最後に是非、お召し上がりになってください。勿論、お代はいいですの。私の心ばかりのおもてなしですわ」
「いや、折角ですが・・・」
「なら、せめてエールだけでも飲んでいってください。今、取ってまいりますので」
さて、荷物と言っても罠やら何やら狩猟生活必需品のつまったカバンが一つとテントだけ。この愛すべきボロッちい隙間風の酷い鎧戸も見納めだ。荷物を詰め終えると、ジョアが瓶エールを持って部屋まで来ていた。
「ああ!!うっかり!リンちゃん、お客様なのに御免なさいなのですけど食堂に栓抜きを置きっぱなしにしてきちゃってぇ・・・持って来て頂けると助かるのだけれど・・・お願いしてもいいかしら?」
「いいよ!いつもお世話になってるしね」
リンが食堂へ行くのを見計らい、ジョアが部屋の戸を閉めた。彼女は無言で肩の部分の紐を解き着ていたものをスルッと足元に落とした。肌着の類は身に着けてはいない。
「ジョアさ・・・」
「お願い!ルイさん、もう無理なの!!きっとあなたは帰って来ない。貴方をずっとそばに感じていたいの。リッチェさんの事は聞いています!それでも!!お願い、ルイさん!今だけは私を・・・」
くそ!図られた!やっぱりだ。
「ちょっ、ちょっとまってくれ、ジョア・・・ここは客室だぜ?落ち着かねぇし、なにより壁も薄い。・・・そう。ジョアの部屋で、ってのはどうかな?ほら、リンももう帰ってきちまうし。先にシャワーでも浴びて待っててくれ。さ!ほら、服着て!」
「・・・ホントよ?待ってるからね?・・・ずっと・・・まってるから・・・」
「ああ、リンをだまして、直ぐにいくよ」
そう言ってササっと彼女に服を着させ部屋から出て行かせることに成功した直後、リンが入れ違いで入って来る。
「ねぇ、ジョアさん、なんか泣いてたよ?ルイなんか悪口でも言ったの?」
「リン!!急げ!そこの窓から出るんだ!!今すぐ!」
「え、でも、ジョアさんが・・・」
「いいから、いくぞ!」
こうしてオレ達は、逃げる様に窓から脱出して湖へ向かうために裏門を目指した。
裏門の傍にはダイアンの店があるが、湖へのルートは裏門を通るより他ない。来るなと言われたが別に寄る訳でも無いし、通るくらいは勘弁してもらおう。
今はまだ静かな酒場を横目で見ながら通り過ぎようとすると、きっとオレを待っていたベラがバケットの入った籠を持って急いで出て来た。それとは別に「これを」と真っ白なスカーフを渡されたのだが・・・それはリッチェのベールを仕立て直したものであった。
「アンタ、この街から出て行っちまうんだろ?それで、あの子はきっと一緒に居たいだろうと思ってねぇ、急いで直したんだ、お守り代わりだよ!それと、これも持ってお行きなさいな。あの子の部屋に飾ってあった、アンタと一緒に写ってる念写。この前の祭りの時のだね?あの子がユカタで写ってる・・・裏に何か書いてあるけどね、エルフ語で読めないんだよ。でもきっと、アンタにとって良いことが書いてあるだろうから、もっておゆき。・・・うちの人、ああは言ってたけど、べつにホントに嫌いなわけじゃないのよ!?ヒトじゃ無けりゃ息子にしたいって言ってたんだから」
・・・オレはバケットを少しちぎり口へ運んだ。
「なんだよ・・・コショウがキツいな・・・チコ・ショウってか?」
涙と嗚咽が漏れそうなのを香辛料のせいにしたが、みな黙っていてくれた。
「あの人はね、ヒトは寿命が短いから好きになった奴らが皆先に逝っちまうって、それがヤなのよ。だから、もしここに帰って来ることがあったらうちに必ず寄っとくれよ!じゃあね!よい旅を!」
なんだよ・・・そんなの知ってたさ。だからこそ、殴られてやったんだよ、クソオヤジが。・・・リッチェを、もし生き返させられることが出来たら真っ先に連れてきてやるよ。
「じゃあな、オヤジ!!絶対帰ってくっからな!そん時はよ、リッチェをオレに下さいってゆうから覚悟しておけよ!!」
決意を新たにいよいよ門へと近づくと、見慣れた大男が道を塞いでいた。
「・・・よっ!」
「よぉ」
「この街から出て行くんだって?」
「あぁ・・・もう、戻れねぇかも、しれねぇな」
「だと思ったよ。・・・リッチェの事、ギルドで知ったよ。なんていうか、残念だ。それと今更だが、色々スマン。オレが間違った考えを持っていた。そいつにとって大事なヒトに種族だなんだなんて関係ねぇよな。それを失ったお前に、俺は・・・本当にスマン!」
「・・オレはいいよ、気にすんな。ただ、それに気付かせてくれたリッチェに感謝はしてやってくれよな・・・。あと、あんないい子に育ててくれたダイアン夫妻にも」
「わかった。酒場の方は、お前がもしも帰って来た時に真っ先に向かえる様に俺が守っておくよ」
「ははっ、オマエが毎日飲みてぇだけだろ?」
「はは・・・」
「・・・」
「おい、これもっていけ」
ブリックはオレに担いでいた弓を投げてよこした。それは普段目にしている弓とは違い二回りほど握りが太く、全体を朱色で塗られた強弓だった。
「ギルドの支給品じゃねぇぞ?このブリック様自慢の弓よ。ずっと一緒に戦ってきた戦友、だな。ま、お前が使いこなせるとは思えんが?持っていけ。・・・いい旅をな!あばよ!ダチ公!!」
そう言い残し、街中の方へ去って行った。
「あぁ!あばよ!駄ち〇こう!!」
遠くからアイツは何かを拾い上げ投げつけてきた。それはやっぱりおでこを一寸かすって後ろへ飛んでった。
「ハッハッハッハァ、当たらんかったろ?」
・・・チクショウ、いつも当たってんだよ・・・ばっかやろう・・じゃあ、な。
「さてと、行きますかリンちゃんよ!」
「そだね!ルイ!」
こうしてオレ達は門をくぐりこの街を後にした。今度の旅は長くなりそうだ・・・。
「・・・ねぇ、今更なんだけど、ってゆうか、やっと聞けるんだけど、どうやって生き返ったの?呪符か何か使ってた?いや、蘇生の呪符なんて聞いた事無いし・・・」
「おお?ああ、多分あれだな。夢の中でよ?リッチェがオレにキスしてくれたんだよ。王子様は、お姫様のキスで蘇りましたとさ。ってな」
「王子様?お叔父様の間違いでしょ?」
リンは顔が火照っているのを悟られないようにそっぽを向いて言った。
「リン・・・オマエ・・・」
ビクッ!とするリン。
「リン、オマエの背中、金色の鱗が生えてるぜ?そこら辺って、たしか・・・」
「え?なに?ああ、えと、自分じゃ見られないから分かんないけど、多分、リッチェがいつも搔いてくれてたとこだと思う。・・・びっくりしたぁ」
「ん?なにがだ?」
「何でもないよ!それより、ぼくにもリッチェのお守りができた!ホントに優しいよね、リッチェは!絶対、探し出そうね!女神の涙!」
ああ、勿論だ。絶対にあるとオレは信じているから。




