2-1-17 試合前
訓練が終わると、もう三日目の開会式がアリーナで行われていた。
試合まではまだ時間があるため、一度別れることにした。
色々と支度を済ませ、出場選手用の観客席へと向かう。
特に打ち合わせもしていないが、おそらくアリスやデイジー、その他試合に出場する先輩などもいるだろう。
鉄製の押し戸を開けると、とてつもなく広いアリーナの全貌が見える。
中央にある設置してあるモニターには、今行われている試合が映っている。
「お〜い!」
右側から声が聞こえた。
声の主を探すと、そこにはアリスがいた。
デイジーの姿も見受けられる。
彼女は席から立ち上がり、大きく手を振ってこちらを呼び込んでいた。
それが少し恥ずかしく感じる。
できるだけ注目を浴びないように、忍足かつ中腰でアリスたちの方へと移動する。
「声デカいって……」
席に座りながらそう言うと、アリスが申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ごめんごめん。でもこれくらい大きい空間だと、声出さないと聞こえないでしょ?」
「そりゃそうだけどさ…」
肩を落としながら、荷物を床に置いた。
「てかラヴェンツァは?一緒じゃないの?」
デイジーが聞いてきた。
すでに来ているものと思っていたが、彼女は見当たらない。
「朝練には一緒に行ったんだけど、そこからはわかんないかも」
そう言うとアリスが何か言いたげに姿勢を直した。
「女の子は準備に時間がかかるもんなの。男にはわかんないだろうけど」
「あ、そうですか」
デイジーが興味なさそうに答えた。
「は?何その無関心は。モテないよ」
「どうでもいい……」
そうして試合を見ていた。
白熱した戦いが繰り広げられている。
改めて第三者として試合を見ると、意外と会話など鮮明に聞こえる。
戦闘中は気が付かなかったが、かなり近い距離の映像も切り抜かれている。
「これってどんな技術で映像撮ってるんだろ……」
思わず独り言が漏れた。
「これは魔晶と刻魂工学を応用した技術だろうな」
デイジーがそう答えた。
流石の知識量だ。
「へぇ〜……」
その瞬間、妙な視線を背中側から感じた。
冷たく、粘液のような気持ち悪さだ。
バッと視線を後ろに回すが、誰も見当たらない。
無機質に配置された椅子だけが見える。
確かに嫌な気配を感じた。
しかし、目の前に何もない以上確認するものもない。
勘違いだと感じ、そっと胸を撫で下ろした。
そのまま視線を試合へと戻そうとする。
その時、視界が暗転していくのを感じた。
貧血のような感覚が全身を満たす。
意識はあるはずなのに、体を支える力が徐々に抜けていく。
ドンッ。
流れるように椅子から転げ落ちた。
「大丈夫!?」
隣に座っていたアリスが最初に気づき、力が抜けた体を持ち上げた。
彼女に触られると、体の感覚が戻ってきた。
そして一瞬で体の自由が効くようになった。
「——ごめん」
そのまま元いた椅子に座った。
両手の感覚を確かめるために数回握り直した。
「あんた大丈夫?」
アリスが顔を覗き込むように確認してきた。
「大丈夫だよ。試合には出るし」
顔をこわばらせながら必死に捻り出した。
「無理はダメだぞ」
アリスの隣にいたデイジーもその様子に気づいていたようだ。
「ありがと。でももう大丈夫だから」
「本当かしら……」
そう話していると、後ろのドアが開く音がした。
音に反応して後ろを見ると、そこにはラヴェンツァがいた。
一応、手を軽く振った。
彼女はそれにすぐに気がついたようだ。
目線を変えずにこちらにやってくる。
ラヴェンツァは隣に座った。
「遅れたわね」
一番最後に来たくせに、やけに堂々としている。
元々集まる予定もしていないので、当然と言えば当然だが。
そのまま当然と言わんばかりに、彼女は今日の試合について話し始めた。
「そして、今日の相手だけど——」
「前に少しだけ会話した、ルーファーのリシアとフィリアね」
おそらく一日目の時の獣人コンビのことだろう。
「あ〜、あの二人か」
「強いの?」
単純な疑問を飛ばしてみた。
「さぁ?戦闘動画とか出回ってないし未知数ってところね」
ラヴェンツァもわからない様子だ。
「ただ、ルーファーは人間と魂の構造が違うのよね」
「ルーファーは魂の武器で遠距離武器が発現するのよね」
その遠距離武器と言うのがパッと浮かんでこなかった。
今までもそれらしき戦法とは戦ったことがあるが、それとは性質が違うものなのだろうか。
「遠距離武器?ダガー複製での投擲とか小道具の閃光弾とかじゃなくて?」
そう聞くと、ラヴェンツァが考え始めた。
「たとえば、木で作ったクロスボウや魔晶で作った銃に似たものが、魂の武器として発現するらしいのよ」
「弾とかも魂を消費して作れるらしいから、実質的に複製と近しいものかもしれないわね」
「へぇ……」
なんとなくでそう返事したが、冷静に考えると近距離対遠距離ということになる。
フィールドによっては近づくことするできない可能性もある。
「ズルくね?」
「まぁ、それぐらいは超えていけって学長の意思なのかもね」
「そもそも、次の試合が私たちが出場できる最後の試合だわ」
「勝つことよりも、楽しみましょう?」
そういって、彼女は握手を求めてきた。
それをグッと握る。
「ああ、もちろん」
そして、スピーカーからノイズが流れ始めた。
『試合に出るキース・ラヴェント、ラヴェンツァ・ヴェイル』
『時間になりますので、控え室までお越しください』
席からほぼ同時に立ち上がった。
「また後で」
正面を見ながら彼女に言った。
「もちろん」
彼女は力強く答えた。




