第1話 転校生
「起立、礼、着席。」
いつもの朝のホームルームが始まった。ホームルームなのだから出席と連絡事項を手短に話してくれればいいのに何かと雑談が増えてしまうのが個人的には腑に落ちない。
先生が5分ほど諸事情を伝えみんなが次の授業の準備を始めようとした時、
「おっともう一つあった。みんな聞いてくれ。今日は転校生を紹介する。」
おいおい、そういうのは普通初めにするもんだろ。じゃあなんだ、その転校生とやらはこの5分間じっと廊下で待っていたというのか?ここは初日でも怒っていいところだぞ。
「堀戸さん、入りなさい。」
先生に呼ばれたその気の毒な転校生は扉を開け教室に入ってきた。
カカカカカッと黒板に名前を書き、振り返る。
「堀戸 烏さん、フランスからの帰国子女だそうだ。堀戸さんみんなにご挨拶を。」
「堀戸 烏です。よろしく。」
赤茶けた髪に色白な少女はとても美人だった。スタイルもよく胸も大きいときたもんだ。
でもその素顔を拝見することはできなかった。なぜなら右目は髑髏マークの眼帯で覆われていたからだ。何かの本で読んだが人は顔を覚えるときまず目の特徴を捉えるそうだ。だから右目を覆われている彼女の顔は素顔とは言い切れないだろう。それにしても髑髏の眼帯なんて・・・。いわゆる中二病なのだろうか?この学校はアクセサリーの類はある程度許されてるとしても明らかにゴスロリ色が高い。それに堀戸烏という名もよくよく見るとドクロと入っているのだからますますマッチング感がすごい。
「じゃあ堀戸さんはあそこに座って。」
そう言って先生が指差した席は俺の真後ろだった。まあ確かに空いているのは窓際の一番後ろと相場が決まっているが、その前に座っている俺も俺だがな・・・。
休み時間になりこれもお決まりのパターンのように転校生の席にクラスメイトが群がる。俺はこれと言ってどうってこともないのだが、何せ席が真後ろなので本を読みながらでも会話が聞く耳を立てずとも聞こえる。
「ねーねフランスのどこにいたの?」
「部活は何かやってたの?だったらうちのバドミントン部に入らない?うち結構強いんだよ。」
「その眼帯なんだよ。それお前の趣味なのか?」
ああ、見なくても質問攻めに慌てふためく姿が目に浮かぶ。どうしてこう一気に攻めたてるんだろうか休み時間は長いのだから順をおって聞いても差し支えないのに。
「全く、騒々しい。転校生なんてこの世界に嫌と言うほどいるし帰国子女なんてそう珍しいもんじゃないわ。あと私一人の方好きだからあまり話しかけないでちょうだい。」
これまたそっけない一言。まるで彼女の周りに某アニメの何とかフィールドか張られているかのようにクラスメイトが離れていく。こりゃ友達できないぞ。
案の定それ以降堀戸さんに近づく人はなくなり、瞬く間に転校生の噂は広まった。あんなこと言わなければ人形のようなかわいい子なのに・・・。
昼休み。他の生徒は女子同士で集まり中庭で弁当食べたり、そうでなくても購買が中庭なのでそこにみんな集まっている。俺も一緒に購買行こうと誘われたが、今日は5月だというのに25度を超え外にいると溶けてしまいそうなので今日はパスと泣く泣く断り、教室で一人弁当を食べていた。いや、正確には一人ではない。俺の後ろにも一人黙々と弁当を食べている転校生がいた。どうやら誰にも誘われなかったらしい。そりゃあんなこと言ったら誘う者もいないだろうさ。
「あのさ、なんであんなこと言ったんだ?引くのは目に見えてただろ?」
俺は堀戸さんに尋ねた。彼女は箸を止めその左目で俺を睨んだ。その目は澄んだような黒で見つめられるとものすごい重圧を感じる。
「あなたは?」
「俺は神家守。普通に守と呼んでくれ。」
「話聞いてたでしょ。話しかけないで。」
「そういうこと言うからみんな離れていくんだろ。友達とか作らないのか?」
「興味ないわ。いつも転校を繰り返しているからできてもすぐ別れるだけだし、転校の度に同じことを聞かれるし、転校生だからって興味本位でなれなれしく近づいてくるから正直ウザったいのよ。」
まあ、それはわからなくもない。確かに転校するたびに群がわれちゃ本人はつらいだろうな。
「それに友達なんて作ったら作ったで仕事に面倒だし・・・。」
「仕事って?」
「あなたには関係ない。忘れろ。とにかく気安く話しかけるな。」
そういうとまた黙々と食べ始めた。どうも打ち解けるにはもう少し時間がかかりそうだ。
放課後。
部活には生まれてこの方入ったことのない俺は授業が終わるとそそくさと帰り支度をする。最寄りの学校とはいえ自転車で30分はかかる道のりだ。楽ではない。
自転車にまたがり校門を出ようとすると何やら人だかりができている。よくよく見るとそこには黒いリムジンが止まっていた。俺もリムジンを見るのは初めてだったが意外と長くないだなと思った。後で調べてみた所、よくテレビで見るバカ長いリムジンは大統領とかお偉いさんが乗っているらしく、乗用車より少々長めのものはお高いが一般人でも買えるらしい。
そうこうしているうちにリムジンに向かう人影が1人、遠目からははっきりとは分からないが、あの赤茶けた髪はおそらく俺の後ろのあいつだろう。
「本当にお嬢様なんだな。」
あっけにとられていると、自分が駐輪場の出口を塞いでいることに気づき、あわてて帰路に向けて漕ぎ出す。それにしても今日はいろいろあった日だな。
夜。
季節を間違えたようなこの暑さは夜まで続き、たまらず夜風に当たる。あたりを見渡すと周りも考えることは同じらしく何処もかしらも窓を開け涼んでいるようだった。
「おや?あの呪われ館、人が入ったのか?」
俺の住んでいる住宅街にはその景観に不釣り合いな洋館が一軒だけある。その洋館には俺の知る限り3組ほど人が入ったことがあるが、どの組も1か月と持つことなく出ていくのである。だから近所では呪われ館として有名だった。その呪われ館に明かりが灯っている。
いったいどんな命知らずが入ったのかと目を凝らすと車だけが見えた。その車は見間違いで無ければ校門前にいたリムジンだった。と言うことは、あの転校生はあそこに住んでいるのか?
やれやれ、今日はホントにいろんなことが起きる日だ。




