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網目模様の途中  作者: 河野 与一
網目模様の巡
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旅立ち

 陽菜の荷物はあらかた長野の美佐子の家へ送った。4年間も長野で生活する予定の為、和香の家にあった陽菜のものはほぼ無くなってしまっていた。それだけで和香は本当に陽菜が長野に行ってしまうのだと感じた。やっばり本当のお母さんの所がいいのかな⋯と呟いた和香に俊介が

「陽菜は看護師になって帰ってくるさ。大輝先生との約束もあるし。現に住民登録はこのままにしたいって、長野に移さないって本人も言っていただろう。成人式もこっちでやりたいって。そうだ、振り袖のレンタル先探しておかないとね。美容室はあそこでいいかな⋯。」

まだ2年近く先の振り袖の話をしだした。

「そうね。」

和香は陽菜の旅立ちの日の為におにぎりケースを買い、新幹線の中でつまめるようにと陽菜の好きなツナマヨと昆布の具をいれた。大学に行って実習先や授業の合間におにぎりを食べる時に使って貰えるかなと。おにぎりケースには小さくりんごのワンポイントが付いていた。その隣には長野までの乗車券と指定席特急券の片道切符。大輝にも新幹線の出発の日時は伝えておいた。陽菜のショルダーバックにおにぎりを入れ、内ポケットには片道切符を。万が一のために現金も少し。外ポケットのファスナーの持ち手には大輝が贈った湯島天神のお守りが結ばれていた。陽菜自身が付けたのであろう。そして陽菜の髪を編み上げてまとめ、あの黒猫の髪留めをつけた。⋯これで私がやってあげられることはもう最後かな。目が潤んでしまうことを我慢して。

俊介の運転で東京駅まで陽菜を送る。俊介と和香は入場だけパスモで通過した。「陽菜ちゃんに切符をスマホで買ってあげるやり方が分からなくてね、紙の切符にしちゃった。」

「十分すぎるよ。ありがとう。」

俊介は和香の入場分も自分のパスモで通過させた。

ホームで新幹線を待っている間に大輝が走って息を切らして来た。

「間に合って良かった⋯。」

はぁはぁと全速力で走って来たと見られる呼吸。

「階段でコケそうになっちゃって⋯。」

皆で笑った。その時に新幹線は到着を知らせた。

「陽菜さん、僕は東京で、ここで待っています。立派な看護師になって下さい。」

大輝は陽菜の呼び方を宮島さんから陽菜さんに変えていた。陽菜は卒業したのだし、許されることなのだろう。これはひとつの区切りかもしれない。大輝が戸惑いながらも右手を差し出し、陽菜はしっかりと握った。

「行ってきます。」

ふたりは見つめ合って握手を交わした。

「陽菜ちゃん、おにぎり入ってるから新幹線の中でお腹空いたら食べてね。」

「和香さん、今まで本当にありがとう。長野で頑張ってきます!」

陽菜は和香に抱きついた。ふたりは少し涙目になりながら。

その時新幹線の乗車口が開き駅員の声で長野行きのアナウンスが聞こえた。陽菜が乗り込む。座席は7番C席だった。奇しくも和香が流産したお地蔵尊のお寺では7段目の右から3番目の配置と一緒だった。俊介はそれが和香が意図的にそうした切符の手配をしたのだろうと予測した。駅員の声が発車時刻を知らせる。出発するため列車から離れて下さいと再度のアナウンス。時刻はもう我慢が出来ない様だった。陽菜と俊介たちの間にドアが閉まり隔たりが出来た。

「7番C席だからね。」

和香の呟きが陽菜には届かず「何?」と行った返事を陽菜はしている様だった。

「7.Cだよ⋯」

和香は消え入るような小さな声で両手で数字の7.それからアルファベットのCの文字を指で表現した。陽菜は頷く。ゆっくりと列車は発車した。バイバイと小さく手を振る陽菜が列車の発車と共に遠ざかり加速を付けてあっという間に見えなくなった。列車が通過した後は何事もなかったかのような静けさだけが俊介たちを包んだ。

「行ってしまったね⋯。」

俊介が呟く。和香はそうね、と小さく返事をし大輝は何も言わなかった。


陽菜の席は窓際だった。車窓は都会のビル群からあっという間に民家になり畑の風景になった。本当に長野に向かっているんだと実感した。和香さんが作ってくれたおにぎり。私の好きなツナマヨと昆布が1個ずつ。いつもと同じ塩加減だった。おにぎりケースは大学でも使ってねと渡してくれた。駅に着けば美佐子が迎えに来てくれる予定になっている。まだ寒い日の陽菜の旅立ちだった。





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