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ノヴァインパクト-産まれたら世界が壊れていました-  作者: ウルティ
少女は瓦礫の中で目を開く

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12/68

第十一話 境界線をなぞる者

⸻


 最初に聞こえたのは、鉄板を叩く音だった。


 短く、切り詰められた警戒のリズム。

 訓練場の空気が、一瞬で張りつめる。


「小型、五。西側の斜面から接近中!」


 ルカの声が、冷たい風を裂いて飛んだ。

 ジェイドが即座に判断を切り出す。


「ガレンは中央で受けろ。ルカは右、エマは左から回り込め。アヤメ――」


 名を呼びかけて、一拍置く。

 ジェイドの視線が、訓練場の端に立つ少女を射抜いた。


「お前は、まだ待機だ。今回は“見る”方を優先しろ」


 アヤメは、静かに頷いた。


「わかった」


 刀型ブレードの柄に触れた指を離し、少しだけ後ろへ下がる。

 戦線より一歩引いた位置。

 そこからなら、全員の動きと、迫るヴォイドの軌道が同時に視界に入る。


 灰色の空の下、森の縁で影が揺れた。


 細長い四足。

 紫がかった皮膚。

 骨のような突起を背に生やした、小型のヴォイドが五体、地面を滑るようにこちらへ迫ってくる。


 喉の奥から漏れる低い唸り。

 そのたびに地面の砂礫が微かに震える。


 距離、およそ三十メートル。

 突進まで、三秒。


 アヤメは、ただ見ていた。

 しかしそれは“受動的に眺めている”視線ではない。


 足の着地角度。

 筋肉の収縮の順番。

 前脚と後脚のタイミングのずれ。


 ひとつひとつが、「次にどう動くか」の情報に変換されていく。


 ガレンが一歩、前に出た。


「正面は俺がもらう!」


 両腕に熱が集まる。

 火のシックスセンスが、皮膚の下で紅く脈動し、斧の刃に熱量が乗る。

 次の瞬間には、先頭のヴォイドと激突していた。


 重い衝突音。

 火花と、焦げた匂い。


 ガレンは斧を振り抜きながら、ヴォイドの前脚を狙う。

 その軌道は、真正面から叩き折るには少し浅かった。


(威力は十分。でも、軌道が“安全側”に振れてる)


 アヤメは即座に補正値を思い描く。


 本来なら、あと三センチ深く踏み込めば、関節の結合部ごと断ち切れる角度。

 けれどガレンは、仲間を巻き込まないよう、常に少しだけ余裕を残している。

 その結果、前脚は砕けず、骨の表面が抉れるに留まった。


 ヴォイドの動きが一瞬だけ鈍る。


 その隙に、左側からエマの声が飛んだ。


「ガレン、そのまま動かないで!」


 地面がうねった。

 エマが突き立てたロッドを起点に、土と砂礫が盛り上がり、小さな土壁がヴォイドの側面に噛みつくように立ち上がる。


 足場が崩れたヴォイドが、体勢を崩す。


(支えを奪って、ガレンの負荷を分散させた)


 アヤメは、エマの意図をそのままなぞる。

 彼女の土壁は攻撃ではなく「負担のコントロール」。


 右側では、ルカが冷気を走らせていた。


「“氷縛”――!」


 地表に白い霜が一気に広がり、別のヴォイドの脚元を絡め取る。

 凍結は浅く、完全には止められない。

 だが速度は落ちる。


 そこへ、ガレンの炎が横薙ぎに走った。


「まとめて焼く!」


 火と氷の温度差で、皮膚がひび割れる。

 亀裂から筋肉が露出し、ヴォイドの動きが乱れた。


(シックスセンスの出し方は、どれも効率がいい。でも――)


 アヤメは、わずかに首を傾げる。


 どの攻撃も、「自分たちが生き残ること」を前提に組まれている。

 味方を巻き込まない軌道。

 反撃を受けても即死までは行かない距離。


 それは正しい。

 合理的な戦い方。


 だが同時に、どこかに必ず“余白”が残っている。


 ガレンの斧の軌道。

 ルカの霜の広がり具合。

 エマの土壁の高さ。


(この“余白”を全部削れば、多分――)


 もっと早く終わる。

 もっと大きく敵を削れる。


 ただ、そこには必ず「味方が死ぬ可能性」が入り込んでくる。


 それは、許されない。


 だから、彼らはあえて余白を残している。

 それを、アヤメは理解した。


 理解したうえで、自分の中に別の計算式を立て始める。


 ――もし、自分が前に出るなら。


 どこを走り、どこで斬り、どのタイミングで雷を使い、どこで止めるか。


 足の位置。

 重心の流れ。

 刀の軌道。

 シックスセンスの出力と時間。


 頭の中で、戦場の全ての線が、ひとつひとつ最適化されていく。


⸻


 小型ヴォイドは、それでもしぶとかった。


 ガレンたちの攻撃を受け続けながら、数を減らしていく。

 一体、また一体。


 焦げた肉の匂い。

 砕けた骨の破片。

 凍りついた血液が、黒い氷の模様を地面に残す。


 やがて、五体いたヴォイドは一体だけになった。


 最後の一体は、前脚に深い傷を負いながらも、まだ牙を剥いている。

 舌なめずりのような仕草はなく、そこにあるのはただ“機能としての捕食行動”だけ。


 ガレンの呼吸が荒い。

 額の汗が、焦げ跡に落ちる。


「……さすがに、疲れてきたな」


 ルカも肩で息をしている。

 霜を連続して張り続けたせいで、指先の感覚が薄れているのが見て取れた。


 エマは全身に土埃を浴びて、ロッドを両手で握りしめていた。

 土壁を何度も築き、崩され、そのたびに立て直してきた負担が、膝の震えとなって表れている。


 そのときだった。


「……ジェイド」


 最初に気づいたのはルカだった。

 視線を森の奥に向ける。


 低い唸り声が、さらに重なる。


「追加が来る。三体……小型。でも、さっきより速い」


 木々の影が揺れ、新たな三つの影が現れる。

 斜面を蹴り、地面に爪を立てながら、一直線にこちらへと駆けてくる。


 ジェイドは一瞬だけ目を閉じた。


 ガレンたちの呼吸。

 筋肉の動き。

 足の運び。


 全員の“限界値”を、経験から逆算する。


 ここから三体を相手にしても、勝てないとは限らない。

 だが――誰かが死ぬ可能性は、一気に跳ね上がる。


 その未来を、ジェイドは受け入れられなかった。


「……アヤメ」


 名を呼ぶ。


 後ろで状況を見続けていた少女が、静かに顔を上げた。


「今から指示を出す。お前は、前に出ろ」


 ミラが思わず声を上げた。


「ちょっと待って! アヤメはまだ――」


「まだ“未知”だ。だからこそ、ここで使う」

 ジェイドの声は、冷静だった。

 迷いはある。だが決断はぶれていない。


「ガレンたちは消耗してる。ここから三体を正面から受ければ、誰かが持たない。アヤメ――お前の力は、もう一度見ている」


 中型を、雷膜で消し飛ばしたあの一撃。

 あれほどの出力を、制御さえできれば――。


「お前にとっても必要だ。自分の力が、どこまで“味方を傷つけずに使える”のか。確かめるべきタイミングだ」


 アヤメは、ほんの少しだけ考えた。


 ガレンの肩の上下。

 ルカの蒼白な指先。

エマのわずかな膝の震え。


 そして、自分の内側に残っている“余裕”。


 筋肉はまだ動く。

 頭は冴えている。

 雷も、“出せる”。


「……わかった」


 短い返事のあと、アヤメは刀の柄を握った。


 鞘から、金属の擦れる音がする。

 刃が抜き放たれる。


 その瞬間、空気の密度が変わった。


⸻


 アヤメは歩き出した。

 最初の一歩は、ただの歩行。


 だが二歩目から、速度が変わる。


 地面を蹴る角度。

 力を伝える筋肉の順番。

 呼吸のタイミング。


 それらを全て、頭の中で組み上げた“式”に沿って動かしていく。


 ヴォイドと自分を結ぶ線。

 そこに存在する石や窪みを、全て計算に入れる。


 走る、というより「想定した通りの位置に体を置いていく」動き。


 ジェイドは息を飲んだ。


 ガレンは思わず呟く。


「……なんだ、あの軌道」


 ルカは目を凝らしても、アヤメの足がどこを踏んだのかうまく追えない。


 エマだけが、わずかに理解した。


「あれ、“一番負担の少ない線”を選んでる……」


 最初のヴォイドが咆哮し、牙をむく。

 アヤメは、その正面ではなく“一歩ずれた斜め前”に滑り込んだ。


 視界の中で、ヴォイドの首の角度が変わる。

 その動きから逆算して、次に加わる負荷を予測する。


 刀が動いた。


 刃は、首ではなく前脚の付け根を斬り裂く。

 支えを失った巨体が、自然と自分の重さで傾く。


 転倒。


 倒れ込む軌道に別のヴォイドの進路が重なる。

 一瞬だけ、その脚が止まる。


 その“間”に、アヤメは二体目に向けて走る方向を変えた。


 雷は、使わない。


 今はまだ、必要ないと判断した。

 刀と体術だけで十分に処理できる状況。


 刀が二度、閃いた。


 一度目は、ヴォイドの喉元を浅く裂き、重心をぐらつかせる。

 二度目は、その崩れた重心を利用して、頚椎の後ろを断ち切る。


 動きは流れるようで、余計な力が一切ない。


 まるで最初から、その線しか存在しなかったかのように。


 三体目が、横から飛びかかる。


 牙。

 爪。

 筋肉の捻り。


 アヤメの頭の中で、その全てのベクトルが数字に変わる。


 合力。

 衝突角度。

 自分が受けられる限界値。


 そして――それを“ぎりぎり下回る位置”に、自分の体を置く。


 横合いからの打撃を、肩で受け流す。

 筋肉はきしむが、骨は折れない。


 接触の反動を、そのまま回転に変える。

 刀の軌道が円を描き、ヴォイドの背中をえぐり取る。


 紫色の体液が飛び散り、地面を汚す。


 その頃には、一体目は完全に潰れ、二体目は痙攣を止めていた。


 時間にして、数秒。


 叫び声を上げる暇もないほどの一瞬。


 ただ、戦場の線が――アヤメの通り過ぎたあとに“結果”だけを残して静まる。


⸻


 風が吹いた。


 血と焦げた肉と、冷えた土の匂いを混ぜて、遠くへ運んでいく。


 アヤメは、ゆっくりと刀を振り払った。

 刃についた液体が、地面に線を描く。


 その表情は、変わらない。


 興奮も、恐怖も、達成感もない。

 ただ、「計算通りだった」という静かな確認だけがある。


「……終わった」


 そう告げる声まで、平坦だった。


 ジェイドは、そこでようやく息を吸った。


 ガレンは、口を開けたまま何も言えない。


 ルカは、わずかに震えた声で漏らした。


「……今の、なんだよ。美しすぎだろ」


 エマは、目を伏せて呟く。


「全部の線が……無駄なく繋がってた。あれ、最初から最後まで“正解だけ”なぞってる」


 ミラは、ただアヤメの背中を見つめていた。


 その背中は、細い。

 守られる側だったはずの少女の背中。


 けれど今は、そこに“境界線”が引かれているように見えた。


 ヴォイドと人間。

 死と生。

 崩壊と継続。


 その境界一つぶんの幅を、彼女がひとりで支えている。


 カチリ。


 刀を鞘に収める音が、訓練場に響いた。


 その小さな音で、ようやく全員が我に返る。


 ジェイドは静かに言った。


「……これで、“未知”という言い訳はできなくなったな」


 アヤメは振り返り、首を傾げる。


「なにが?」


 ジェイドは、かすかに笑った。


「お前が、ここで一番“戦場を理解してる”って話だ」


 アヤメは、少しだけ考えてから、短く答えた。


「理解してるだけ。みんなが守ってるから、私が動ける」


 それは、彼女にとってはただの事実に過ぎない。


 しかしその一言が、ガレンたちの胸のどこかを静かに熱くした。


 自分たちの戦いが“前提”になっていること。

 そのうえで、アヤメが“最適解”として前に出たこと。


 それが、妙に嬉しかった。


 ミラは小さく息を吐き、アヤメのそばまで歩み寄る。


「怪我は?」


「してない。許容範囲の負荷だけ」


「その言い方、ほんとやめてほしい」


 ミラは呆れたように笑い、それでもその目には安堵が満ちていた。


「……ありがとう。助かった」


 アヤメは一瞬だけ瞬きをし、ほんの少しだけ頷いた。


「うん。生き残れた」


 それは、彼女なりの理解した“結果”の報告だった。


 戦いの後。

 焦げた匂いの中で、集落の空気がゆっくりと緩んでいく。


 その中心には、一本の刀を持った少女が立っていた。


 自分の“異常さ”に気づかないまま。

 ただ、与えられた情報をもとに、最適解を選び続ける存在として。


 臨界線の上に立ちながら。

 その一歩先に何があるのかを、まだ知らないまま。


                          


Tips

所属:なし

名前:ミラ・ハートフィリア

年齢:29歳

性別:女性

身長:168cm

武器:なし

シックスセンス:無能力者

適合率:0%


挿絵(By みてみん)

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ハイファンタジー/女主人公/異能/第六感/チート/異能バトル
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