2. ハイスペック 姫になったと思ったら、二日で人生ハードモード突入です。
念願の姫になれて浮かれまくっていた私は、最初は姫ライフを満喫していたし、心ゆくまで満喫しようと思っていた。
メイドさんが私のためだけにあれこれと世話を焼いてくれるという、夢の至れり尽くせり生活に、姫サイコー!ヒャッホー!と、心の中で何度叫んだことか。
いや、何度か美少女の顔面を崩壊させるアホづらを披露してしまったらしく、その度に不審者を見るような顔をされてしまった。
「わたくし、湖に落ちて以前の記憶が思い出せないの。」
なんて、同情よろしく儚い美少女顔に涙を浮かべると、
「姫様、おいたわしゅうございます~。」
なんて泣かれていまい、それからは少々私がアホづらしたところで、湖に落ちた後遺症だと思われたのか、同情的な目で見られるようになった。
むしろイタい子になったと心配してるのかもしれない。
ちなみに、そんな私を心配してくれる姫付きの侍女は3人いる。
一人はミア。そして、残りの二人はエミリーとアンというらしい。
ミア以外の二人の顔を見た瞬間も、勝手に名前とその人のイメージが頭に浮かんできた。もちろん、過去の記憶が戻ったわけじゃない。私にとっては完全に「はじめまして」の相手だ。
それなのに、そばにいてもまったく違和感がない。
前に何かの本で、「記憶は脳だけじゃなく心臓にも残る」なんて話を読んだことがあったっけ。案外、その仮説は間違ってないのかもしれない。
まあ、前姫と入れ替わってまだ間もないし自分にどんなポテンシャルがあるのかは、まだ未知数だ。
とりあえず神ビジュ。私、可愛いすぎる。
ふと視界にエミリーの姿が入った。
年齢は二十代前半。丸縁メガネにきっちりまとめた茶髪がいかにも優等生っぽい彼女は、細かいところによく気がつくしっかり者だ。
もう一人のアンも同じく二十代前半。金髪にグリーンの瞳、そして笑顔がトレードマークのぽっちゃり女子である。
さすが姫付きの侍女に選ばれただけあって、三人とも仕事はできる。みんなテキパキ動いてくれるので、今のところ何ひとつ不自由はない。
それに、三人とも私に好意的だ。きっと前の姫様の人柄が良かったのだろう。
うん。これなら、仲良くやっていけそう。
3人を集めて、
「改めてよろしくね。」
と言ったら、
「姫様~。お辛い時にお一人にしてしまい本当に申し訳ございません。ご無事で本当にようござました!」
と、またしても泣かれてしまった。
ん?今、何やらフラグが立たなかった?
私が首を傾げると、3人とも用事を思い出したふうにサササーと散って行ってしまった。
去るときも素早い、さすが姫付きの侍女。じゃなくて。
そういえば、なぜ湖に落ちたのだろう?さっき、何か盛大にぶっこまれたような気がするのだけど。
うーんと考え込もうとしたところで、
「姫様、お茶をお持ち致しました。」
ミアがテーブルに紅茶セットを手際よく並べていく。
スコーンにケーキに紅茶。高貴な身分だと食べ物まで高貴な輝きを放っている。
いや、実際に美味しいのだけれど、これ、毎日食べてたら確実に太りそう。
かと言って、目の前の誘惑には勝てそうにない。
いただきまーす。
私が幸せそうにほおばる姿を見て、周りはうっすら涙を浮かべて見守っている。
ん!?
私が気配を察して振り向くと、またもやサササーと散っていく彼女達。
と、時折ビミョーな違和感を感じながらも、不快でもないし特に気にせず快適生活を送っていた。
そんな極楽生活をぶち壊すアレがやってきたのは、2日後のことだった。
「陛下からのお見舞いのお品でございます。」
黒い燕尾服の男性が黒船のごとく来訪したのは、美味しいお菓子にありついている時だった。
黒髪をキッチリ後ろに固めた銀縁眼鏡の紳士は、私に向かって深く頭を下げた。
丁寧な仕種とは裏腹に、少々高圧的な雰囲気なのは釣り上がった眼鏡のせいだろうか。
その表情はまるで鉄仮面のようだった。
私は口をあんぐり開けたまま持っていたスコーンをポトリと落としていた。
手元を見れば震えている。
「…ジョルジュ。」
またもや、口から自然と名前が飛び出した。
でも、今にも消え入りそうな声しか出せなかったのは、前姫の記憶が体に刻み込まれているせいだ。
私は怯えていた。…いや、正確には、この体が怯えていた。
鉄仮面はそんな私の様子を見ても、まるでいつものことだと言わんばかりに表情一つ変えず、淡々と話を続けた。
「この度のこと、陛下は大変お心を痛めていらっしゃいます。しかしながら、ご回復されたと伺い、ひとまず安堵されております。本来なら今すぐにでも駆けつけたいところですが、このところ公務が大変立て込んでおりまして―」
陛下?
その言葉に、私は目を細めた。
怯えていたのは最初だけだ。すぐに冷静さを取り戻した私は、鋭い目で鉄仮面を観察していた。
どうやら、体に染みついた記憶というのは反射的なものらしい。
前姫は、この黒船みたいに威圧感たっぷりの男を恐れていたのだろう。でも、私は違う。
むしろ私は、彼の言い回しに呆れていた。
…それにしても、よくもまあ。
なんともお決まりの言い訳だこと。
湖に落ちたのは二日前だ。それなのに今頃になって現れて、
「心配していました」はないでしょ。
18歳という姫の年齢を考えれば、陛下とはおそらく父親のことだろう。
生死の境をさまよっていた娘の容態を二日も確認しに来ないなんて、よほど愛情が薄いに違いない。
私は気づかれないように小さくため息をつくと、口上を述べ終えた鉄仮面に向かって、礼儀正しく返答した。
「お心遣い、ありがとうございます。ご心配をおかけして申し訳ございません、と陛下にお伝えくださいませ」
「かしこまりました。また日を改めまして、陛下がお見舞いにいらっしゃいます」
鉄仮面は深々と頭を下げた。
そして、最後まで隙のない所作のまま、私たちの前から颯爽と去っていった。
「ふう。」
過ぎ去った嵐を前に、私は脱力して深く椅子に腰掛けた。
「で、何があったか話して下さる?」
私は観念しなさいとばかり、控えていた3人に顔を向けた。
これまでの3人の態度から何かを隠しているのは分かっていたことだ。ただ害がなかったので触れなかっただけで。
私の強い視線に、3人はお互いに顔を見合わせて、オロオロするばかりで口は固い。
それが言いにくいことなのか、心配してのことなのか分からないが、このまま何も分からないままではいられない。
「お願い、教えてちょうだい。」
「それは…」
3人は、やはり言うのははばかられるようでそれ以上言おうとはしない。
なかなか手ごわい。よぉしそれなら、
「あ、わたくし、また湖に行けば何か思い出せるかも知れないわ。」
さもひらめいた顔でとっさに席を立つと、
「姫様~それだけはお止め下さい!言いますから、言いますから!」
3人は半ベソで私を制止しようとした。
うーん、湖効果恐るべし。
こうして、3人は私に細心の配慮をもって真実を語り始めた。それこそ真綿に包むように優しく、私を傷付けないように。
「ーつまりは、こうね。」
私は痛い頭に手を当てて、状況を一つ一つ整理しながら口を開いた。
聞くんじゃなかったと今更ながら後悔している。
「陛下は、私の夫君で、私はこの国の王妃。
嫁いで来たものの、私をお気に召さない陛下は次々と側室を召し上げて、こちらには寄り付かなくなった。
むしろ疎まれていた。」
それでも大国の後ろ盾のある私の地位は変わらなかった。
ところが、母国で革命が勃発した。
父である国王は「世紀の悪王」として打倒され、その娘である私も、当然ながら無関係ではいられなくなった。
新しい国王は、私が復讐を企て、この国の軍を動かして祖国へ攻め込むことを恐れた。
その芽を摘むために、私の身柄の返還を要求してきた。
頼れるのはもう陛下しかいないのに、その陛下には、
「お前は私を不快にさせる。二度とお前の顔など見たくない。」と言われて、
失意のまま湖に身を投げたってわけなのだ。
「あぁ~姫様。そんなことは申しておりません。」
「つまりはそういう事じゃないの。」
オタオタする3人を前に、私はそう言い切った。
どんなにソフトに言ったところで、事実はごまかせない。
まさか18歳にして結婚してるなんて。
脳内で白馬の王子様がアディオス!とハンカチを振ってUターンしていく。
そ、そんな~!!
っていうか、これ。
転生してすでに、死亡フラグ立ってるというオチ付き。
騙されたと言って過言ではない。
私の3日天下は終わった。
あ、2日だわ。
美味い話には必ず裏があるってことに、例外がないというのが分かった。
また一つ賢くなった、って全く嬉しくないわ!
私の叔父だという、大国の新しい王になった男は必ず私を殺す。
体に刻み込まれた本能がそう言っているので間違いない。
名前を聞いただけで悪寒が走って、
あ、帰ったら殺されるわ。
って思ったくらい確信がある。
爆発に巻き込まれて死ぬなら一瞬のことで恐怖も痛みもなかったけど、処刑なんてイヤすぎる。
ギロチン台に連行される想像が頭をよぎる。
イ・ヤァァァァァァ~~~
私は涙目になりながら、今度天国で神様にあったら呪ってやると心に誓った。
それから、
「ミア、エミリー、アン。すぐに支度をお願い!」
私はとっさに立ち上がった。
陛下にここを追い出されるまでメソメソ泣いてたって仕方ない。
大国に帰されないないためには何か手を打たなくちゃ。
そのためにはまず敵情視察。陛下が溺愛しているという妃達を実際に見て、ターゲットの好みを把握する必要がある。
そう、私は陛下を籠絡することに決めたのだ。
No.1キャバ嬢のプライドにかけて陛下をメロメロの骨抜きにして、何が何でもこの国に留まってみせる。
「早くお願い!」
「は、はい~!」
あたふたとする3人を急かした。
こうして私の生死をかけた戦いの幕は開いたのだった。




