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ノヴァインパクト-産まれたら世界が壊れていました-  作者: ウルティ
少女は瓦礫の中で目を開く

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8/68

第七話 世界のかけら

⸻

 天井がある。

 木材と布で組まれた、簡素な天井。

 外から差し込む光が角度を変え、昼ではないことだけが分かる。

 アヤメは、ゆっくりと目を開けた。

 体は重かった。

 筋肉の一本一本が、まだ自分のものではないような鈍さを抱えている。

 指先に力を込めると、じわりとした痺れが遅れて立ち上がった。

「……起きた?」

 落ち着いた声がした。

 視線を横に向けると、椅子に腰かけていたミラがこちらを見ていた。

 茶色がかった髪をざっくりと束ね、腕を組んだまま少しだけ微笑む。

「ここ、診療所。覚えてる?」

 アヤメは枕に頭を預けたまま、短く答えた。

「……うん。ここ」

 声はかすれているが、言葉は途切れなかった。

 ミラは立ち上がり、アヤメの額に手を当てる。

 温度を確かめ、次に手首に触れ、脈を取る。

「熱はもう下がってる。心臓も、ちゃんと動いてる。……ねえ、自分で体の感じ、どう?」

 アヤメは少し考え、体の各部位に順番に意識を向けた。

 頭、肩、胸、腹、脚。

 筋肉の疲労感はあるが、致命的な痛みはない。

「重い。でも、壊れてない」

「壊れてない、ね。……その表現、結構あってるかも」

 ミラは苦笑した。

 そのとき、診療所の入口が軽くノックされる。

「入るわよ」

 白い布を羽織ったサラが入ってきた。

 手には古びた端末とメモ。

 彼女はミラと軽く目配せを交わし、そのままアヤメの枕元に立つ。

「気分は?」

「……動きづらい。でも、さっきよりマシ」

「さっきはほとんど意識なかったのよ。起きてしゃべれてる時点でだいぶおかしいわ」

 サラは淡々と脈を測り、瞳孔の反応を確かめる。

 小さく顎を引いて、ひとつ息を吐いた。

「心拍は少し早いけど乱れてはいない。筋肉の痙攣も今は落ち着いてる。……正直、反動で二、三日は寝たきりでもおかしくなかったのに」

 アヤメは首を傾げる。

「反動、って?」

「さっきの“雷みたいなもの”よ。あれがシックスセンスだとするなら、普通のホルダーがあんな出し方をしたら、まず体がもたない。筋肉と神経が焼けついてるレベルの負担」

 サラの視線が、アヤメの腕や脚をなぞる。

 包帯の下にあるはずの損傷は、すでにほとんど修復されている。

「でもあなたは、筋肉痛レベルで済んでる。……応急処置しか知らない私から見ても、これは“説明できない”わ」

 そこで言葉を切り、サラはミラの方向をちらりと見た。

「体の詳しいことは、今は置いておく。とりあえず命に別状はない。少なくとも、今すぐ私にできることは終わりね」

 ミラが安堵したように肩の力を抜く。

「よかった……」

「ただし」

 サラの声が少しだけ強くなる。

「動き回るのはまだ禁止。歩くのも最低限。ベッドから離れるときは誰かを呼ぶこと。いいわね?」

 アヤメは小さく頷いた。

「……わかった」

「返事だけは素直で助かるわ」

 サラは微かに口元を緩めると、診療所を出て行った。

 布の仕切りが揺れ、足音が遠ざかる。

 静けさが戻る。

 ミラは椅子をベッドのすぐ近くまで引き寄せて座り直した。

「……世界のこと、知りたい?」

 アヤメは少しだけ考えてから、頷いた。

「知りたい。知らないと、判断できない」

「判断、ね。……アヤメらしい」

 ミラは息を吐き、天井を一度見上げた。

 それから、ゆっくりと言葉を選ぶように口を開く。

「まず前提から話すね。あなたが目を覚ます、ずっと前の話」

 アヤメは目を閉じ、耳だけを澄ませた。

「数百年前。世界に、超巨大な隕石が落ちたの」

 淡々とした声。

 だがその裏には、歴史の重さを知る者の震えが少しだけ混じっていた。

「その衝突で、海が盛り上がって、大地は裂けて……人類の半分が死んだって言われてる。正確な数なんて、もう誰にもわからないけどね」

 アヤメの脳裏に、廃施設で見たような瓦礫の光景が重なっていく。

 崩れたビル。割れた道路。ねじ曲がった鉄骨。

「でも、本当の地獄はそこからだった」

 ミラの声が、ほんの少し低くなる。

「隕石の落下と一緒に、世界中に“何か”が広がった。目に見えないまま、空気とか水とか、大地に染み込んで……そのうち、形を持ち始めた」

 アヤメはうっすら目を開けた。

 薄暗い天井の向こうに、紫色の皮膚がよぎる。

「それが、ヴォイド」

 ミラはゆっくりと言う。

「人間でも動物でもない、名前のない生き物。意思も、怒りも感情も見えない。ただそこにあるものを、片っ端から“喰って”いく。食料も、街も、人も、全部まとめて」

 淡々とした説明。

 その中に、かすかな苦味があった。

「そのせいで、人類はさらに半分以上消えた。隕石の前から比べると、もうどれくらい減ったのか、誰にも正確にはわからない。今、私たちが暮らしている場所はね――」

 ミラは指を一本立て、宙に描く。

「地球の表面のうち、だいたい五パーセントくらいしか“人が安全に住める場所”がないって言われてる」

「ご……パーセント」

 アヤメは数字を頭の中で並べた。

 広さの感覚はない。

 けれど、“ほとんど残っていない”ということだけは分かった。

「隕石と同じ頃、“ゼノ・マトリクス”って呼ばれる正体不明のエネルギーが世界を覆ったの。原因は隕石だって説もあるけど、今となっては確かめようがない。ただ――」

 ミラは右手を握ったり開いたりしながら、続ける。

「そのゼノ・マトリクスに“適合した”人たちが出てきた。普通の人じゃなくて、世界の環境そのものと噛み合った人たち。彼らは、火とか氷とか雷とか……自然現象みたいな力を扱えるようになった」

 アヤメは、雷膜の感触を思い出す。

 皮膚の下を走った光。

 骨を叩いた振動。

 音の消えた一瞬。

「その人たちを、“ホルダー”って呼ぶの。ゼノ・マトリクスの力を“持つ者(ホルダー)”。火、氷、雷、風、土。五つのうちどれかひとつに目覚める」

 ミラは、アヤメの目を見た。

「あなたのは……雷、でいいのかな」

 アヤメは少しだけ視線をそらした。

「……わからない。でも、あれは、雷みたいだった」

「うん。私もそう見えた」

 ミラは微笑む。

 その笑みは、驚きや恐怖よりも先に、安堵を含んでいた。

「ホルダーは世界の人口の二割くらいって言われてる。多いように聞こえるかもしれないけど、ヴォイド相手に戦える戦力としては全然足りない。しかもね――」

 ミラは指で小さな円を描く。

「“適合率”っていうのがあるの。ゼノ・マトリクスとの噛み合いの良さ。生まれた瞬間に数値が決まって、一生変えられない」

「……数値?」

「うん。ざっくり言うと、十五パーセントくらいが普通。二十を越えると優秀。三十なら、どこに出しても一流のホルダー。五十パーセントなんて聞いたら、みんな腰を抜かす。人が耐えられる限界だって言われてるから」

 アヤメは黙ったまま聞いていた。

 自分がどこに属するのか、その時点ではまだ分からない。

 ただ、“限界”という言葉だけが耳に残る。

「適合率が高いほど、シックスセンスの威力と密度は上がる。火なら温度が、氷なら凍結範囲が、雷なら出力が……ね。でも、同時に身体への負荷も跳ね上がる」

 ミラは自分の胸のあたりを軽く叩いた。

「だから、鍛える必要があるの。シックスセンスの“精度”を。どう出して、どう抑えて、どこで止めるか。それができないと、自分の力で自分が死ぬ」

 アヤメはぼんやりと指先を見つめた。

 そこには今、何の光も走っていない。

「ゼノ・マトリクスに適合した人たちは、ヴォイドに対抗するために集められた。ホルダーを中心に組織された戦線。それが――ゼノス」

 ミラは少しだけ遠くを見る目をした。

「ゼノスは世界に七つ、拠点を持ってる。そこは、都市って呼んでいいくらいの規模。厚い壁と防衛線と、そこそこ安定した生活。……私たちみたいな小さな集落は、その周りでなんとか生きてる」

「ここは、ゼノスの拠点じゃない?」

 アヤメは問いを挟む。

「違う。ただの辺境の集落。ゼノスからは“管理対象のひとつ”くらいの扱いかな。たまに物資が回ってきたり、巡回の部隊が立ち寄ったりはするけど、守ってもらえる保証はない」

 ミラの声には、諦めとも現実主義ともつかない調子が混ざっていた。

「だから、ここにいるホルダーはみんな、ゼノスの正式部隊じゃなくて、拠点を守るための半分素人の戦力。ガレンも、ルカも、エマも」

「でも、強かった」

 アヤメは思い出す。

 炎の弧。

 白い霜。

 盛り上がる土の壁。

 ミラは小さく笑った。

「うん。あの子たちは頑張ってるよ。……でも、さっきの中型みたいなのが出てくると、本当は力が足りない。正直、今回だって運が良かっただけ」

「運じゃない。わたし、やった」

「そうね。あなたがやった」

 ミラの視線が、一瞬だけ鋭さを帯びる。

 それから、言葉を選ぶように続けた。

「その話を、ちゃんとしようか」

 ミラは椅子から立ち上がり、診療所の片隅へ歩いていった。

 棚の上から、金属容器を一つ取る。

 蓋を開け、中身を慎重に布の上に置いた。

 アヤメは上体を起こし、覗き込む。

 そこには、黒く変色した“何か”があった。

 岩の欠片のようでいて、どこか有機的な線を残している。

 内側は炭のように砕け、表面には細い亀裂が蜘蛛の巣状に走っていた。

「……中型の、欠片。胸の辺りの組織よ」

 ミラは視線を落とし、低く言った。

「ガレンが少しだけ切り取ってきてくれた。燃やして倒したのか、氷で砕いたのか、それとも圧殺したのか……確認するためにね。でも、どれにも当てはまらなかった」

 アヤメは指先を伸ばそうとして、ミラに軽く制される。

「触らないで。安全は確認したけど、念のためね」

 布越しに見えるその断面は、自然な破壊ではなかった。

 熱で溶けた痕とも違う。

 外からの衝撃で砕けたのとも違う。

 あまりに細かすぎる断裂。

 まるで内部から同時に壊されたような痕跡。

「焼けてるのに、焼け落ちてない。砕けてるのに、砕けた方向がバラバラ。……何度見ても、私には理解できない壊れ方」

 ミラは小さく息を吐いた。

「サラも言ってた。“こういう崩れ方をするのは、普通の熱や衝撃じゃない。もっと高密度の、瞬間的な何かだ”って」

 アヤメは自分の胸に手を置いた。

 あの瞬間の感覚が蘇る。

 体を締めつけた光。

 皮膚の内側を満たした圧力。

 外へ弾け飛んだ“膜”。

「……わたしが、やった」

「そう。あなたがやった」

 ミラははっきりと言う。

「普通のホルダーがあんな真似をしたら、さっき言ったみたいに死んでる。ヴォイドもろとも、自分の神経も焼き切ってね」

 アヤメは黙って聞いていた。

「でもあなたは、生きてる。息もしてるし、話もできる。筋肉も、少し寝ただけでここまで動いてる。……正直、怖いくらいに“普通じゃない”」

 ミラはそこで言葉を区切り、アヤメの目をまっすぐ見た。

「だからって、敵だって決めつけるつもりはない。あの中型を倒してくれたのは事実だし、私を庇ってくれたのも、ここにいるみんなを守ろうとしたのも事実」

 アヤメは視線を落とす。

「わたしは……ミラを守ろうとしただけ」

「知ってる」

 ミラは即答した。

「だから、これだけは先に決めておきたいの。あなたのことを、ここではどう扱うか」

「どう、って?」

「“得体の知れない兵器”として怖がるか、“よく分からないけど一緒に生きてる人間”として見るか」

 アヤメは少し考えた。

「ミラは、どっち?」

「後者」

 迷いのない声だった。

「私はあなたを拾った。あそこで見て見ぬふりしたら、きっと一生後悔したと思う。……だから、怖くても、その結果からは逃げない」

 アヤメは、ほんの少しだけ瞬きをした。

「でも、ゼノスがこの話を聞いたらどうするかは、正直分からない。あなたみたいな出力のホルダーを、“欲しがる”のか、“危険視する”のか」

 ミラは金属容器の蓋を閉じた。

「だから、今のところこれは、ここにいる数人だけの話にしておきたい。ガレンとルカとエマと、サラとジェイドと……私。あなたが嫌じゃなければ」

「……隠す?」

「隠すっていうより、“全部は言わない”って感じかな。中型を倒したのがあなたなのは事実だけど、どれくらいの出力だったかまでは、他所に言う必要ないでしょ」

 アヤメは少しだけ考え、こくりと頷いた。

「わかった。ミラがそうしたいなら、それでいい」

「それ、だいぶ危ない考え方だよ」

 ミラは苦笑した。

「もっと自分を基準にしていいんだよ。“自分が嫌かどうか”とかさ」

「まだ、わからない。自分が、どうしたいか」

「そっか」

 ミラは椅子の背にもたれ、天井を見上げる。

「じゃあ、ゆっくり考えよう。世界のことも、自分のことも。ここは辺境で、ヴォイドも出るし、物資も少ないけど……少なくとも、考える時間くらいはあるから」

 アヤメは天井の節目を見つめた。

 その先に広がる世界の形を、今はまだ想像できない。

 隕石。

 ヴォイド。

 ゼノ・マトリクス。

 ホルダー。

 ゼノス。

 そのどれにも、自分の名前はない。

 けれど――

「わたしのことも、どこかに、ある?」

 気づけば、そんな言葉が口から漏れていた。

 ミラは驚いたように瞬きをし、それからゆっくりと笑った。

「あるよ。絶対にある。……世界のどこかに、アヤメが“ここから来た”って言える場所が」

 アヤメは、その言葉を胸の中で何度か繰り返した。

 “ここから来た”と、言える場所。

 それを探すことが、自分のやるべきことのひとつだと、何となく理解する。

「世界の話、まだたくさんあるよ。ゼノスの都市のこととか、別の拠点の話とか、中型よりもっとまずいヴォイドの噂とか」

「聞きたい」

「今日はここまで。サラに怒られる」

 ミラは伸びをして立ち上がる。

「とりあえず、もう少し寝て。反動が完全に抜けるまでは、動き回るのは禁止」

「……わかった」

 アヤメは素直に横になる。

 体の重さはまだ残っている。

 だが、意識の中にはさっきよりも多くの“情報”が積み上がっていた。

 隕石が落ちた世界。

 ヴォイドに喰われた大地。

 五パーセントの生活圏。

 七つのゼノス拠点。

 二割のホルダー。

 十五パーセントの適合率。

 五十パーセントの限界。

 そして、自分の中で弾けた雷膜。

 それらはまだ、ばらばらの破片にすぎない。

 けれど、いつかどこかで線になる予感だけが、かすかに胸の奥で光っていた。

 まぶたを閉じると、遠くで風の音がした。

 集落の外をなでる、かすかなざわめき。

 世界は広い。

 その広さの中で、自分がどこから来て、どこへ向かうのか――。

 答えはまだ、どこにもない。

 ただ一つだけ、確かなことがあった。

 アヤメ・スターリングは、もはや“知らない世界の外側”にはいない。

 そこに組み込まれ、影響を与え始めた存在なのだということ。

 静かな診療所の灯りの下で、少女は再び目を閉じた。

 世界のかけらを胸に抱えながら。

⸻


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ハイファンタジー/女主人公/異能/第六感/チート/異能バトル
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