124話:プリシラちゃんの驚愕
「――というわけでして」
「ほう! そなたらがこの世界の創造主なのか!」
俺がひととおりの説明を終えると、プリシラさんが目を輝かせた。
毎度ながら、この世界の人は説明をすぐに信じてくれて助かる。
「ううむ。私が必死に外の世界に出ようとあがいても無理だったのに、ネイリーに先を越されるとはのう」
「お師匠様の杖が導いてくれたんですよ」
泣きすぎて赤い目をしたネイリーさんが、プリシラちゃんに微笑む。
「妖精郷に土地を買って、医療設備を整えてお師匠様に過ごしてもらおうと思って。でも、必要なかったんですね」
「む、そんなことをしようとしていたのか。しかし、放置している私の本体は、食事も排泄も必要なかったじゃろ? それで気付かなかったのか?」
「はい……失敗した魔法の何かが作用してるのかと思って」
「相変わらず抜けとるのう。でもまあ、ありがとうな」
プリシラちゃんが背伸びをして、ネイリーさんの頭を撫でる。
ネイリーさんは嬉しそうに、「はい」と微笑んだ。
このふたり、すごく仲がいいんだな。
「しかし、神という存在は実際にいたのだな。こんなかたちで会うことができるとは、人生分からんもんだのう」
「俺たちもびっくりですよ。まあ、それはいいとして、元の時代に戻るにはどうしたらいいんでしょうか」
「そこの女神様にやってもらえばよいではないか。それくらい、神の力なら朝飯前だろう?」
俺の質問に、プリシラちゃんがノルンちゃんを見る。
話を振られたノルンちゃんが、「うっ」と呻いた。
「ん? どうした?」
「その……私はそういったことはできないのですよ。理想郷自体に働きかけるような力は、使えないのです」
「なぬ? 神でもできないことがあるというのか?」
「うう、面目ありません……」
驚くプリシラさんと、うなだれるノルンちゃん。
前にも、理想郷の中身をいじくることはできないとノルンちゃんは言っていた。
いじるには、いったん理想郷を破棄して一から作り直す必要があるって話だったな。
時代を遡るってことは現代の理想郷に何かしらの影響が出る可能性もあるし、創造主といえどもできないようになっているのだろう。
外部から手を加えられるのは、ソフィア様だけなのかな。
「まあ、できぬものは仕方がないな。ついでだ、おぬしらも一緒に、私と元の時代に帰るとするか」
「えっ!? プリシラさんはできるのですか!?」
「ちゃん付けで呼べと言っただろうが」
「す、すみません」
妙なこだわりを見せるプリシラちゃんに、ノルンちゃんが謝る。
「ちょうど、現代への転送をしばらく前に試していたが、概ね大丈夫そうだ」
「それも、魔法で行うのですか?」
「うむ。時空の裂け目を作って、そこに入れば好きな時代に移動できる。ちょいと難しい魔法だが、私の手にかかれば造作もないことじゃ」
ふふん、とぺたんこな胸を張るプリシラちゃん。
俺はネイリーさんをとんでもない魔法の天才だと思っていたけれど、プリシラちゃんはそれどころではないようだ。
もはや、彼女の力は神に匹敵するのではないだろうか。
「あの、私たちを小さくする魔法はどうなったの?」
モーラさんが俺たちを見下ろしながら言う。
「ああ、できたぞ。恐竜の死骸で試してみたが、問題なく小さくできた」
「そうなんだ! よかったぁ!」
「ご先祖様たちは、小さくなって他の種族とつがいになろうとしているのですか?」
フェルルさんが聞くと、モーラさんは微笑んで頷いた。
「うん。プリシラちゃんが、そうすればいいって教えてくれたの。未来の私たちは、そうやってるんでしょ?」
「はい。いろんな種族の男の人とつがいになってますよ。相変わらず、男は生まれにくいですけど」
「あー、それは変わらないんだ……って、生まれてくる子供って、ウサンチュなの?」
「ですね。私たちから生まれる子供は、ほとんどの場合はウサンチュだって聞いてます」
現代でもウサンチュが絶滅していなかった理由はこれのようだ。
話を聞く限りウサンチュは子だくさんみたいだから、現代ではかなりの数のウサンチュがいるのかもしれないな。
「あれ? でも、未来のウサンチュはどうして俺たちと同じサイズなんだろ?」
「そりゃあ、私が彼女らを小さくするからじゃろ?」
当然、というように、プリシラちゃんが答える。
「でも、それはプリシラちゃんがたまたまこの時代に来たからじゃないですか。小さくしないって選択肢も取れるわけですよね?」
「まあ、そうだな。もし小さくしなかったら、元の時代に戻ったらウサンチュは滅亡しているのかもしれんな」
「いえ、それはないのですよ」
俺とプリシラちゃんに、ノルンちゃんが答える。
「どのような手段であっても、完成した理想郷を後からいじることは不可能です。たとえここでプリシラちゃんが魔法を使わなくても、元の時代に影響はないはずです」
「ふーん……あ。あれか。並行世界って感じになるのかな?」
よく映画や漫画で出てくる単語を、俺は思い出した。
世界は金太郎飴のように同じ物が無数に存在していて、それぞれ少しずつ違った世界が存在しているという考え方だ。
「いえ、それもあり得ません。この世界は1つだけでして、私たちの存在も唯一無二なのですよ」
「そうなの? でも、それだと、プリシラちゃんが魔法を使わなかったらウサンチュは小さくなれないんだよね?」
「それはそれ、これはこれなのです。私とコウジさんで作った理想郷は、バグ混じりとはいえ完成形なのです。たとえ今ウサンチュを小さくしなくても、この先どこかのタイミングで小さくなることになるのですよ」
「むう。よく分からない話だね」
ノルンちゃんがそう言うのなら、そういうことなのだろう。
ずいぶんと強引な話にも聞こえるけど、いったいどういう理屈になるのだろうか。
「まあ、宇宙は無数に存在しますので、その中にこの世界に似たものがある可能性はあります。コウジさんが言う並行世界とは、おそらくそういったものを指しているのかと」
「ああ、パソコンのフォルダみたいな感じで、宇宙もたくさんあるんだっけ」
以前、ノルンちゃんがちらりとそんな話をしていた。
別次元、と言っていたな。
「はい。まあ、とんでもなく難しい話で私もよく知らないので、考えないほうがいいのですよ。どうしても気になるのなら、コウジさんが一度死んだ後で一緒に管理部に聞きに行きましょう」
「そ、そうだね……ん? でも、俺たちは完成した理想郷のバグ取りをして作り変えてるんだよね? それとは違うの?」
「この時代のウサンチュの大きさがバグということなら、取り除けば正常状態に戻ることになります。でもそれだと、すでに現世でウサンチュは小さくなっているので、バグではないと判別がつくのです」
「……頭がこんがらがってきた」
よく分からない話に俺が頭を抱えると、カルバンさんが「まあまあ」、と俺の肩に手を置いた。
「小難しい話は別にいいだろ。とりあえず、ウサンチュをどうにかして元の時代に戻ろうぜ」
「ですね。プリシラちゃん、お願いできますか?」
「うむ。モーラ、皆をここに集めてくれ」
「はーい!」
モーラさんが、「おーい!」と大声を上げる。
かなりの声量で、耳が痛いほどだ。
チキちゃんは耳を押さえて、ふらふらとよたついている。
「うう、うるさい……」
「チキちゃん、耳がいいもんね」
「うん。大きい音は苦手なの……」
そう言いながら、チキちゃんが俺に抱き着く。
別に抱き着く必要はない気がするけど、好きにさせておこう。
モーラさんの呼びかけにあちこちから返事があり、ドスドスと音を立てて巨大ウサンチュたちが集まって来る。
「わあ……ご先祖様の集団だぁ」
キラキラとした目で迫りくる巨大ウサンチュ集団を見つめるフェルルさん。
「あ、あの! 元の時代に戻る前に、ご先祖様の集落を見て回りたいんです! プリシラさん、魔法を使うのは、少し後にしてもらえませんか!?」
「ちゃん付けで呼べ。プリシラちゃんじゃぞ」
「す、すみません」
先ほどのノルンちゃんと同じようにフェルルさんが謝る。
その、ちゃん付け呼びへの強いこだわりは何なんだろうか。
「プリシラちゃん、お願いします!」
「うむ。ではまあ、せっかく魚を採ってきてくれたのだから、それを食べて時間を潰すかの」
プリシラちゃんが、地面に置かれている巨大な5匹の魚に目を向ける。
そんなお土産があったこと、すっかり忘れてたな。
「どれ、ちょいと大きいが、焼いて食べるとするか」
プリシラちゃんはそう言うと、杖の石突きで地面を、コン、と叩いた。




