成人式
「明日、朝にまた迎えに来るから。俊介さんが美容室に振袖も預けてあるそうだから。今日はもうゆっくり風呂入って寝て。長野から出てきて疲れたろ。」
大輝はそう言って陽菜に休むように促した。
「はい。ありがとうございます。」
陽菜は家の前で大輝を見送る。大輝と陽菜は暫く見つめ合っていた。何も言えなかった。明日の予定を淡々と話す大輝。
「じゃあ。お休み。」
大輝は静かに自分のアパートへ戻って行った。交際関係の男女なら、こんな時お別れのキスとかするんだろうな、と想像する陽菜。でもこの状況ではまだ先生とは付き合っているとは言えないな。でも、自分から先生の胸に飛び込んだりも出来なかった。きっとそれは自分が看護師になって大輝を迎えに行った時に初めて許される儀式なんだろうと。その時まで楽しみに取っておこう。そう言い聞かせて。帰路につく大輝の背中に小さくバイバイ、と手を振ってみる。それに気づいたのか、大輝も振り返り遠慮がちに小さく手を振り返した。
明朝、陽菜は俊介が手配した美容室で着付けとセットを施してもらう。この自宅兼サロンは俊介が設計した建物だという。オーナーの冴子は意気軒昂に陽菜に着付けとセットを施し、その冴子の技術で陽菜は更に美しくなる。着物はりんごを想像させる深紅の赤に牡丹柄は金の刺繍、伝統的な柄。髪は後れ毛もある、流行りのゆるふわなアップヘアに花飾り。どれもが陽菜を引き立てる脇役たち。陽菜の魅力を何倍にも膨れ上がらせるものばかり。
「とても綺麗。素敵だよ。」
大輝は本心を伝えた。そんなお決まりの台詞しか出てこなかった。でもそうだから。本当に陽菜が綺麗で、いつまでも見惚れていることもできるし飽きずにいつまでも見ていられた。いや、吸い込まれてしまう。
陽菜を俊介から借りた車に乗せ、一旦和香達が待つ家へ戻った。
「陽菜ちゃん、綺麗ね!可愛いわ。」そればかりを連発する和香。俊介も目を細めながら娘の成長を噛み締めた。大輝は自分のスマホで写真を何枚か撮り、大輝と陽菜のツーショットは俊介が撮ってくれた。陽菜も自分のスマホで撮ってくれと俊介に自分のスマホを渡す。ここを押してね、と。そんな事をしているうちに式の時間が迫っていた。
「陽菜さん、そろそろ時間だから会場へ行こう。僕も高校の教師代表として招かれているから。」
と大輝は慶祝用の背広にネクタイで陽菜を促した。
会場前では式に出席する新成人やその保護者などでごった返している。直ぐに陽菜に気づいた高校時代のクラスメイトたちの中に親しくしていた葵もいた。
「あっ、陽菜!久し振り。可愛い。今来たんだね!あれっ?宗像先生も一緒?」
「今日は来賓として招かれています。」
大輝の教師としての立場故の返事に陽菜は「彼氏として」と言ってはくれないよな、でもそりゃそうか⋯でもいずれ。と未来に期待したりして。
そんな事を考えているうちに、「りんごバームのあのモデル」が来ていると知った新成人達がわっ、と詰め寄せ一斉にスマホのカメラを陽菜に向けた。
「本日は大切な成人式です。無断撮影はマナー違反です。マナーを守って!皆さん新成人としての対応をして下さい。式の進行の妨げになります!」
大輝は押し寄せる人波から陽菜を守ろうとするも周りは少々パニック状態となった。陽菜の人気はこんなにも凄まじいのか。一瞬躊躇ったが陽菜の手を握り自分の方へ引き寄せた。
「もう時間ですから、皆さん会場へお願い致します。」
無意識に陽菜の手を握る手に力を込めていた様に思う。会場方面へ迷わず進む。こうするしかない。高校時代の教師としても、義兄としても普通の対応だ。そう言い聞かせて。それ以上の気持ちがその時はあったのか、それともなかったのかは分からない。呆然と見送る葵達の視線に気付かずに。
来賓席の直ぐ近くに陽菜を座らせ、大輝は来賓席の1番端、直ぐ立ち上がれる席に座った。式の最中は陽菜とずっと見つめ合っていた。言葉は交わせない。ただ見つめ合っているだけ。この距離がもどかしかった。陽菜が心配で視線を逸らす事ができない。式は粛々と進行していった。




