表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の黒蝶  作者: ちょうちょ
~第1章 ノーザ動乱編~
36/36

罪と罰



「フフッ、仕方がないですね。」




レイは『デュランダル』を抜くと腰を落とした。

剣を持つ手で自分の身を守るように身を捩ると剣が光りはじめる。

明らかに何かを溜めている。


「何をする気だ!?この女がどうなってもいいのかっ!?」

「僕をその気にさせた・・・あなたが悪いんですよ?」


この場を収めるにはダルに自分が勇者であることを隠すのは不可能だと諦める。

幸い、勇者小嶋はぐっすり寝ていることだし。


レイは細心の注意を払う。

狙うはダルの持つ小さなナイフ。

極限まで威力を弱めることへ意識を集中する。


しかしその集中のせいで、レイは後ろにいる気配に気付けなかった。


「待っておくれ!!!」


「!?」


レイの後方から女性の声が響く。


「ミシカ!?」


これにはダルも驚いている。

ミシカは先程レイが放り投げた鎌を持ち、その刃先を自分の首へあてている。

鎌を持つ両手は震えていた。


「お願いだ!主人を殺さないでおくれ!!」


予想外の登場者にレイは溜めていた構えを解除した。

同時に剣へ集まっていた光が消え、辺りは再び暗闇と化す。


「アンタ!私が生贄になるよ!!!」


「お前、何を言ってるんだ!?」

「私が生贄になるから!!だからアンタはもうその二人に手を出さないで!」

ミシカは泣きながら訴えた。


「もう知られてしまったんだ!!この男はどうにかして殺すしかない!!!」

レイはダルの理解力の無さにあきれ顔を左右に振った。

「だから僕は殺せませんって・・・」



「連れの人!!」

ミシカはダルの言葉を無視しレイへ話しかける。

女性の涙の訴えは真剣に聞かなければならない。

レイは姿勢を正してミシカに向き直った。


「私が死ぬからダルは見逃しておくれ!!娘もいるんだ!頼むよ!」

「・・・そうだ」


レイは考える。

余罪があると分かった時点で、この夫婦をこの国の警察のような機関へ預けようと思っていた。

だがその後はどうなる?

ここの牛たちも面倒を見る人がいなくなり、処分されこの牧場は閉鎖。

娘が一人残されることになるわけだ。

親戚へ預けられるのか?

親戚はいるのか?いるなら、その家の状況は?

孤児院の様な施設があればまだ良いが、この国にそんな施設があるのか調べてみないとわからない。


「やめろ、ミシカ!どちらかが欠けたらこの牧場は回せない!今だってギリギリなんだ!」

「もう牧場は止めるんだよ、馬鹿!まだわからないのかい!?」

「なに・・・?」

聞き捨てならない言葉だった。

ダルの今までの犠牲を考えれば、容易に捨てられる存在ではない。

死んだ父親にも頼まれているし、もう自分だけの問題ではないのだ。


「駄目だ、それはできな・・・」

「酪農を続けて牛が病気になったら、また人を殺すのかい!?」

「・・・」


「今度は・・・ターニャにそれをさせるのかい!?」


「!!」




 ――やめてパパ!僕そんな事したくないよっ!!!――




目の前に幻覚のようにトラウマが蘇る。

幼心を傷付けた、あの手の感触。血の匂い。

あれを・・・ターニャが?

ダルの顔から力が抜ける。


「あたしが最後の生贄さ!牛の病気が治ったら買い手も見つかるだろう!?」

「ミシカ・・・」

「あたしらの代で終わらせるんだよ!!」

気付けばダルの目からも大粒の涙がこぼれ落ちていた。

ナイフを握りしめながら歯を食いしばり・・・声を殺して泣いている。


その様子からは、これ以上殺しをするつもりはないと理解することができた。

レイもそこは少しホッとする。

ミシカはダルが受け入れてくれたことに感謝すると、鎌の刃を自分の首にかけた。


「いけない!!」

自分の首を掻っ切るつもりのミシカに向け、レイは咄嗟に剣を振り上げた。

先程とは違う構えだ。


「やめろミシカ!死ぬのは俺だ!!」

「なにっ!?」


しかし今度はレイの後ろで、ダルが叫んだ。

剣を構えたまま後方を確認すると、愛華に向けていたナイフをくるりと反転させ自分の喉へ向けている。



どちらも一斉に自害したら意味がないじゃないか!!!



レイは心の中で叫ぶと、構える方向をミシカから自分の足元へと変える。

そしてこの技にありったけの威力を込めた。




《セイントクラッシュ》!!!




剣を振り下ろすと剣筋と同じ向きに光の爪痕のようなものが三本発生した。

そして間髪入れずに10mくらいの白い大爆発が起きる。

爆音と共に発生したその白い光は、牧場の広大な土地を明るく照らして消えた。




もくもくとあがっていた土煙が消えると、レイの足元には爆弾でも爆発したような大きな穴ができていた。

穴の外には爆風で吹っ飛んだミシカが、その反対側の穴の外には同じく爆風で飛ばされたダルと愛華が倒れていた。

一応、一瞬だったとはいえ、三人との距離を計算した結果全力で技を出したので全員HPは満タン。

ただ爆風で吹っ飛んだだけだ。


「ふぅ。肝を冷やしましたよ。」

一応?この場の女性二名を無傷でという目標は達成だ。

剣を鞘へ戻すと、遠くの家の明かりが慌ただしく付いたのが見えた。


あ・・・



「う・・・ん」

そして畳み掛けるように横から愛華の声が聞こえてしまう。



まずいな・・・



「ん・・・いったい何?」


愛華が吹っ飛んだ衝撃で起きてしまった。

目を擦りながらフード越しにあたりを見渡す。


「え?」


愛華は目を疑った。

目の前にはぼっこり開いた大穴。


「えっ!?」

近くに会った納屋は半壊し、


「ええっ!?」


少し離れたところにダルが転がり、


「きゃー!大丈夫ですか!?」


穴の反対側にはミシカが転がっている。


「きゃー!ミシカさんまでっ!」



そしてなぜか外にいる自分。


「ええーーーーー!?レイさん、これはいったい・・・」


愛華はレイを疑った。

丁度この状況の中心にいるいる人物だからだ。


「まさか・・・これ、レイさんがやったんですか?」

返答次第では容赦はしないつもりだ。

「説明してください。」

フード越しにレイを睨む。


「!」

凄い殺気だ。

さて、どうしたものか。


「どこから話せばいいのやら・・・まず、小嶋様。あなたが発端でした。」


「え、私?」





・・・・


「・・・ん!」

「ダルさん!」

「起きてください!」


ダルは愛華に起こされた。

「うん・・・はっ!?嬢ちゃん!?」

見るとミシカも無事でレイと一緒にダルを囲んでいる。

さらに良く見ると、近隣の牧場主らまで集まっていた。

「ダル!凄い音がしたから見に来たんだ!!」

「そ、そうか・・・」

ダルは自分の横にある穴を見て、爆風で吹っ飛ぶ直前の光景を思い出した。

そしてこの白いローブの男の正体をどことなく理解し始める。



「あ、あの・・・ダルさん、聞きたいことがあるんです。」

愛華が気まずそうに切り出す。

「!」

ダルは全てがバレてしまったことを察した。

「わかった・・・全て話すよ。」



「あの・・・その・・・、本当なんですか?レイさんが言ってたこと・・・」

「?ああ、本当さ。」

全て終わった。

しかし受け入れるしかない。


「私が寝ぼけて牧場を俳諧していたのをダルさんが見つけて止めに行ってくれたのにそれをミシカさんが二人が浮気していると勘違いして追いかけてきたところ、修羅場になってしまってレイさんが止めに入ったところに隕石が衝突したって・・・」

「えっ!?」

ダルはレイとミシカの顔を確認する。

ミシカは目を逸らし、レイは不自然な程の満面の笑顔を送っている。

「そうですよね?ダルさん?」

レイのフード越しに伝わる圧力が恐ろしい。

「あ、ああ。だ、だだ大体そんなところだな。」



「す・・・」

「す?」


「すすすみませんっ!!私が寝ぼけてしまったばかりにお二人にご迷惑をっ!!!」

愛華は深く頭を下げて平謝りした。


「やめてくれ・・・」

殺そうと思っていた少女から頭を下げられたダルは無意識に涙をこぼした。

「アンタ・・・」

ミシカも泣き出して二人は抱き合う。



「おいおい、痴話喧嘩かよっ、全く。」

隣の牧場主たちは松明を持ったまま呆れてしまう。


愛華は自分のせいで誤解し合っていた二人が仲直りできたと思い安堵した。


「レイさんも疑ってすみませんでしたっ!しかもレイさんが私たちを隕石から守ってくれなかったら今頃どうなっていたか!」

愛華は心からレイに謝罪した。

「気にしないでください、たまたま居合わせただけですから。」

レイは爽やかな笑顔で答えた。


「ダル、この穴の始末、明日っから手伝うぜ。」

近所の牧場主を営む連中が、そうだそうだと協力を申し出る。

何か災害がある度にこの地域で助け合ってきたのだろう。

何だか日本を思い出すようで、愛華とレイは少し嬉しかった。


しかしダルは首を横に降った。

「いや、俺たちは牧場を畳むんだ。」


「なんだってぇ!?」

爆弾発言に衝撃が走る。

「寂しいこと言うなよ!」

「そうだぞ!お前の所も何代も続けて来たじゃねーか!」



ダルもミシカも寂しそうに笑った。

「半数以上の牛が病気になっちまったのさ。」

「もうどうしようもなくてね。」

ざわついた。

牛の病気と聞いて自分たちも他人事ではない。

「いつから」「なぜもっと早く言わなかった」などの聴取が始まりだす。

しかし、その聴取はやってきた少女によって打ち止めにされる。


「お父さん、それ本当?」


「ターニャ!?」

見ると娘のターニャが泣きそうな顔で立っている。

外の爆音や騒ぎで起きてきてしまったようだ。


「すまない、ターニャ。頑張ったんだが駄目だった。頑張ったんだが。」

父親の泣きながらの謝罪にターニャも目から涙が溢れた。

「酪農止めないでよ!私頑張るから!もっともっと頑張るから!!」

「ごめんな。ごめんな。」

周囲の牧場主達も目を潤ませて親子が抱き合うのを見守った。


そして新たな気配がまた一人・・・

姿を見せたのは、あの偏屈で有名なルイス・クレイリー。

「ダル?」

「ルイス・・・」

ルイス・クレイリーも爆音と騒ぎに気付いて起きて来た一人だった。

片手にランタンを下げて様子を見に来たようだ。

大穴と半壊の納屋に尋常ではないことが起こったと悟る。

「何があった?」

「・・・」

ダルは気まずそうに下を向いて何も答えない。

答えられなかった。

しばらく二人が無言になったところで、レイが手を叩く。



「とにかく、まだ夜明け前です。一度解散しましょう。」


レイの一言で解散が始まる。

近所の牧場主達はそれぞれの家へ、ルイスはダルが気になるようだったが元来た工房兼自宅へ。

まだ泣いているターニャは母親のミシカが宥めながら連れて行った。


「小嶋様も・・・まだお体は眠たいはず。」

レイは愛華にも戻るよう、背中に手を置いてささやいた。

「え、はい。」

愛華は、ごく自然に異性の背中に手を当てることができるレイに恐れ入る。

どこかで同じような経験をした気もするが思い出せない。



「僕とご主人は、まだ後始末の件でお話しがありますので。」

ダルとレイはその場に残ると宣言した。


しかし、愛華はどうしてもやらなければならないことがあった。

「待ってください!あの、私ずっとフードを被ったままで・・・最初の挨拶の時に忘れてからずっとタイミングを逃していてっ・・・」

「?」

レイは、愛華が何を言おうとしているのかわからなかった。


「つまり・・・挨拶の時も謝罪の時もフードを被ったままだったので、私・・・失礼でした!」

「ああ、そういう事ですか。別に気にしていませんよ。」

レイはそう言ったが愛華は「それはダメです」と言い、初めてレイの前でフードを外した。


「!!」


「誤解しちゃってごめんなさいっ!!」


そして改めて誤解したことを謝罪する。

愛華は頭を下げたままレイの反応を窺がう。

しかし数秒程待ってもレイからの反応は返って来ない。

「あの時の・・・」

そう呟いた以外には。


「・・・?レイさん?」

「あ、いえ。何でもありません。ただ・・・そうですね・・・」

レイは少し意地悪な声を出して愛華の髪を手に取った。



「小嶋様の謝罪を受け入れる代わりに、今度、僕に頑張ったご褒美を頂けませんか?」



「ひええっ!?」

少女漫画に出てくるような甘い言葉に愛華の顔が赤く引きつる。



「今度で構いません。是非、覚えておいてください。」

レイは愛華の顔に近付き、手に取った髪を滑らせながら囁いた。



「は・・・はい。」

逆らえずつい返事をしてしまう。

その言葉を聞いてレイは満足気に愛華を解放した。



そのまま逃げる急いでダルの家に戻ろうとするが、愛華はあることに気付く。

穴の横でピタリと足を止めた。

「小嶋様?」

「レイさん・・・この隕石跡。かすかに魔力の匂いがします。」

レイはギクリとするが平然を装う。

「隕石ですからね。パワーを秘めていたのかもしれません。」

宇宙のパワーと言いたいのだろうか。

「・・・」

それにしては神聖過ぎる匂いをしている気がした。

しかし夜中に森を抜けてからあまり睡眠がとれず、愛華の疲労も限界だった。

愛華はこれ以上考えずに、お言葉に甘えて寝ることにする。

「レイさんも、疲れているでしょうから、早めに休んでくださいね?」

「・・・ええ。お休みなさい。」


愛華はレイが寝るはずだった納屋が半壊していることなど頭に無かった。

それからターニャと一緒にベッドに入る。

牧場が無くなることにショックを受けているターニャを慰めながら一緒に眠りについた。







・・・


「これが祭壇ですか・・・」

「はい。」

レイとダルは広い牧場を抜けた先、アールヴの森内部まで来ていた。

石で作られた台の上に血で書かれたような魔方陣が書いてある。

そしてその上に年季の入った銀の杯や牛の頭の骨、魔力を帯びた石、何の骨なのかわからないが様々な形の骨が置いてある。


「持ってきた荷物をここへ。」

「はい」


ダルは家中からモラクス教関連の祭具などをかき集めた。

それらを入れた革袋を、レイに言われた通り祭壇の真ん中へ置く。


「少し離れてください。」

そう言うとレイは剣を抜いた。



《スラッシュ》!



レイが上から下へ剣を振ると、祭壇は荷物ともども真っ二つに割れた。

それを見てダルがブルブルと震えだす。


「!!モラクス様の怒りに触れます!!」

罰が当たるとでも思っているのだろう。

レイはやれやれとため息をついた。


レイはいつまでもノーザにいることはできない。

仲間も待っているし、なるべく早くヘイゲル神殿へ帰らなければ。

自分が帰った後、あの家の誰かが儀式をしてしまわないように、罪を犯してしまわないように、祭壇と関連する品を粉砕した。


「あなたはその神への信仰を捨てるのではないのですか?」

「そ、そうです!」

「では、もうそのモラクスという神を恐れるのも止めなさい。」

「はい・・・!」

「そして、家族のためにも罪を償ってやり直すのです。」



レイはダルを警察にあたる組織の所まで送るつもりだ。

最初は夫婦を二人とも連れて行くつもりだったが、ターニャの存在がレイの予定を覆した。

それにどうせダルを引き渡せば操作の手がミシカにも伸びるだろう。

それはそれとして現地の、この国の法に任せることにした。


「罪を償う」その言葉の意味をダルも理解している。

「はい。ですが、その前に一つ行くところがあります。」






・・・


ここに来るのは久しぶりだった。

子供の頃は毎日のように出入りしていた。


ダルが慣れた手つきでドアノッカーを叩く。

しばらくすると、ドアの向こうで気配がする。


「俺だ、ルイス。大事な話がある。開けてくれ。」


ドアのガラス越しに揺れる光と人影が見える。

ランタンだろう、光が近づいてくると、玄関ドアが開けられた。


「?どうしたダル?やはり問題か?」

その声には緊張が読み取れる。

ルイスからすれば、子供の頃以来、疎遠になっていたダルがこんな時間に訪問してくるのだ。

これはよほどのことだと身構えた。


「ルイス、聞いてくれ。」


ルイスはダル以外にも白いローブで顔を隠した男がいることも確認する。

「???お前は誰だ?」

「ハンターです。」

答えになっていなかった。

信用できない。


「ルイス、お前に話があるんだ。」

「僕のことは立会人とでも思ってください。」


優しい喋り方がより一層信用できなかった。

「ルイス、大丈夫か?こいつに脅されているのか?」

「心外ですね。」

男は肩をすくめた。

「この人は大丈夫だ。それより聞いてくれ、おれの懺悔を・・・」




ルイスの客間。

サイドテーブルに置いてあった花瓶が落ちて割れる。

テーブルの上を、ソファの上を、床を、転がりながら二人の男が取っ組み合う。

しかしよく見ると一人の男が一方的に殴り、もう一人はそれをただ受けている。

部屋中を取っ組みながら殴り、部屋の隅のランプが倒れ割れた。


殴った。

また殴る。

殴る。

殴る。


棚へぶつかった衝撃でドサドサと物が落ちる。

唇が裂けたのだろう、棚に向かって赤い液体が飛散した。


「ご亭主、これ以上は死にます。」

「殺してやる!!!」

レイの制止空しく、ルイスの怒りは収まらない。


今度はダルに馬乗りになって殴る。

また殴る。


「死んでハーバーにも謝ってこい!」


また殴・・・

「そこまでにしてください。」

レイはルイスの拳を後ろから掴んだ。


「放せ!」

力を入れるが自分の拳が動かない。

「!?」

ルイスは日頃の力仕事で鍛えられている。

半袖から伸びる腕には豊かな筋肉が備わっていた。

だからこんな優男に掴まれただけで、自分の腕が動かないなど信じられない。



「ダルさんの罪を裁くのは誰なのですか?どこへ連れて行くのが正しいのか教えてください。」

「??なんだお前は?」

「申し訳ありませんが、この国の人間ではないのでわからないのです。」


「・・・」

ダルはボコボコに腫れた顔で二人の話を黙って聞いていた。


「・・・ここはレイヤード男爵領になる。国家犯罪でもない限り、治安維持など罪人をしょっ引くのはそこの領兵の仕事だ。」

「なるほど、その施設は何処に?」

「街道を南に下った途中で道が西へ分かれている。その先だ。」

「わかりました、私が責任を持ってダルさんをそこへ連れて行きます。」

「・・・ごほっ!家内と娘に挨拶をさせてくれ・・・。」

「わかりました。ですがあまり時間がありません、日が登る前に発ちます。」

レイが窓を確認すると、東の空が少し白んできていた。


「待て。お前がダルの仲間でないとどうして保証できる?」

「保証はできませんが、連れて行くことを約束します。」

「それなら俺が連れて行く!」

レイとかいうこいつは怪しい。

信用できない。


「・・・それは非常に魅力的な提案ですが、駄目です。」

「何故だ!?俺がダルを殺すことを心配しているのか?」

「それもありますが・・・明日、ここに黒いローブの女性が訪ねてくるでしょう。彼女の依頼を聞いてあげてください。」

「!?・・・あの女勇者か。」

「おや、ご存知でしたか。ナンディーは無理でしたが、代わりにかなり強い牛を仕留めていましたよ。」

「それに、これは僕の・・・罪を暴いた者の責任だと思っています。」

その一言でルイスはレイがどういう経緯でここに来たのかなんとなくだが理解した。

あの穴や壊れた納屋もなんとなく繋がって来る。

「・・・わかった。」

それだけ言うとルイスはソファにどかっと座り、両手で顔を覆うと話さなくなってしまった。


「行きましょう。」

レイはダルに肩を貸して起こした。

足を引きずりながら玄関へ向かう。

二人が家を出たところでルイスも二人を追うように家から出て来た。

まだ殴るのであればレイは止めるつもりだった。

だがルイスはドアの前から動かない。

片手には不恰好な革作りのポーチのようなものが握りしめられている。



「俺はお前を絶対に許さない。」




「・・ああ。」

ダルは紫に腫れた口で返事をした。


「では、失礼します。」

レイはダルの背中を支えながら頭を下げ、この場を後にした。



ルイスはよたよたと進む二人の後姿を、拳を握りしめながら見送る。

「ダル・・・」


 ――何かあったら言えよ、ダル?――




「・・・何故あの時打ち明けなかった!!」



ルイスは顔をくしゃくしゃにして膝から崩れた。

玄関先のウッドデッキの上に額を擦りつけて歯を食いしばっている。



どこで間違ってしまったんだ!?



ルイスはガツンと床を叩くと、持っていた革のポーチにすがる様に顔に引き寄せた。


「トキ・・・!」





・・・

少し離れた所から声が聞こえる。


「そんな・・・だけを突き出すなんて・・・」

泣き声?

「タ・・・・をたのむ。」

何だろう?


あ、誰か近付いて来る。

誰?


「ぼ・・はもう・・・なくてはいけません。」


優しい声


「また・・会・・・・う、小嶋愛華さん。」




--翌日--


朝起きると、レイさんとダルさんの姿は無かった。

ミシカさんが言うには、レイさんは急用があり朝暗いうちに発ち、ダルさんは牛の病気と売却の件で近くの街へ出ているらしい。

この事を話すミシカさんは凄く辛そうだった。

私は朝ごはんのパンとサラダを頂くと、予定通りクレイリー製作所へ出向いた。

驚いたことにモラクスを見せる前から依頼を受けてくれると言ってくれた。

まるで人が変わったようだった。


ターニャも昨晩の件でずっと元気が無い。

でも牧場を畳むのに大忙しなダルさんを良い子で待っている。


「パパ・・・早く帰って来ないかなぁ?」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ