第十二話 圧倒的
第十二話 圧倒的
地面に、紫色の塊が転がっている。
小型ヴォイドの死骸が三つ。
それと、さっきまでガレンたちが相手をしていた、別の五つ。
全部で八体。
ついさっきまで集落に向かってきていた脅威は、今はただの動かない肉の塊に変わっていた。
アヤメは刀を鞘に戻し、静かに息を吐いた。
呼吸は少しだけ早い。それでも、乱れてはいない。
周囲は、しばらく誰も声を出せなかった。
「……終わったな」
最初に口を開いたのはジェイドだった。
低い声が、ゆっくりと場を現実に引き戻していく。
ガレンが、まだ肩で息をしながら死骸の方へ歩いていく。
足元には、自分が燃やしたヴォイドの残骸と、アヤメが斬り伏せた死骸が同じ列に並んでいた。
「おいおい……」
ガレンは一体の首元にしゃがみ込み、そっと指で筋肉の切断面をなぞる。
刃が通った線は、驚くほど滑らかだった。
「なんだよ、これ。筋肉の継ぎ目、ぴったり狙ってやがる」
ルカも顔をしかめながら近づいてくる。
「さっきの速さで? それ、反則じゃね」
「見えたから、切っただけ」
アヤメは淡々と言った。
事実をそのまま並べた声だった。
筋肉の膨らみ。
動きの向き。
力が集まっている点と、逆に“空白になっている線”。
それらが、目に入った瞬間にひとつの図として組み上がる。
「ここを切ればいい」という答えは、その流れの中で自然に浮かんだだけだった。
エマが別の死骸の腹部分を覗き込む。
「……ここも同じだ。動きの中心から少し外したライン。そこだけ、力の通り方が変わってる」
彼女は指で何度か空中に線を描く。
アヤメの斬撃の軌道を、出来る限り再現しようとするように。
「こんな精密に狙うなんて、無理だよ。こっちだって、筋肉の繋がりとか考えて壁出したりしてるけどさ……戦闘中にここまで細かくは読めない」
「アヤメ」
ジェイドが名前を呼んだ。
その声には、さっきまでの驚きがもうほとんど残っていなかった。
代わりに、いつもの“判断する側の声”に戻っている。
「今の戦い、どう見てた?」
アヤメは少しだけ目を細める。
問いの意味をそのまま受け止め、整理してから言葉にする。
「ガレンは、真正面から止めてた。炎で足を鈍くして、力のぶつかる場所を自分の正面に集めてた。ルカは、その隙間で足を凍らせて、動きを切ってた。エマは、そのふたりが持たない場所を、壁で埋めてた」
ガレンたちが互いに顔を見合わせる。
「それで?」
「でも、誰も一撃で殺す場所を狙ってなかった。殺す前提じゃなくて、“止める前提”で動いてた。だから、じわじわ体力が削られていった」
アヤメは地面に残る足跡、焦げ跡、土壁の崩れ方を順番に見ていく。
「筋肉のつなぎ目。呼吸してるリズム。核があるあたりの守り方。全部合わせれば、“ここを切れば死ぬ”って場所はいっぱいあった。でも、誰もそこを狙ってない。狙い方を知らないから」
ルカが思わず口を挟む。
「簡単に言うなよ……。こっちはこっちで必死にやってんだって」
「簡単だとは言ってない」
アヤメは首を振る。
「“できるかどうか”じゃなくて、“狙ってるかどうか”。それだけ」
ジェイドはしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐き出す。
「……なるほどな。やっぱり、“見えてるもの”が違う」
ミラが、アヤメの横に立って様子を見ている。
心配そうな顔と、どこかで誇らしそうな顔が混ざっていた。
「アヤメ。疲れた?」
「少しだけ。剣と足だけだったから」
「“だけ”って言うな」
ガレンが額の汗を乱暴に拭う。
「お前と同じ回数動いたら、普通のやつは三回くらい死んでる」
「死なない」
「お前はな」
ジェイドがみんなを見回した。
「……ここで話を続けるのはやめだ。一回片付けて、場所を変える。話すことが多すぎる」
その言葉で、ようやく皆が現実に戻る。
ミラと数人の住民が、遠巻きにこちらを見ていた。
「死骸の処理、手伝うよ」
ミラが前に出ようとするが、ジェイドが手で制した。
「いい。危ない。表面が硬くても、口の中にはまだ毒が残ってる可能性がある」
ジェイドは短く指示を飛ばし、ガレン、ルカ、エマとともに死骸を解体していく。
アヤメは、それを黙って見ていた。
筋肉の走り方。
骨の太さ。
核の位置。
以前聞いた説明と、目の前の実物が、頭の中でぴたりと重なっていく。
――核は、胸の奥。
――呼吸のリズムで、一瞬だけ守りが薄くなる瞬間がある。
――筋肉は硬質化しているが、繋ぎ目は“切れる”。
さっき自分が斬った場所は、やはりその条件に沿っていた。
確認は完了した。
それを特別なことだとは、アヤメは思わなかった。
⸻
「さて」
集落の一角、小さな集会小屋。
粗末なテーブルを囲むようにして、いつものメンバーが座っていた。
ジェイド。
ミラ。
サラ。
ガレン。
ルカ。
エマ。
そして、アヤメ。
さっきの死骸の一部が、布に包まれたままテーブルの端に置かれている。
「さっきの戦いのこと、整理するぞ」
ジェイドが真っ先に切り出した。
「まず、小型八体。ガレンたち三人で五体。残り三体をアヤメが単独で斬った。ここまでは事実だ」
ガレンが腕を組む。
「問題は、その“やり方”だな。正直、俺たちのやってたのは“押し返して時間を稼ぐ戦い”だった。お前のは、“殺すための戦い”だった」
「違う」
アヤメが小さく首を振る。
「“守るための戦い”。殺さないと、ここに届くから」
ルカが苦笑する。
「そこまでまっすぐ言われると、なんも言えねぇな」
「でもさ」
エマがホロ端末の簡易表示を開き、さっき自分で描いた軌道図をみんなに見せる。
「これ、見て。さっきの斬撃の軌道、覚えてる範囲で線にしてみたんだけど……」
そこには、異様なシンプルさの線がいくつも重なっていた。
遠回りも揺れもなく、最短距離で急所を貫く直線。
「これ、普通は“最初に思いつくルート”じゃないよ。筋肉の走り方と、核の位置と、ヴォイドの動き方を全部合わせて、“最終的に一番効率がいい線”だけ残してる」
エマは自分で言いながら肩をすくめる。
「こんなの、リアルタイムで最適化する余裕、普通はないって」
アヤメはその図を一瞥し、軽く頷いた。
「合ってる。あのときのイメージと近い」
「“イメージと近い”じゃなくてな」
ルカが頭を抱える。
「俺らはそのイメージに辿り着くまでにどれだけ時間かかるかって話なんだよ。お前、一瞬でそこまで行くじゃん」
「考えれば分かる」
「その“考える”の中身がバケモンなんだよ……」
ジェイドがテーブルを指で軽く叩いた。
「アヤメ。お前、自分が“強い”って自覚はあるか?」
「ある。中型を殺した。今日も小型を三体、すぐに倒した」
アヤメは淡々と答える。
「じゃあ、自分が“危ない”って自覚は?」
少しだけ間が空いた。
「……どういう意味?」
「さっきの戦い、お前がシックスセンスを使ってたらどうなってたと思う?」
ジェイドの視線は鋭いが、責めてはいない。
アヤメは数秒考えた。
「……この場所、焦げる。ヴォイドも、地面も、たぶん周りの人も」
「そうだ」
ジェイドは頷く。
「お前は体だけ見れば、出力を上げても死なない。雷を全身に回しても、たぶん前みたいに生き残る。でも、その出力を外に向けたとき、誰が死ぬかは分からない」
ミラが小さく息を呑む。
「だから、“無自覚の強者”は危ない。敵にとってだけじゃなくて、味方にとってもな」
アヤメはテーブルの上の自分の手を見た。
指先。
そこから出た雷が、中型ヴォイドを貫いた。
「……どうすればいい?」
短い問い。
そこには拒絶も、反発もない。
ただ“次にやるべきこと”を求める響きがあった。
「決めることは二つだ」
ジェイドは指を二本立てる。
「ひとつ、お前自身が“どこまで力を使うかの線”を決めること。もうひとつ、俺たちが“お前の戦い方にどう合わせるか”を決めることだ」
「線?」
「ああ。雷を使うかどうか。どれくらいの強さまで使っていいか。どんな状況なら使ってはいけないか。──そういう“自分へのルール”だ」
ガレンが頷く。
「俺たちは、体が先に限界迎えるから、勝手に線が引かれる。熱出しすぎたら、こっちの筋肉が先に焼けるからな」
ルカが肩をすくめる。
「氷も同じ。やりすぎると自分の関節から死ぬ」
「土も、出しすぎると体力が一気に落ちる。動けなくなったところを踏みつぶされる」
エマが苦笑する。
「だから私たちは、嫌でも“ここまでしか出せない”って線を体で覚えてる。アヤメは、そうならない。線を、自分で決めなきゃいけない」
「決め方が、分からない」
アヤメは正直に言った。
「強く出せば、ヴォイドは死ぬ。それは分かる。でも、どこまで弱くすればいいかは……まだ分からない」
そのとき、ミラが口を挟んだ。
「じゃあ、そこはさ。私たちと一緒に決めていけばいいんじゃない?」
みんなの視線がミラに集まる。
「アヤメひとりに任せるんじゃなくて、ガレンもルカもエマもサラもジェイドも、私も含めてさ。“ここまでなら大丈夫”“ここから先は危ない”ってラインを、みんなで話して決める」
ミラはアヤメの方を向く。
「アヤメは、教えてもらったことはちゃんとやるでしょ?」
「やる」
「だったら、その“教える内容”をちゃんと作ればいい。今まではさ、みんな自分の出力に自分で合わせてきたから、そんな発想なかっただけで」
ジェイドは少し考え、それから頷いた。
「……悪くないな」
ガレンも大きく息を吐く。
「確かに、こいつに“好きにやれ”は危なすぎる。なら逆に、“ここまではやれ、ここからはやるな”ってこっちが設計した方が早ぇか」
ルカが苦笑した。
「なんか、戦い方のカスタム機体みたいな扱いになってない?」
「実際そうだろ。勝手にオーバーヒートしない高出力機体なんて、普通ない」
エマがホロ端末に何かを書き込み始める。
「じゃあ、項目作るね。“雷を使っていい条件”と“絶対ダメな条件”と……“それ以外はジェイドの判断に従う”で」
「おい、なんで最後丸投げなんだ」
「指揮官だから」
ミラが笑う。
「決める人はひとりいた方がいいよ。“この場面では使え”とか“ここでは我慢しろ”とかさ」
ジェイドは頭を掻いた。
「……重い役目押しつけられた気がするな」
「元々でしょ」
ミラの即答に、場の空気が少しだけ和らぐ。
⸻
「もうひとつの話だ」
ひと段落したところで、ジェイドが言った。
「さっきアヤメが、雷を使わなかった理由」
アヤメは少しだけ目を伏せた。
「使わなくても、勝てると思った。ここまで近くで、核が見えてたから」
「それだけか?」
「……雷を使ったら、周りが焼けるかもしれない。それも、考えた」
ジェイドは短く息を吐いた。
「それなら、悪くない判断だ」
ガレンが頷く。
「出せるからって、全部出しゃいいってもんじゃねぇ。今みたいに“必要だから出す”と“出さなくていいから出さない”を分けられるなら、まだマシだ」
ルカが腕を組む。
「問題は、“雷を使った方がいい場面”だな。中型以上が来た時とか」
「そのとき用に、“型”を決めよう」
エマが端末を軽く叩いた。
「アヤメが前に出て、私たちが周りを固める形。雷は、絶対に仲間の後ろから撃たない。撃つときは、全員の位置をゼロコンマまで把握した上で撃つ。それを前提にした陣形をさ」
「ゼロコンマって簡単に言うなよ」
ルカがぼやく。
「でもまあ……あいつならできそうなんだよな」
「できる?」
アヤメが自分のことを尋ねるように言う。
ガレンは苦笑しながらも頷いた。
「できるだろ。お前、“武器を選んだとき”にやっただろ」
ミラが「あ」と小さく声を漏らした。
「雷、纏わせたやつ?」
「うん。あれ、なんで壊れなかったか、教えてくれる?」
アヤメは少しだけ考え、それから普通のことを言うような調子で答えた。
「刃の厚さと、芯の位置と、金属の種類が違うところ。衝撃が集まりやすい場所と、逃げる場所。そこを見た。雷は、外側だけ通すと割れる。だから、刃の中の“通しても平気な線”に沿って流すようにした」
エマがペンを落としそうになる。
「ちょっと待って。“見た”って今さらっと……」
ルカも顔をしかめる。
「それ、普通の人は鍛冶屋と一緒に何ヶ月も検証してやっと気づくレベルの話じゃね?」
「そうなの?」
アヤメは本気で不思議そうに首を傾げた。
「形を見れば、どこに力が集まるか分かる。前にも言ったけど、“分かったら、その通りに動くだけ”」
サラが腕を組み、じっとアヤメを観察していた。
「やっぱり、“理解の速度”と“体の追従”が異常なんだよね。頭で分かった瞬間に、体がその通りに動けてる」
「それってさ」
ミラがアヤメの横顔を見ながらつぶやいた。
「じゃあ、ちゃんと教えてあげたら、雷の制御もすぐ覚えるってことだよね」
「……そういうことになる」
ジェイドはゆっくり頷いた。
「ガレン、ルカ、エマ。お前ら、自分の持ってる“制御の知識”を全部出せ。できるできないは一旦置いといて、とにかく言語化しろ。いいな」
「おう」
「りょーかい」
「やってみる」
三人の返事はそれぞれだったが、方向は揃っていた。
「アヤメ」
ジェイドは最後に彼女を見る。
「お前は、自分の体をどう動かせるのか、どこまで行けるのかを、“知る”ところから始めろ。雷も、剣も、全部含めてな」
「知る」
「そうだ。“知らない強さ”は、ただの事故だ。“知った上で使う強さ”は、選べる」
アヤメはその言葉を、そのまま胸の奥に落とし込んだ。
「……わかった。知る。教えてくれたら、考える。考えたら、できる」
ミラが、少しだけ笑った。
「それ、なんかもう完成形みたいなこと言ってない?」
「まだ。全然、分かってない」
アヤメは自分の掌を見つめる。
雷膜。
刃に纏わせたときの感触。
中型ヴォイドを貫いた時の重さ。
それらは、まだただの“断片”でしかない。
「だから、もっと知りたい。どう斬れば、どう守れば、どう動けば……誰も焼かずに済むか」
その言葉に、ジェイドは短く頷いた。
「それでいい。そこから先は、俺たちの役目だ」
⸻
話し合いが終わる頃には、外は薄い夕暮れに染まり始めていた。
小屋を出ると、訓練場の向こうで子どもたちが遊んでいるのが見えた。
さっきまでヴォイドと戦っていた場所だとは、もう分からないほどに静かだ。
アヤメはしばらくその光景を眺めていた。
「アヤメ」
隣に立ったミラが、小さく声をかける。
「怖い?」
「……少しだけ。間違えたら、ここも焼くかもしれないから」
「だったら、大丈夫だよ」
ミラは迷いなく言った。
「“怖い”って思ってる人は、ちゃんと止まろうとするから。怖くないって言い張るバカよりずっとマシ」
「そういうもの?」
「そういうもの」
ミラは笑い、アヤメの背中を軽く押した。
「さ、今日はもう休もう。明日からまた、ガレンたちから地獄メニューもらうんでしょ?」
「地獄?」
「どうせ、そうなる」
アヤメは少しだけ考えてから、小さく頷いた。
「でも、知れるなら、いい」
「そうそう。その調子」
二人は並んで歩き出す。
夕暮れの光の中で、アヤメは自分の右手をもう一度見つめた。
指先に、雷の気配はない。
――放つ。
――纏う。
――止める。
――向ける。
――壊さない。
今、知っている言葉を一つずつ並べ、その先にある“まだ知らない形”をぼんやりと思い描く。
この体が、どこまで動けるのか。
この力が、どこまで届いてしまうのか。
それを知ることが、きっと自分に課された最初の仕事なのだと、アヤメは静かに理解していた。
Tips①
キャラクタープロフィール
◆所属:なし(拠点リーダー)
◆名前:ジェイド・フローレンス
◆性別:男性
◆年齢:48歳
◆身長:182cm
◆武器:旧時代式のショットガン
◆シックスセンス:無能力者
◆適合率:0%
Tips②
キャラクタープロフィール
◆所属:なし
◆名前:サラ・ミーン
◆性別:女性
◆年齢:35歳
◆身長:160cm
◆武器:なし
◆シックスセンス:無能力者
◆適合率:0%
今回は拠点のリーダージェイドと拠点の唯一の医療技術者サラのキャラデザです!どちらも拠点においては中心メンバーです!
これからどんどんキャラデザ追加していきますのでお楽しみにー!




