126話:恐竜の強襲
「グオオオオッー!」
ティラノが猛烈な勢いで、こちらに突進し始めた。
小さくなってしまった元巨人たちが、きゃーきゃー騒ぎながら反対方向へと逃げ出す。
「げえっ!? ネイリーさん、プリシラちゃん、あれ何とかして!」
「む、無理。私も魔力空っぽだよ」
「ぜえ、ぜえ、い、今の私はただのかわいこちゃんじゃ……」
「そこまで使い切らなくてもよかったんじゃない!?」
俺がツッコミを入れていると、ノルンちゃんが一歩前に出た。
そうだった、俺には頼りになる女神様がいるんだった。
「まあまあ。私にお任せあれなのです! せえ、のっ!」
ノルンちゃんが両手を前に突き出すと同時に、それらが一瞬で蔓に変異して、猛烈な勢いで伸び始めた。
迫りくるティラノの足に蔓が絡まり、その巨体がぐらりと傾く。
しかし、なんとティラノは踏みとどまり、その太い両足で力任せに蔓を引き千切ろうとし始めた。
「ぬあっ!? な、なかなかの力持ちですね! でもっ」
ノルンちゃんの肩口からさらに蔓が何本も伸び、ティラノの顔面に絡みついた。
ティラノは苦しそうに咆哮を上げながら、もぞもぞともがいている。
「「「きゃああああ!」」」
「コ、コウジさんっ! あれっ!」
悲鳴とフェルルさんの叫びに、俺は後ろを振り返った。
6匹のラプトルが、両手を前に突き出して大口を開け、こちらに突進してきている。
そちらに逃げていた元巨人ウサンチュたちが、踵を返してこちらに駆け戻って来ていた。
「ノルンちゃん! 後ろにも恐竜が!」
「ええっ!? ちょ、ちょっと待ってください!」
「待ってる間に俺たち食われちゃうよ!」
ノルンちゃんは手一杯のようで、おろおろしながらも足を木の根に変異させて地面に突き刺した。
ボコボコと地面が猛烈な勢いで盛り上がりながらラプトルに向かい、勢いよく突き出した根がラプトルたちを叩き飛ばす。
しかし、それをかいくぐった一匹のラプトルが、逃げている元巨人の若い女性に飛び掛かった。
「うおりゃあああ!」
その間に割って入ったカルバンさんが、両手で握った剣でラプトルに斬りかかった。
ガツン、とラプトルの首筋に鈍い音を響かせて直撃した刃が、わずかに外皮を切り裂き血が滴る。
「くっ、硬え!」
「ギシャアアア!」
ラプトルが怒りの咆哮を上げて後方に跳び、鋭い爪を振り上げてカルバンさんに飛び掛かった。
カルバンさんはその爪を剣で受け止め、ガツンガツン、と格闘戦が始まった。
「コウジ! こっちも!」
「げえっ!?」
チキちゃんが左右を見ながら叫ぶ。
吹っ飛ばされたラプトルのうちの2匹が体勢を立て直し、両脇から回り込んで俺たちに突っ込んできている。
「ノ、ノルンちゃん!」
「んにゃあああ!」
ノルンちゃんが変な叫び声を上げながら両脇腹から蔓を出現させて一気に伸ばし、槍のようにラプトルたちに突き出した。
「ギャアッ!」
一匹のラプトルの腹にそれが突き刺さり、そいつは串刺しにされたままじたばたともがく。
だが、もう一匹のラプトルはひらりとかわし、チキちゃん目掛けて大口を開けて飛び掛かった。
「ひっ!」
「チキちゃん!」
俺はとっさに、ラプトルの顔目掛けて奇跡の光を「目いっぱい光れ!」と念じながら飛ばした。
「ガアッ!?」
突然の眩い光に、ラプトルが空中で体をよじる。
俺はチキちゃんに体当たりするようにして突き飛ばし、手元にあった棒を地面に突き立てて身構えた。
落下してきたラプトルの腹に棒が直撃し、ボキッ、と音を立てて先端が折れた。
しかし、折れた先の尖った部分がそのままラプトルの腹に突き刺さった。
自重でずぶずぶと棒が腹に刺さり、ラプトルが激痛に叫ぶ。
「ぐえっ!?」
俺はそのままラプトルの下敷きになってしまい、悲鳴を上げながらのたうち回る巨体が俺をぐりぐりと地面に押し付けた。
骨と肉が軋み、とんでもない圧迫感と痛みに声すら出ない。
「コウジッ!」
「コウジさん!」
チキちゃんとフェルルさんが、暴れるラプトルの下から俺を引っ張り出そうと手を掴んだ。
「みんな、手伝って!」
チキちゃんの叫びに、右往左往していたモーラさんたち元巨人たちが集まってきた。
ラプトルの頭に石を投げつけたり、危険を顧みずに足を掴んで持ち上げようと必死にやってくれている。
だけど、俺は巨体の下敷きになったまま、ひたすら圧迫され続けた。
「が、はっ……い、息がっ」
「コウジ! コウジ!」
「はあ、はあ、どいてくださいっ!」
いつの間にか両腕をなくしたノルンちゃんが、俺に駆け寄ってきた。
綺麗な断面になっている肘までの両腕を、俺に向ける。
「どいて! 早く!」
「う、うん!」
チキちゃんやモーラさんたちが離れると同時に、ノルンちゃんの腕の断面から新たな蔓が飛び出した。
ラプトルの体を蔓ががんじがらめにして持ち上げる。
すぐさま、チキちゃんが俺に縋りついた。
「コウジ! 大丈夫!?」
「はっ、はっ、だい……いてえっ」
「どうしたの!? 怪我してるの!?」
「ろ、肋骨が折れてるかも……」
チキちゃんに支えられながら、どうにかして身を起こす。
息をするたびに胸に激痛が走る。
たぶんこれ、折れてるかヒビが入ってるな。
「コウジ! ああ、どうしよう!」
チキちゃんが涙を流しながらおろおろする。
「チキさん、大丈夫なのです。コウジさんには理想郷行き特典が付いているので、骨折していても2、3日もすれば治るのですよ」
ノルンちゃんが俺の傍にしゃがみ込み、チキちゃんをなだめる。
でも、その顔はかなり暗い。
「コウジさん、申し訳ございません。私がいながら、こんな痛い目に遭わせてしまって……」
「いや、大丈夫だよ。これも冒険の一部って考えれば……いてて」
「うう、本当にごめんなさい。女神としてあるまじき失態なのです。腕を切りますので、私の血を飲んで回復してくださいませ」
「い、いや、血はやめとくよ。ネイリーさん、ヒールポーション持ってます?」
「うん、あるよ! はい!」
ネイリーさんがバッグから小瓶を取り出し、フタを開けて俺の口元に添えてくれる。
俺はそれを、ごくごく、と喉を鳴らして飲み干した。
ほんのり甘い、リンゴ味だ。
「ふう……あ、痛みが治まってきた」
「即効性だからね。ヒビくらいなら、治ってると思うよ」
「どれどれ……お、ほんとだ。治ったっぽいです」
胸に手を当てて少し押してみるが、痛みはまったく感じない。
チキちゃんとノルンちゃんが、ほっとした顔になった。
「よかった……ネイリーさん、ありがとうございます」
チキちゃんがお礼を言うと、ネイリーさんは苦笑しながら頭を掻いた。
「んーん。魔力を使い切っちゃった私のせいでもあるし。逆に謝らないといけないくらいだよ」
「うう、面目ない。まさか、こんなことになるとはのう」
ネイリーさんの隣で、プリシラちゃんもしゅんとしている。
「おー。ヒールポーション、本当にすごい効き目なのですね。女神の血に匹敵するのですよ」
感心しているノルンちゃん。
確かに、飲むだけで大怪我があっという間に回復するなんて、とんでもない効果だ。
「あはは。それは言いすぎだよ。飲みすぎると中毒になっちゃうし、多用できるものじゃないしさ」
「昔から、ネイリーはポーション作りが上手だったからのう。私よりも上手いくらいだわい」
「そ、そんな。お師匠様に比べたら、私なんてまだまだですよ!」
「ネイリーさん、プリシラさん、私にもポーションの作り方を教えてくれませんか?」
チキちゃんが言うと、プリシラちゃんが渋い顔になった。
「だから、ちゃん付けで呼べと言っておるだろうが」
「ご、ごめんなさい」
「おーい! 助けてくれえええ!」
そんなやり取りに俺たちが笑っていると、離れた場所から切羽詰まった声が響いた。
見ると、カルバンさんが真っ赤な顔でラプトルと死闘を繰り広げていた。
「あっ!? す、すっかり忘れていたのですよ!」
ノルンちゃんが慌てて、カルバンさんの下へと走り出した。
「あわわ、大変! 私も何とかお手伝い……あれ?」
ネイリーさんが地面に目を向け、何かを探し始める。
「ネイリーさん、どうしました?」
「私の杖、どこに置いたっけ?」
「杖?」
皆で周囲をきょろきょろと見渡す。
でも、見える範囲にはないようだ。
先端に水晶玉が付いてるし、すごく目立つはずなんだけどな。
「あの……もしかして、あれなんじゃないですか?」
するとフェルルさんが、先ほどまで俺に乗っかっていたラプトルを指差した。
すでに息絶えており、ピクリとも動かない。
その腹からは、見覚えのある棒の石突が生えていた。
さらには、綺麗な水晶玉がラプトルの腹の下にちらりと覗いている。
「ああああ!? 私の杖があああ!?」
ネイリーさんがラプトルに駆け寄り、がくん、と膝を落とす。
「あー……やべ。あの時掴んだ棒、ネイリーさんの杖だったのか」
「コ、コウジ、謝らないと」
「うん……」
呆然としているネイリーさんに、俺は恐る恐る歩み寄った。




