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王太子殿下「気づくまでは放っておくよ」

スラート王太子殿下目線のお話。

殿下は、とても、良い人です。報われないけど。

書いてて予想以上に拗らせ殿下になってしまいました。思っていたのとちがう!という内容かもしれませんが、お付き合いいただけると幸いです。




図書室で調べ物をしていた時、たまたま、丸くて白い辺境伯の子息が目に入ってきた。


「おや、ハムレットじゃないか」

「王太子殿下。ご機嫌麗しゅうお過ごしでらっしゃいますか?」

「ああ、変わりないよ」


ハムレット・ボンレス。

僕にとっては少し苦い記憶のある相手だ。


「探し物かい?」

「そのようなものです。殿下はお探しの本は見つかったのですか?」

「ああ、残念ながら貸出中でね…予約だけしておいたところだ」

「左様でしたか。殿下のお好きなシリーズは人気ですからね」


不自然でない程度の笑みをお互いに浮かべて、まるで対等な友人のように話す。

それはこの王太子という立場においては非常に難しいものだが、相手がこの男であるならば、ある意味、何の問題もなかった。


「ところで殿下、この後少々お時間をいただけませんか?お伝えしておきたいことがございまして…」


ハムレット・ボンレスには、こういうところがある。

見た目から来る朗らかさに騙されると、その奥にある知的な光を見逃してしまう。

例えば…何故、僕が好みの小説を借りにきたと知っていたのか、とかね。

そんな測り得ぬ部分を知っていたから、僕─スラート・ディア・スウィーティアはその要請に頷いた。


「ああ、では、執務室に行こうか」




☆☆☆




ハムレット・ボンレスなる人物を初めて知ったのは、七歳の時だった。


侯爵家主催のお茶会に招かれたハムレットが体型のことで子爵子息らに馬鹿にされ、それに怒ったハムレットの友人、マーク・マッスウェルが、その子息を締め上げた、という事件が起こったからだ。


最初に聞いた時はなんてことを、と思ったものだ。

締め上げた東方辺境伯子息のこともそうだが、ボンレス家の役割を知らずに彼を貶めた子爵家の子息、便乗した令嬢たちに頭が痛くなった。

僕の婚約者は絶対に彼女たちからは選ばないと誓ったくらいだ。


北方の国防を担うボンレス辺境伯は、我が国最大の盾であり、最強の矛だ。

スウィーティア王国は海沿いの国であり、南方は海、西にセラルド共和国、東にフロール民主国、北にミラルディア帝国に面している。この中で西と東の国はそれぞれ民主的な平和主義を謳った国家である(もちろん、建前というのは理解している)のだが、北側に位置するミラルディア帝国は、数百年単位でスウィーティアの持つ『海域』に興味を持ち、執着し続けていた。


そのミラルディアの軍勢を退け続けているのが、ボンレス家だ。


この国に生き、ボンレス家の護りを受けずにいる者は居ない。

それを理解しているから、僕は『知らないとはいえ』やらかした子供達が恐ろしいと思ったのだ。


「彼らは自分の見たいものしか見ないのだ。なまじ、今までそうして生きてこれてしまった。…スラート、お前は、見たくないものも見なくてはならない。王位を継承するということは、自分の痛みを知り、受けとめる苦味を伴うのだから」

「…はい。国王陛下」



僕は国王陛下に今回の事態から学んでくるように、という命を受けた。

その為、ボンレス家のタウンハウスにお邪魔して、彼らの話し合いの行方を見させてもらうことにした。

もちろん、ボンレス家に話は通した。彼らが集まる応接室のバルコニーを借り、ボンレス夫人とともにカーテンに隠れながら彼らの話を聞くことにしたのだ。


ボンレス夫人は比較的ふくよかな体型の方で、バルコニーの窓から大きく体がはみ出そうなのを、カーテンで覆うことで上手く隠していた。

おそらく、何度かやったことがあるのだろう手慣れた感じがした。



「この度は、愚息が大変失礼なことを致しました」

「……もうしわけありません」


まず最初に、暴言を吐いた方のトウェイン子爵側が謝った。

当たり前の話なのだが、辺境伯のほうが子爵より地位が高い。そう言った意味で、この謝罪の順番は順当だった。

暴言を吐いたエミリオ・トウェインは未だ不満げな顔を隠しきれていなかったが、トウェイン子爵は真っ青になって可哀想なくらい震えていた。


「謝罪を受け入れます」


それを受けたのは、当主である辺境伯ではなく、まだ六歳であるハムレット・ボンレスだ。


ボンレス家もマッスウェル家も、辺境伯である当主本人はこの場に来ていない。『こんなこと』をしている暇があったなら、仕事に励まなければならない立場だからだ。

また、遠方すぎて来るのに大変時間がかかる、ということもある。


それ故に、応接室にいたのはマッスウェル家は夫人と問題を起こした子息、そしてボンレス家は子息のみ、となっていたのだ。


初めて見たとき、僕はハムレットの丸く太った姿に、度肝を抜かれた。

僕は今も昔も、体質的にあまり多くの食べ物を食べられなかった。当然身体も細いままで、あまり油や砂糖の多いものも気持ち悪くなって吐いてしまう。

そういう体質だったから、あそこまで人間が太ることができる、というのに一周回って感心した。それも同い年と知っていたから、ますます不思議に思ったものだ。


謝罪を受け入れたハムレットは、隣にいたマーク・マッスウェルらしき子供の頭を無理矢理掴んで、下げさせた。

その行動をマッスウェル夫人も咎めない。


「こちらこそ、この度は友人であるマークが大変失礼なことをしました。申し訳ありません」

「もうしわけありませんでした」


確かに暴力を振るったのはいけないことなので、そちらの謝罪も順当である。


しかし、順当ではないことが、この次に起こった。


「やはり、田舎者は怖いな。今回のことは、我が友にきちんと伝えておかなくては!」


せっかく謝罪を受け入れてもらったのにも関わらず、子爵家の子息は本当に頭が悪かったらしい。


要するに「お前のやったことを王都の貴族全員に言いふらしてやる」と謝罪の為に設けられた場で宣言したのだ。


これは流石に酷すぎる。

反省のかけらもない姿に、我慢ならなくてその場に飛び出そうとした、その時だった。



「なるほど。『トウェイン子爵家』はそうお考えでいらっしゃるのか」



ハムレットが、状況に見合わぬ穏やかな声音で口を開いた。


「それは道理です。あのような野蛮な真似は出来ぬよう、マークは一年、王都やそれに類するお茶会に出席しないようにした方が良さそうだ」

「い、いいえ!とんでもないことです」

「正直に言っていただいて結構ですよ。非はマークにもあるので」


子供特有の高い声。

しかしその内容は大人にも引けを取らない腹黒さがあった。

ハムレットはわざと相手側の主語を大きくし、反対にマッスウェル家に関してはマークだけを槍玉に挙げているのである。


「…と、いうわけですが、マッスウェル夫人、大変貴重な時であるとは存じあげておりますが、マークは一年間は謹慎させたほうがよろしいかと」

「…ええ。そう、ですわね」


東方伯夫人とて、けして容易い人物では無い。普段なら子供に話の流れを掴ませなどしないだろう。

しかし、この時だけはそれが罷り通っていた。

ハムレット・ボンレスの不思議な魅力と話術によって、事態が転がされていたのだ。


「…そ、そんなとんでもないこと……!」

「ふん、分かれば良いのだ」

「エミリオ!黙りなさい!」


焦っているのは、トウェイン子爵だ。

彼は息子と違い、状況が正しく読めている。

そしてこのまま進めば、取り返しのつかないことになると。

しかし、そこで逃すようなハムレットではなかった。


「いえいえ。ご納得いただけて何よりです。こちらからも、今回の件について、いくつかトウェイン子爵にお願いしたいことがございます」

「え、いや」

「まず、今回の件は他言無用に願います。ご子息の醜聞を、徒らに他家へ知らせるものでは無いでしょう」

「は、はあ、それは、もちろん…」

「それから、教育期間を設けていただきたい」

「教育期間、ですか」

「エミリオ殿が次期トウェイン子爵でいらっしゃるのであれば、もう少し『お勉強』されたほうが良い。そうでしょう?」

「なっ、この豚め!俺に勉強しろと言うのか!」

「いい加減にしなさい!」


再びの暴言に、マッスウェル家の者たちの目つきが鋭くなる。変わっていないのはボンレス家だけだ。

彼らの顔面は肉づきが良すぎて、表情が滅多に変わらないから。


そして、ハムレットは今しがた放たれたばかりの暴言を穏やかな顔で打ち返した。


「僕を豚と思ううちは、ご自宅から出ない方が良い。認識を間違えているのですから、心の病かもしれません。良いお医者様をご紹介しますね」

「そ、それは……!」


貴族の子息にとって精神を病んで医者にかかるのは大変な屈辱と醜聞だ。

それでも上位貴族からわざわざ紹介を受けて、断ることなど出来はしない。


トウェイン子爵は真っ青になって、本当の意味で『愚息』になってしまった息子を見つめていた。



……鳥肌が止まらなかった。本当にとんでもないものを見てしまった。

ハムレット・ボンレスは辺境伯子息として恥ずかしくない程度の教育は受けている。それは知っていた。

しかしそれ以上に恐ろしいのは、あのどこまでも冷静な『貴族社会を理解した対応』だ。

自他の社会的地位とそこにおける常識を正しく認識し、そして、相手に有無を言わせぬ調子でその正当性を押し付ける。

貴族の長子としての、あるべき姿だ。


そんなことが出来てしまっている。

僕には……きっと、まだ出来ない。


ある程度優秀だと思っていた鼻柱が圧し折られたのは、このときだった。





それから、僕は驕ることなく努力を続けた。

一年後に王国内の子息令嬢を集める茶会が開かれると知っていたから、僕自身もハムレット・ボンレスのように同じ権力と理屈をふんだんに押し込めた言葉で対応できるようになりたかった。



そして迎えた、七歳の誕生祝いの会にて。

僕は、生まれて初めての恋を経験して、一瞬で敗れ去ったのだ。


……他でもない、ハムレット・ボンレスに。




☆☆☆





「スカーレット家に謂れのない誹謗中傷が向けられている、と?」


学園内にある王族専用の執務室にて、僕とハムレット・ボンレスは向かい合っていた。

ここに置かれた応接セットは、ボンレス家の男たちが腰掛けても大丈夫なように作ってある。

ハムレットが座ってもきしむことないソファだ。

ちなみにこの辺りに関して、王族のみならず、スカーレット家からも援助が出ている。


「それだけではありません。この問題はスカーレット家だけでは済まないでしょう。スカーレット家は王族に最も近い血筋の公爵家です」

「つまり君は、それが『王家を軽んじるものだ』と言うのか?」

「はい。けして大袈裟な話ではないでしょう。我がボンレス家とスカーレット家の婚姻にはそういった事情も絡んでいる筈です」

「ならば…君から言ったほうが丸く収まるのではないかな」

「面目ありません。どうやら彼女は僕のことを『辺境の白豚』と認識しているようで、口を聞くどころか、目を合わせることさえしてくれないのです」


困ったように言いながら、その内容は本人以外にはけして口にできないものだろう。

その『困った令嬢』は、ボンレス家次期当主を家畜として見ている、と言ったも同然だからだ。…どこかで聞いたような流れだと、苦く口を歪めてしまう。


「…僕からの言葉なら聞くと?」

「そこまでお手間はかけられません。ただ、私としては、殿下の御心を煩わせる存在であることをご理解いただきたかっただけですので」


ハムレットの表情は変わらない。頬が膨れ上がったような脂肪によっていつも笑っているように見えるからだ。

僕はその真意を探ろうとしたが、結局諦めた。


「…忠告として受け取っておこう」

「有難う御座います」


深々と頭を下げる動きはふとましい巨体に反して機敏だった。それがまた、この男の底知れなさを感じさせる要素なのだが…多くの者たちはそれを理解できないのだ。

恐ろしい話だと思う。そんな相手を政治の中心から振るい落とす役割もあるというのが、特に。


このままでは何となく面白くなくて、僕は最後ににっこり笑って付け加えた。


「ところで、最近、体調はどうかな?」

「…頗る快調です」

「そうかい?少し、痩せたように見えたのだが」


もちろん嘘だ。

ハムレットもこれが嘘だと分かっているのだろう。だが、面と向かって言えるはずもない。だからハムレット・ボンレスは僕の言葉を否定しない。


「殿下がそう仰られるのであれば、多少変動があったのかも知れませんね。家系的なものですので、さほど変わることはないかと思っていたのですが」

「そうかい?アヴェレッタ嬢もそう言っていた気がしたが」

「…アヴェレッタが?」


一瞬、ハムレットの頬がひくりと動いた。しかしすぐに、なるほど、と頷いた。


「…だから、あんなに菓子を食べさせようとしてきたのか」


小さな呟きに、この朴念仁め、と内心で悪態をついてしまった僕は、悪くないだろうと思った。





─僕が恋をしたのも、それが叶わなかったのも、アヴェレッタ・スカーレットが初めてだった。


彼女は美しいだけではなく、話す内容も、柔らかな紅い眼差しも、全てが人を惹きつけてやまない魅力に満ちていた。


初めて会ったとき、擦り寄ってくる侯爵家以下の子息や令嬢は自らを売り込むことばかりに必死になって、社交の場であることを忘れてしまっていたから、余計にその姿は眩しかった。


けれど、彼女のその瞳は、僕に向けられることはなく…僕が密かに憧れていた男のものになってしまったのだ。


悔しくて、遣る瀬無くて、僕は一度だけ、彼女に聞いてみたことがあった。


『ハムレット・ボンレスの、好きなところってどこなの?』

『好きなところ、でございますか』


アヴェレッタは、持ち上げていた紅茶をソーサーに戻した。


『最初は、あの柔らかなお身体に一目惚れでした。ですが…』


彼女は、困ったように笑った。


『今は、全部、素敵だと答えられます。だから…どこ、と言われると難しいですわ』


その笑顔を見た時、僕は、僕が好きになったアヴェレッタ・スカーレットは、本当のアヴェレッタとは違う人だったんだと分かってしまった。


アヴェレッタは、僕が憧れたのと同じ部分を、ハムレット・ボンレスに見つけたのかもしれない。

容姿とは全く関係ないところにある、彼自身の心の強さを見たのかもしれない。その優しさに触れたのかもしれない。


でも、そうならそうで、仕方がないかな、と思えた。


『…ハムレット・ボンレスは良い男だからね』

『ええ!そうなんですの!ですから、取られないうちに、早めに結婚しないといけないのです!』


そんなことないよ、君も負けないくらい素敵な人だよ…なんて、言えなかった。


悔しいけれど、僕はハムレット・ボンレス以外の男が彼女と婚約を結んだ時の方が、諦められなかったと思うから。





「─殿下?どうかされましたか、お身体の具合でも…」

「いいや、何でもないよ」


心配そうに首を傾げたハムレット・ボンレスは、やっぱりあの頃と同じまま、丸くて太った男へと成長している。

そして僕も、けして言えない憧れを拗らせたまま、ハムレットに絡んでしまうのだ。


「そういえば…アヴェレッタ嬢とは、いつ頃式を挙げる予定なのかな、と思ってね」

「ぶぶっ」


珍しく動揺して吹き出したハムレットが面白くて、僕は心の底から笑った。




ハムレットが、アヴェレッタのことを誤解しているうちは、本当のことは言わなくても良いだろう。

妙なところで自信がない男が気づいていない彼女の本心を、僕は知っている。

その優越感にもう少しだけ浸っていたかった。


スラート殿下は皆が思っているよりずっとハムレットのファンなので、ヒロインちゃんに声を掛けられても、彼女がハムレットを酷い目で見ていることを知っているので、全く相手にしませんでした。


また、殿下のこのきっぱりとした様子から、学園内でヒロインちゃんが奔放に男性たちに声をかけることが白い目で見られはじめます。

結果的に、ハムレットの思惑以上のハーレムルートを目指したヒロインは学園を追い出されました。


殿下は一連の事件はハムレットの手のひらの上だったと思っていましたが、ハムレットは内心で容赦のない王子様を怖がってました。


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