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遠藤織枝とろくでもない自分



「最近、なんかおかしいの」



 わたしは言って、椅子の上からため息を落とした。

 その先に居るのは、丸顔眼鏡のショートヘア。後輩の猪瀬音子いのせおとこだ。



「なにがっスか、先輩?」



 わたしの部屋のど真ん中。

 うつ伏せになっていた音子は、こちらを見上げ、問い返してきた。

 胸がクッションに押し付けられて、メロンふた玉いかがですか、みたいな状態になっている。嫌味か。



「平太郎とミラのこと。音子はなんか気づかない?」


「……ちょっと待ってくださいね、先輩」



 音子はそう言って立ち上がると、ウサミディール――人型サンドバッグにウサギの着ぐるみを着せた人形から、頭の部分を取り外し、黙ってわたしにかぶせた。



「……なにこれ?」


「いや、相談事があるなら、これをかぶってもらわないと」


「なにそのルール!? やっぱりそれ、あんたたちの中で決まってるの!?」


「いや、まあお約束ということで」



 わたしの疑問には答えず、音子は笑うだけだ。

 まあ、この娘の奇行は今日に始まったことではないし、とりあえず流すことにする。



「じゃあ、まあ、相談させてもらうね?」



 断ってから、本題に入る。



「平太郎とミラ、しばらく前に喧嘩して、それは仲直りして終わったんだけど、その後も、平太郎はなんかよそよそしいし、ミラはミラで、あんまり思春期丸出しって感じじゃなくなったんだよね」



 まあ、すこしおとなしくなっただけで、やはりこちらを意識しているが。

 平太郎も、思えば様子がおかしかったのは、ミラとの喧嘩が原因ではなかったのかもしれない。


 あの日の朝感じた、平太郎が急いでる雰囲気。

 いま思えば、わたしを避たかったのだろうが……あれがそのまま続いているのだ。


 思い出したら気分が沈んできた。



「ちょ、先輩。元気出してください」



 気遣わしげに立ち上がる、かわいい後輩。

 しかし、立ち上がったことで彼女の胸が、ちょうどわたしの目の前に来た。なにかの嫌がらせか。



「……だめ。平太郎に嫌われたら、わたし死ぬ」


「大丈夫ですって。平太郎さん、先輩のこと女としては見ていなくても、ちゃんと大事な友人――ちょ、先輩! 椅子に座ったままヒザ抱えないでください! パンツ見えてるっス!」



 あわてて止めに来る音子。

 だったらへこむようなことを言わないでほしい。



「……あーもう。だったら、ウジウジ考えてるより本人に聞きゃあいいんスよ!」



 業を煮やしたのだろう。

 音子はベッドに跳び乗ると、窓を一気に開く。

 その向こう。隣家の二階南側は、平太郎の部屋だ。



「ちょ、ちょっとまって……」


「おーい、平太郎さーんっ!!」



 ウサギの面を取りながら、あわてて制止するも間に合わない。

 音子はよく通る声で、平太郎の名を呼んだ。


 しばらくして、向う側の窓が開く。

 出てきたのは、大人びた雰囲気の、無愛想な少年。平太郎だ。



「なんの用だ」



 平太郎はすこし迷惑そうだ。

 しかし、音子はそんなことを気にせず、笑顔で彼に呼びかける。



「最近先輩によそよそしい感じなんスか? 先輩気にしてますけどー!」



 平太郎は、わずかに眉をひそめた。

 すこし迷ったような、そんな様子。



「――ん? へいたろのこと?」



 その向こうから、金髪碧眼の美少女が顔を出してきた。

 平太郎の親友。滝本ミラだ。ちなみにれっきとした男である。



「キタ! 本日の平ミラいただきました!」



 と、いきなり奇声を発した音子を完全に無視して、ミラは奥に居るわたしに目を向ける。

 そしていたずらっぽい瞳でこう言った。



「そりゃ、よそよそしいとかじゃねーよ。こいつ意識してんの」


「ミラ」



 平太郎が止めようとしたが、ミラは構わず言葉を続ける。



「だって婚約者だもんなー」



 平然と。

 ミラは爆弾を投下した。



「……え?」



 意味がわからない。

 わたしは頭が真っ白になる。



「先輩いつの間に?」


「え? え?」



 尋ねてくる音子にも、戸惑いの言葉しか返せない。

 そんなわたしの様子を見て、ミラはため息をつき、言った。



「やっぱり知らねーのな、織枝ちゃん」



 理由はわからない。

 しかしそのため息は、苦笑交じりだった。









 事情を聞くため、平太郎とミラを部屋に呼ぶこととなった。

 わたしの部屋に四人が車座くるまざになって腰を下ろすと、ミラが説明を始めた。



「このまえ……ちょうど織枝ちゃんの家に、あの変な女が来てたとき」



 変な女。

 九条佐緒実くじょうさおみのことだろう。

 ミラを女性と勘違いしてひと目惚れした、なんというか、難儀な性癖を持つ深窓しんそう令嬢れいじょうだ。

 誤解が解けた後、なぜかわたしを“妹”にしようと目論んでいるらしく、事あるごとにお誘いを受けるのだが、わたしはまだ、あちらの世界に行く気はない。



「あの時、オレ、織枝ちゃんに相談しようとしてたろ? それがこの話なんだけど……へいたろのとーちゃんがさ、いきなり織枝ちゃんとへーたろの婚約が決まったって」



 ミラは続ける。



「で、オレ怒ったのな。織枝ちゃん、オレのこと好きだって、その、か、勘違いしてて……うわーはずかしー!」



 顔を赤らめ、ウサギに抱きつくミラ。

 その姿を、わたしはかわいらしいと思った。



 ――そうだ。



 ふと思い出す。

 わたしのことを意識し始めてから、鬱陶うっとうしくて仕方なかったけど。

 小さい頃、わたしはミラを――かわいい弟のように、思っていたのだ。



「へーたろも、“信じられない”って。“本人の気持ちを大事にすべきだろう”って、とーちゃんに言ってくれたのな。そしたら、とーちゃんがさ、なんかレコーダ? 録音機みたいなの渡して言うんだよ。“むこうの気持ちは確かだ。お前はどうだ”って。それで聞いたのな。織枝ちゃんの、ホントの気持ちを」



 本当の気持ち。録音機。

 嫌な予感がする。それが具体的な結論として提示される前に。

 唐突に――ミラの抱いていたウサミディールから、声が発せられた。



「平太郎といる時の、ふわっと包まれてる感覚が好き」


「うわああああああっ!!」



 ウサミディールから流れた自分の声に、わたしはとっさに大声で叫ぶ。


 以前母親が人形に仕込んでいた無線機。

 それに向かって、わたしは平太郎への思いをぶちまけたことがある。

 あの母親、それを録音して、こともあろうに平太郎に聞かせたのだ。

 それどころか、またぞろウサギに仕込んでいたらしい無線機を使ってこの場で再生するつもりだ。



「猪瀬、ホールド! オレは足捕まえる!」


「らじゃっス!」



 音子が背後から抱きつき、ミラが足を押さえる。

 完全に拘束された。



「うわああああっ!!」


「平太郎といる時の、ふわっと包まれてる感覚が好き!!!」



 音をかき消そうと大声を上げると、ボリュームが上がる。

 さらに、巻き戻って最初から再生のおまけつき。あの母親、悪魔だ。


 止めるのは無理だ。

 そう悟ってなお、わたしは抵抗を止めない。

 というか暴れていないと、襲い来る羞恥にどうにかなりそうだ。



「ずっと一緒に居たいと思う。片恋慕かたれんぼなのはわかってるけど、それでも、平太郎がわたしのこと妹みたいにしか思ってないと知ってても、あきらめられない。だってわたしは、平太郎のこと、心の底から……好きだから」



 平太郎の顔を、まともに見られない。

 顔が真っ赤になっているのを自覚しながら、もうどうにでもしてくれと脱力する。


 手を離したミラが、頭をかいた。



「これ聞いて、オレ、ショックでさ。ワケわかんないって感じだったんだよ。ほんとに世界がぶっ壊れた感じで。オレ、織枝ちゃんがオレのこと好きだって……ぜんぜん疑ってなかったからさ」



 バツが悪そうに、顔を赤らめながら、ミラは続ける。



「でも、へーたろのやつ、それ聞いても、“よくわからん”って。で、オレさすがにムカついて、喧嘩になって、まあ、織枝ちゃんに仲裁されたわけだけど」



 わたしは理解した。

 なんにも知らない癖に。

 わたしがふたりを仲裁した時、ミラがそう言っていたのには、こんな理由があったのだ。


 ミラは、わたしのために怒ってくれて。

 平太郎も、だから悪いのは自分だと言った。


 それにしても、さらしものだ。

 恥ずかしさに致死量があれば、とっくに死んでいる。

 頭の中は、まだぐちゃぐちゃだし、顔色など、もはやどうなっているのか、想像もつかない。



「……ミラ、猪瀬。すこし外してくれるか」



 と、唐突に、平太郎が口を開いた。



「なんで?」



 ミラが首を傾げる。

 平太郎は静かに言った。



「織枝に、オレの気持ちを伝えようと思う」



 どきりと、心臓が大きく脈打った。

 ミラは、平太郎の言葉に苦笑を返す。



「はいはい。お邪魔虫は出ていきますよっと。猪瀬、ちょっといまからカラオケいかねー? 思い切り歌って発散させたい気分」


「ミラさん。マイク。発散……うへへ」



 ミラの提案は、音子にとって願ってもないもののはず、だったが……それでいいのか恋する乙女。



「……ひとりで行こっかな」


「ちょ、連れてってくださいっス!」



 半分あきれ顔で出ていくミラを、音子があわてて追いかけていく。


 ふたりきりになった。

 意識すると、心臓が不整脈のように暴れはじめる。



「織枝」


「ち、ちょっと待ってね、わたしも、落ち着きたい。お茶淹れてくるからっ!」



 逃げ出すように、わたしは台所に一時避難した。

 どんな言葉をかけられるにせよ、いまのままでは心臓が爆発してしまう。


 食堂に降りると、そこ母がいた。

 やんちゃな小娘をそのまま大人にしたような、そんな顔立ちの女性は、机の上に両肘をついて、椅子に座っている。


 机の上に置かれている黒い塊に、見覚えがあった。あれは無線機だ。

 羞恥プレイをかましてくれたことに、一言文句を言ってやろうと口を開きかけ。



「母さ――」


「しっ!」



 静かに、と止められる。

 直後、無線機から、平太郎の声が聞こえてきた。



「変なことになったな」



 平太郎の声は、感慨深げだ。



「何度考えても織枝に恋愛感情を抱けん……せめてもうすこし胸があれば、違ったんだろうが」



 余計なお世話だ。

 わたしは心の中で突っ込む。



「なんというか……妹のように思っていたんだがな。しかし、常識的に考えて、許嫁には相応の付き合いを考えねばいかんな」



 その、言葉を聞いて。

 わたしは卓上の無線機をひっつかむと、二階に駆けだす。



「――これから、だんだんと、好きになっていけたらいい。そう思っている。もともと、大切な存在には違いないのだからな」



 これは、間違いなく平太郎の、本心。

 だったら。わたしは彼の言葉を、真正面から受け止めなくてはいけない。



「平太郎!」



 扉を開く。

 平太郎が驚いたように、こちらを向いた。

 視線が、わたしの手の中にある無線機を捉える。



「聞いていたのか……というか、盗み聞きは趣味が悪いぞ。常識で考えろ」



 それは、どう見ても。照れ隠し以外のなにものでもなかった。

 かわいい。心からそう思う。



「聞いての通りだ。すぐにお前をそういう対象として見られるかはわからんが……努力する。身内としては、もう愛しているしな。これからまた新しい関係を築いていこう。織枝」



 真摯に、まっすぐにこちらを向いて、平太郎は言った。


 よかった、と思う。

 無線機越しに彼の告白を聞いていなかったら。

 テンパったままだったら。わたしの心臓はここで爆発していただろう。



 ――安心しろ。ワシの魔術的かんが言っておる。貴様の願いは早晩叶う。



 ふと、自称魔術師ウサミディール・ベイの言葉を思い出す。


 あの時には、すでに話が動いていたのだろう。

 だから母は、わたしの本心を打ち開けさせた。

 そう、あれは、けっして悪戯だけじゃなかったのだ。



「……平太郎」


「なんだ」



 ためらいながら声をかけると、平太郎は真面目くさった様子で返す。



「わたしは、あなたのことが、好きです」



 恋愛成就の魔術。

 母が、わたしを騙すために言った、戯言ざれごとたぐい

 だけど、信じられる。これはわたしにとって、間違いなく魔法の言葉だ。


 わたしの告白に、平太郎はやさしくほほ笑んで、言った。



「初めて、真正面から言ってくれたな」



 言われて、気づく。

 わたしは、平太郎のことをずっと好きだったけど。

 ちゃんとそれを口にしたことは、無かったのだと。

 すこし愕然がくぜんとしたわたしに、平太郎は、どきりとするような笑顔を向けて、言った。



「――ああ。俺もお前を、好きになる。つき合おう、織枝」



 その、言葉で。

 わたしの胸は、満たされた。

 満たされすぎて、ろくに言葉が出てこない。

 だからわたしは、絶対に必要な一言だけを絞り出した。



「うん」









「……そう言えば、織枝」



 と、平太郎が口を開いた。

 彼のそばで、わたしは首をかしげる。



「なに?」


「これから恋人になるわけだが……お前のことを、もっとちゃんと理解したいと思う」



 彼はそう言った。

 本当に、大切なことだと思う。

 幼馴染で、わかりあえていたつもりだったけど。

 たぶん、わたしも、平太郎も、相手の色々な所をわかってなかった。



「それで、な、お前にやったあのシャツ」



 平太郎が切り出してきた言葉に、わたしは頭を押さえた。

 父がわたしを臭いフェチだと誤解して、もらってきたシャツだ。


 言いにくそうに。

 平太郎はこう言った。



「――やっぱり、使っている・・・・・のか?」


「そんなわけないでしょ常識的に考えてーっ!」



 顔を真っ赤にして叫びながら。

 ノーザンライトボムで、平太郎をベッドに、頭から叩きつける。


 ベッドの上、大の字になる平太郎。

 勢いで転がったわたしも、そのまま平太郎に重なるように、大の字。


 顔が間近にある。

 目と目が合って離れない。



「……正直、言うとね、平太郎」



 わたしは白状する。

 平太郎が考えているような、いやらしいことには使っていないけれど。



「――匂いは、嗅いでた……時々だけど」



 わたしの告白に、平太郎は苦笑してから。



「この変態め」



 そう言って、唇を重ねてきた。

 わたしのファーストキスの思い出は、この罵倒とともに、永久に刻まれる事になった。









 それから、しばらく経って。

 平太郎への片恋問題が解決したわたしに、新たな悩みが発生していた。


 わたしと平太郎のことが、どうねじ曲がって伝わったのか。

 なぜかわたしの部屋は、悩みが解決する相談所として人気を博してしまったのだ。



「それでね、遠藤さん……わたしの、その、電車の彼のことなんだけど」


「お姉ちゃん、また多門くんのことで相談したいんだけど」


「織枝さん、わたくしの妹になりませんこと?」



 相談はいいけれど。

 なぜわたしのウサギを被るんだお前ら。

 わたしはため息をつきくと、いつも通り、叫ぶ。



「お前らわたしのウサギになんの恨みがある!」





お前らわたしのウサギになんの恨みがある! ――了





おつき合いいただき、ありがとうございました

お前らわたしのウサギになんの恨みがある! 完結いたしました


読んで頂いた方々に、こころからの感謝を

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