6.森で出会ったもふもふが少し危なかった日
朝、目が覚める。
顔には、いつも通りしっぽが乗っていた。
「……戻ったな」
軽く持ち上げる。
ふわっとしていて、暖かい。
昨日の距離感が嘘みたいだ。
「今日は普通か」
横を見ると、ユラは丸くなったまま、しっぽをゆっくり揺らしている。
完全にいつもの動きだ。
「……昨日のはなんだったんだよ」
軽く撫でる。
しっぽが少しだけ大きく揺れた。
答える気はないらしい。
外に出る。
空気は穏やかで、村もいつも通りだ。
でも――
「……いや、ちょっと違うな」
なんとなく、森の方を見る。
昨日の静けさが、少しだけ頭に残っている。
「行ってみるか」
ぼそっと呟く。
ユラを見ると、しっぽが一度だけ揺れた。
否定はしないらしい。
森に入る。
昨日よりは、少しだけ音が戻っている。
でも、やっぱり静かだ。
「……まだ変だな」
ゆっくり歩く。
ユラは前を歩いている。
昨日と同じ動き。
慎重で、止まる回数が多い。
「……いるな」
なんとなく分かる。
しばらく進んだところで、ユラが止まった。
しっぽが、ゆっくりと揺れる。
でも、その動きは完全に警戒だ。
「……どこだ」
周りを見る。
少し離れた茂みが、不自然に揺れた。
次の瞬間。
「――っ!」
小さな影が飛び出してきた。
四足の、犬みたいな形。
でも、目が少しおかしい。
濁っている。
「……魔物か?」
低く呟く。
この世界には、魔物がいる。
前世じゃあり得なかった存在だけど、この世界では珍しくもないらしい。
ただ――
俺はまだ、まともに遭遇したことはなかった。
「……これがそうか」
距離は近い。
避ける時間はある。
でも――こいつが動く前に。
「……は?」
影が、止まった。
俺の前じゃない。
ユラの前で。
いつの間にか、ユラが一歩前に出ていた。
毛が、わずかに逆立っている。
完全じゃない。
でも、はっきりとした警戒。
しっぽは――
止まっていた。
「……ユラ?」
呼ぶ。その瞬間。ユラのしっぽが、一度だけ揺れた。
次の瞬間。
「ギッ――」
短い音。
それだけだった。
魔物が、その場に崩れた。
動かない。
完全に止まっている。
「……え?」
思わず声が出る。
何が起きたのか、一瞬分からなかった。
ユラは何事もなかったみたいに、その場に立っている。
しっぽが、ゆっくりと動き始める。
いつものリズムで。
「……終わりか?」
近づく。
魔物は完全に動かない。
傷らしい傷も見えない。
「……今、何した?」
ユラを見る。
当然、答えはない。
しっぽが、ゆらりと揺れるだけだ。
「……いや、まあいいけど」
軽く息を吐く。
考えても分からないものは分からない。
「とりあえず、危ないやつだったのは間違いないな」
魔物を少しだけ足でつつく。
反応なし。
「……助かった、でいいのか」
ユラの頭を軽く撫でる。
しっぽが、少しだけ大きく揺れた。
森を出る。
さっきまでの静けさが、少しだけ薄れていた。
鳥の声も、戻り始めている。
「……あれのせいか」
振り返る。
森はいつも通りに見える。
でも、さっきまで確かに何かがいた。
「お前、最初から分かってたな」
ユラを見る。
しっぽがゆらりと揺れる。
否定はしない。
「……便利だな」
言うと、しっぽで軽く叩かれた。
不満らしい。
「違うか?」
もう一度撫でると、今度は体を少しだけ寄せてくる。
家に戻る。
特に何も変わらない。
いつもの風景。
いつもの空気。
「……まあ、いいか」
あっさり終わった。
危なかったのかどうかも、正直よく分からない。
でも――
「お前がいれば大丈夫そうだな」
ぽつりと言う。
ユラは何も答えない。
ただ、しっぽがゆっくり揺れていた。
いつも通りの動きで。
それだけで、十分な気がした。




