第八話 制御せよ
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中型ヴォイドの襲撃からニ日後。
アヤメはガレンに呼ばれていた。木と鉄を組み合わせた、倉庫のような広い空間。
湿った土と油の匂いを吸い込んだ。
「来たか」
低い声がした。
ガレンが壁際の武器棚に背を預けて立っていた。
ルカは磨かれた氷刃の短剣を点検し、エマは土を操り足場を平らに均している。
「調子は?」
ルカがこちらを向く。アヤメは首をひねった。
「普通。重くない」
「……普通、ね」
三人の視線が微妙にずれる。
昨日まで寝ていた人間の言う「普通」が信用できないのは当然だった。
ガレンが腕を組んで前に出た。
「今日は、お前のシックスセンスの制御を見たい。
あんな雷膜をぶっ放して生き残る奴なんて、見たことがない。
だが――制御できなきゃ危険すぎる」
アヤメは瞬きした。
「危険……?」
「お前が、だ。周囲にとってな」
ガレンは言葉を選ばずに言った。
アヤメはその意味を処理するように、少しだけ目を伏せる。
「……わたし、傷つけたくない」
「なら制御だ」
ガレンは歩き、武器棚を指し示した。
ずらりと並ぶのは槍、棍、短剣、そして――剣。
「ホルダーで戦うなら武器が必要になる。お前の流派とか事情は知らんが……扱いやすいものを選べ」
アヤメは棚の前に立った。
剣の中でも形が違うものが目につく。
細身、反り、単刃。
いわゆる刀型のブレード。
指が自然に伸びた。
「……これ」
アヤメは迷いもなく一本を引き抜いた。
重さ、質量、重心――握った瞬間に違和感が走る。
(刃の厚みは均等。骨格は軽い。でも衝撃には弱い。
なら、力の通し方を変えれば──)
ほんの一秒で結論が出た。
「扱える」
そう言ったアヤメに、ガレンが目を細めた。
「試してもいないだろ」
「見れば分かる」
「……は?」
ルカが吹き出し、エマが「あー……始まった」と呟いた。
「アヤメ、その“見れば分かる”って何?」
「構造が分かれば動きも分かる。壊れる角度も壊れない角度も、たぶん」
「たぶんで言うなよ!」
エマが土の塊を落とし、ガレンは苦い顔をした。
「……いい。試せば分かる。構えろ」
アヤメは静かに刃を持ち、足を半歩ひらいた。
癖のない基本姿勢――しかし、誰も教えていない。
「なんで素で“正しい構え”になるんだよ……」
ルカのぼやきは無視された。
ガレンが腕を振る。
「エマ、壁を出せ」
「はいよ」
エマが地面に手をつくと、土が膨れ上がり、厚い壁が形を取った。
「斬ってみろ。軽くだ」
「軽く?」
「ああ。絶対に、軽くだ」
アヤメは少し考え、壁に向き直った。
(力の入れどころはここ。刃が跳ねないように重心は……)
一瞬で計算が終わり、刃が線を描く。
――ザシュ。
土壁が真横に切り裂かれ、上半分がずるりと落ちた。
「軽く、って言ったよな?」
「軽いよ。今のは」
ガレンは深く息を吐き、エマは崩れた壁を見て青ざめた。
「……アヤメ。それ、多分“軽く”じゃなくて“殺意ゼロで全力風味”のやつ」
「殺意はない」
「そういう問題じゃない!」
ルカが頭を抱えた。
アヤメは首を傾げた。
「じゃあ、どうするの?」
「制御だよ!!」
三人が声を揃え、倉庫に響いた。
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訓練はまず、“雷を出さない練習”から始まった。
「この前みたいに暴走されたら、俺たち死ぬからな」
ガレンの言葉にアヤメは素直に頷く。
「止めるのは分かった。どうやって?」
「逆にこっちが聞きてえわ!」
しかし、実際はすぐに進展した。
アヤメの指先に、微かな電気の気配が走る。
本人は無自覚。
「ほら出てる出てる出てる! 止めて!」
「……出てる?」
「出てるの!!」
アヤメは指を見つめ、そこで初めて意識的に“止めよう”とした。
次の瞬間、電流の気配はふっと消えた。
三人が固まる。
「……お前、今の、普通は数週間かかる訓練なんだが」
ガレンの声がかすれた。
「止めろって言われたから止めた。悪い?」
「悪くはない……悪くはないけど……」
ルカとエマが顔を見合わせ、同時に頷いた。
アヤメは自分の胸に手を当てた。
(言われたから止めた。それだけ。
でも、それがそんなに変?)
分からない。
アヤメの中では、ただの操作のひとつだった。
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「次、雷を“点”で出してみろ。絶対に“膜”にするなよ」
ガレンの号令で、アヤメは刀を横に置き、手を伸ばした。
(点……小さく……)
指先でイメージすると、青白い光がぱちりと弾けた。
「そう、それ! そのくらいが基礎――」
ルカが安堵した瞬間、アヤメが無表情で言った。
「じゃあ、この“点”を刀に乗せるのは?」
「乗せなくていい!!」
だが遅かった。
アヤメは刀を取ると、まるで当然のように雷の点を沿わせた。
刃の金属が光を受け、微かな振動が走る。
刀は焼けるどころか、振動を吸収するように安定していた。
「……壊れない」
「いや、なんで壊れないか説明してくれ!!」
ガレンが叫び、エマが腰を抜かし、ルカは半笑いになった。
アヤメは淡々と言う。
「刃の中の芯の形と厚さで、雷が壊す場所は分かった。
そこに電気を通さなければ壊れない」
「そんなの“一瞬で理解して実行できる”と思ってるのか?」
「できたよ?」
三人が同時に沈黙した。
(できたことが、そんなに変……?)
アヤメは何度も瞬きをした。
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訓練の最後、ガレンは深い息を吐くと、言った。
「……アヤメ」
「なに?」
「お前は、すげぇよ」
アヤメはきょとんとする。
「すごいって……どうすごいの?」
「いいから黙って聞け」
ガレンは真剣な目で続けた。
「お前は“できること”を普通だと思いすぎてる。
だが、その普通は俺たちの普通じゃない」
アヤメは少しだけ戸惑う。
「……わたし、変?」
「変だよ。とんでもなく変だ。
でも……その変さが、この世界では武器になる」
横でルカが頷く。
「あなたの理解力はやばい。
一を聞いて百動くタイプでしょ。
あたしたちの常識で測れないのは分かった」
エマも笑う。
「だから、逆に言えば――教えがいがあるってことだよ」
「……教えがい?」
「うん。伸びるって意味」
アヤメは胸の奥で何かがぱちりと灯るのを感じた。
(伸びる……?
わたしが……?)
未知の感覚だった。
評価でも称賛でもない。
ただ「あなたには可能性がある」と言われた気がした。
アヤメは静かに頷いた。
「……じゃあ、教えて。もっと」
ガレンは笑った。
「ああ。叩き込んでやるよ。
制御できなきゃ共闘もできねぇからな」
「わかった」
アヤメの手には、雷を宿さない静かな刀。
その刃は、まだただの金属。
けれど、三人の目にははっきりと見えていた。
――この少女が、本格的に“戦い方”を覚えたら。
世界の天秤が、きっとどこかで傾き始める。
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