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番外編:欅通りのランボルギーニ


※この物語は完全なフィクションです。

実在の人物・団体・場所とは一切関係ありません。


六本木ヒルズを出た夜、欅通りに止まっていたランボルギーニ。

それは偶然か、必然か――

本編では描かれなかった、もうひとつの視線の物語です。

『欅通りのランボルギーニ』


りんは年下の友達トシと六本木ヒルズに映画を見に来ていた。トシはりんに憧れていた。それとなく気持ちは言うがいつもそっけなくはねられていた。

それでも誘えばりんは付き合ってくれる。

りんの心の人の話も知っている。でも3ヶ月もLINEをしてるのに1度も会ったことないなんて信じられない。そしてそこに溺れるなんて。

僕の方が有利だと、トシは密かに思っていた。


映画館の出口を出ると、空気が変わった。

熱気と冷房の間で揺れていた身体が、ようやく現実に戻る。


夜の六本木は、どこまでも演出過剰で、らそして美しい。


りんは橋の上から通りを見下ろした。

ふと、視界の片隅に“違和感”が走る。

鼓動が、一拍遅れる。


…まさか。


「あそこに止まってるの、ランボルギーニ?」


自分でも気づかぬうちに、言葉が漏れていた。

何の気なしに問うふうを装って、けれど声は震えていた。


隣のトシが軽く笑って答える。


「そだよ。さすが王者の車だね。音も存在感も桁違い」


…何も知らない無邪気な声。

けれど、りんが釘付けになっているのを見た瞬間、トシの表情が変わった。


トシはりんの横顔を見つめる、

固まった身体、凍りついた瞳。


トシは言葉にしなかった。

でもすべてを察した。


「あいつか――りんの心にいるやつは」


思わず、走り出していた。

名前も知らない、でも確実に“りんの中にいる男”に向かって。



『欅通り、ヒールの衝動』


トシが走り出した瞬間、りんは反射的にその後を追っていた。

ヒールなんて関係ない。

もう心が勝手に動いていた。


でも、うまく走れない。

夜の舗道は平らなはずなのに、足元ばかりがもつれていく。

「待って…トシ、待って!」


息が切れる。

足音だけが大きく響く。

それでも――ようやく追いついた。


二人はもう、向かい合っていた。

ヒロの横に立つトシ。

そして少し後ろに止まる私。


トシは振り返り、りんを見ていた。

その目はまっすぐだった。

怒りでも嫉妬でもない。

ただ、心を動かされた者の“誠意”が、そこにあった。


一方のヒロは、どこか他人事のような顔で、二人を眺めていた。

微妙に体の向きを変えながら、

でも完全に背を向けるでもなく、

“ただ様子を見ている”といった風だった。


「トシ、やめて…!」


私がそう言った、その言葉がまだ口に残っているうちに――


『咄嗟の距離』


トシは何の前触れもなく、私を押した。

その手は優しくもあり、決意のようでもあった。


私は――よろめいた。

ヒールが地面を滑る。

バランスを崩し、身体が前のめりに傾いた。


その瞬間、ヒロが反応した。


目の前の男が、本能で動いた。

手が伸び、肩を支え、腰に添えられる。


倒れるはずだった身体が、彼の腕の中で止まった。

胸の鼓動が近い。

息遣いが触れ合うほどの距離。


「トシ!」と叫ぶより早く、トシの姿は後方に遠ざかっていた。

走り去る足音だけが、夜の欅通りに響いていた。


私は、なんとか体勢を立て直そうとした。

けれど、右足に力を入れた瞬間――激しい痛みが走る。


「…っ!」


顔をしかめて一歩引いた。

でも、引けなかった。


「ありがとう」

そう言って彼の腕を振りほどこうとしたが、足が痛くて動けない。


「ああ…無理、捻ったかも」


情けない声が漏れる。

悔しいのに、どうにもならない。

なぜ今、この人の前でこんな姿を見せることになるのか。


ヒロは私の足元を一瞥し、ため息ともつかない吐息をついた。


「…歩けないだろ。無理しない方がいいよ」


その声には、皮肉も怒りもなかった。

ただ、少しだけ――呆れと、優しさが混じっていた。


私の心は、それだけでまた揺れていた。


ヒロは気がついてる?

気がついてなさそう


私は大丈夫ですと言ってヒールを脱ぎ数歩歩いた。痛みと

裸足じゃ帰れんしどうしようと途方に暮れた


『止まらない涙』


ヒロは、じっと私の顔を見ていた。

長く、深く、黙って――見つめていた。


その視線に気づいたとき、私はもう顔が熱くなっていた。

言葉が出なかった。

目を逸らそうとしても逸らせず、呼吸も浅くなっていく。


「、、、どういうつもりだ」


ヒロが静かに言った。

少しだけ口の端を上げて、冗談とも、本気ともつかない言い方で。


私は――なにも言えなかった。

ただ、涙が出てきた。

唇が震え、喉がつまる。

目の奥がじんわり熱くなって、気づけば頬を伝っていた。


「…三河島で、いいんだろ」


ヒロの言葉が、車内の空気を切った。

私は何も言わず、ただ首を縦に振った。


涙が止まらない。

恥ずかしくて、悔しくて、でもなぜか嬉しくて。

感情が混ざって、整理できなかった。


ヒロは何も言わなかった。

ただ静かにハンドルを切り、宮地の交差点を曲がった。


やがて、マルマンの前で車が止まる。

私はシートベルトを外し、震える声で絞り出すように言った。


「…ありがとう」


その言葉に、彼は何も返さなかった。

ただ、少しの間だけ、私を見つめた。


ドアを閉め、歩き出す私の後ろ姿を、

彼は追いかけるでもなく、ただ黙って見ていた。角を曲がる

りんの姿は消えた


そして――

ヒロはふと携帯を手にした。


開いたのは、私とのLINE。

もう封印されたままだった、あのアルバム。


その中の一枚。

**「おかえり」**の最後のイラスト。


ヒロの目が、一瞬だけ、揺れた。

画面を見たまま、指先が微かに震える。


それを見届けて、

彼は深く息を吐き、エンジンをかけた。


ゆっくりと車を走らせ、

私が曲がった角を、自分も曲がる。


そこに、りんはいた。


まだ涙を止められずに、

うつむいたまま、立ち尽くしていた。


街の明かりも、風の音も、すべてが遠くなる夜。


ただ、再び交わった視線だけが、

この夜の“答え”を知っていた。



本編の合間に起きた出来事を別視点で描きました。

登場人物の感情の揺れや、ほんの一瞬の表情の変化を切り取ることで、物語全体の奥行きが広がれば嬉しいです。

本編はしばらく更新が空きますが、番外編で少しでも楽しんでいただけたらと思います。


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